06.深夜の目覚め
それから、俺は老婆が沸かしてくれたお湯で顔や手足を洗った。
服も着替えさせてもらう。
小柄な老人のものだから全然サイズが合わなかったけど、さっぱりした清潔な服を着て、生き返った気分だった。
髭を剃るために用意してくれた鏡で、俺は初めてエリックとしての自分の顔を見た。
げっそりとやつれているけど、なかなか整った顔立ちのいい男だ。
もっと嫌みな顔かと思ってたんだけどな。
あ、でも中身が変わってるんだから顔つきも違って当然か。
老人たちは俺のためにスープも作ってくれた。
具は野菜くずと肉の欠片だけの粗末なスープだ。
それでも、温かさが胃に染みこんで本当に美味かった。
「さあ、いくらでもお代わりしてくださいね」
老婆の優しい言葉に、俺は思わずぽろりと涙をこぼしてしまった。
食事を続けながら、それとなくモンペールの現状について質問した。
老人の話によれば、ダンビエール家が主人公たちに退治されてから一年くらい経っているらしい。
生き残ったダンビエール家の者たちはみんなよその土地に逃げ、消息が途絶えているそうだ。
モンペールは、毒殺された領主の孫が跡を継いでいて、ずっと平穏な統治が続いていた。
「……エリック様、つかぬことをお伺いしますが、この土地へ戻ってこられたのは、まさかもう一度城主の座を……?」
老人が恐る恐る尋ねてくる。
「いや、そんなわけがないだろう。僕には……いや、俺には何の野心もないよ。変なことは考えてないから安心してくれ」
「そうですか、それは何よりです」
ほっとしたように老人は表情を緩めた。
満腹になり体が温まってくると、俺は眠くなってきた。
この小屋にベッドは一つしかなかったけど、そっちで横になるよう老人たちは勧めてくれる。
自分たちは土間に藁を敷いて寝るんだそうだ。
「いろいろ世話になって悪いな」
「とんでもございません。何でも必要なものがあればお言いつけください。それでは」
老人が寝室のドアを閉めると、俺は布団を顔まで引き上げて目を閉じた。
ともかく、今夜一晩だけは安心してぐっすり眠れそうだ。
この本の中の世界でこれからどうやって生きていくのかは、また明日考えよう。
夜中にふと目が覚めたのは、また急に腹が痛くなってきたせいだ。
スープに腐った野菜でも混じってたのかもしれない。
確か、トイレは家を出て裏手にあると聞いていた。
俺は真っ暗な中、手探りでドアに向かった。
と、ドアを開けようとしたとき、どこからかぼそぼそした話し声が聞こえてきた。
老人たちはまだ寝てなかったらしい。
「……それじゃあ、気を付けてくださいね」
「ああ。イジドールが若いのを集めるのに少し時間がかかるだろう。それまで、やつが逃げ出さないようしっかり見張っといてくれよ」
「分かりました。……それにしても、今になってうちを頼ってくるなんて、本当に迷惑な話ですよ」
「いや、逆に考えるんだ。ここでエリックの首を城主様に差し出せば、わしらだって今までみたいに差別されることもなくなるだろう。褒美だってもらえるかもしれん」
「だったらいいんですが……」
二人の会話に俺はぎくりとした。
こいつら、俺のことを密告する気だ。
優しくもてなしてくれたのは、油断させるための演技だったんだろう。
どうしよう、とにかくこの家から逃げ出さないと。
俺は老人が出て行ったのを確認してから、手探りで窓を探した。
音がしないよう慎重に雨戸を開ける。
辺りの様子を窺って、俺はそっと外へ逃げ出した。