19.魔法石と治癒
納屋に飛び込んできた男は、ランプをかざして屋内を見回した。
俺は手近な棒を拾って握りしめる。
できるだけ人を傷つけたくはなかったけど、これもクレールを助けるためだ。
男は慎重に納屋の中を調べ始めた。
少しずつ、俺が隠れている農具へ近づいてくる。
俺は心臓が飛び出そうなくらい緊張しながら、飛び出すタイミングを計った。
「……お、あったぞ」
男は急に声を上げると、壁際に転がっていた革の馬具を拾い上げ、すぐに納屋を出て行った。
……ふう、どうやらあれを探しに来ただけらしい。
しばらくして、慌ただしく馬車が駆け出す音が聞こえた後、急に母屋は静けさを取り戻した。
よく分からないけど、クレールが捕まったわけじゃなかったみたいだ。
俺はほっと息を吐いて、きつく握りしめていた棒を放した。
当のクレールが密やかに納屋へやってきたのは、それからすぐのことだった。
「クレール、無事で良かった。さっきの騒ぎは何だったんだ?」
「農園の主人のお子様が、急な発熱で苦しみ出したんです。城下から治癒師を呼ぶより、こちらから連れて行った方が早いということで、使用人総出で準備をいたしまして」
「もう大丈夫なのか?」
「はい、みんな寝静まりました」
寿命が縮むような思いをさせられたけど、主人たちが留守になったのは好都合かもしれない。明日の朝、クレールの不在が発覚しても、捜索の指示を出す人間がいないからだ。
俺は改めて、クレールが用意してくれた旅の荷物を受け取った。
「よし、行こう」
俺たちは慎重に農園を抜け出ると、ひとまず街道を東へ向かった。
追っ手がかかることを考えれば、城下町からはできるだけ離れた方がいいだろう。
俺たちは無言で懸命に足を動かした。
一時間ほど歩いたところで、少し休憩することにした。
道端に腰を下ろして、革の水筒から水を飲む。
「……ああ、そうだ。一つ忘れてた。クレール、こっちへおいで」
「何でしょう?」
俺は屋敷で手に入れた魔法石を取り出した。
石を左手に握り込み、右手をクレールの左頬に添える。
「ラ・キュエリーゾン」
呪文を唱えると、石の魔力が解放され、クレールの左頬が青白く光った。
ひどかった腫れが一瞬で治まり、クレールは元通りの美しい顔を取り戻す。
「よし。痛みも取れたか?」
「はい。……貴重な魔法石を、私などのために使っていただいてすみません」
「なに言ってるんだ。今の俺にとって一番大切なのはクレールなんだから、当然じゃないか」
「……ありがとうございます」
クレールは顔を赤く染めてうつむいた。
「ん?」
そのとき、俺たちがやってきた方角に、ちらりと灯りが見えた気がした。
まさかもう追っ手が?
俺は身構えてじっと見つめる。
「どうかなさいましたか?」
クレールが怯えた様子で言う。
「……いや、気のせいだったみたいだ」
もしあれが追っ手なら、もっと大勢で騒がしく迫ってくるに違いない。
きっと地元の住人が街道を横切っただけだろう。
だとしても、こんなところでのんびりしていないで、少しでも農園から離れた方がよさそうだ。
「さあ、行こう」
俺はクレールを促して再び歩き始めた。