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無能力者の異世界英雄譚  作者: わかば あき
第一章
19/62

19.魔法石と治癒

 納屋に飛び込んできた男は、ランプをかざして屋内を見回した。

 俺は手近な棒を拾って握りしめる。

 できるだけ人を傷つけたくはなかったけど、これもクレールを助けるためだ。

 男は慎重に納屋の中を調べ始めた。

 少しずつ、俺が隠れている農具へ近づいてくる。

 俺は心臓が飛び出そうなくらい緊張しながら、飛び出すタイミングを計った。


「……お、あったぞ」


 男は急に声を上げると、壁際に転がっていた革の馬具を拾い上げ、すぐに納屋を出て行った。

 ……ふう、どうやらあれを探しに来ただけらしい。

 しばらくして、慌ただしく馬車が駆け出す音が聞こえた後、急に母屋は静けさを取り戻した。

 よく分からないけど、クレールが捕まったわけじゃなかったみたいだ。

 俺はほっと息を吐いて、きつく握りしめていた棒を放した。


 当のクレールが密やかに納屋へやってきたのは、それからすぐのことだった。


「クレール、無事で良かった。さっきの騒ぎは何だったんだ?」

「農園の主人のお子様が、急な発熱で苦しみ出したんです。城下から治癒師を呼ぶより、こちらから連れて行った方が早いということで、使用人総出で準備をいたしまして」

「もう大丈夫なのか?」

「はい、みんな寝静まりました」


 寿命が縮むような思いをさせられたけど、主人たちが留守になったのは好都合かもしれない。明日の朝、クレールの不在が発覚しても、捜索の指示を出す人間がいないからだ。

 俺は改めて、クレールが用意してくれた旅の荷物を受け取った。


「よし、行こう」


 俺たちは慎重に農園を抜け出ると、ひとまず街道を東へ向かった。

 追っ手がかかることを考えれば、城下町からはできるだけ離れた方がいいだろう。

 俺たちは無言で懸命に足を動かした。


 一時間ほど歩いたところで、少し休憩することにした。

 道端に腰を下ろして、革の水筒から水を飲む。

 

「……ああ、そうだ。一つ忘れてた。クレール、こっちへおいで」

「何でしょう?」


 俺は屋敷で手に入れた魔法石を取り出した。

 石を左手に握り込み、右手をクレールの左頬に添える。


「ラ・キュエリーゾン」


 呪文を唱えると、石の魔力が解放され、クレールの左頬が青白く光った。

 ひどかった腫れが一瞬で治まり、クレールは元通りの美しい顔を取り戻す。


「よし。痛みも取れたか?」

「はい。……貴重な魔法石を、私などのために使っていただいてすみません」

「なに言ってるんだ。今の俺にとって一番大切なのはクレールなんだから、当然じゃないか」

「……ありがとうございます」


 クレールは顔を赤く染めてうつむいた。


「ん?」


 そのとき、俺たちがやってきた方角に、ちらりと灯りが見えた気がした。

 まさかもう追っ手が?

 俺は身構えてじっと見つめる。


「どうかなさいましたか?」


 クレールが怯えた様子で言う。


「……いや、気のせいだったみたいだ」


 もしあれが追っ手なら、もっと大勢で騒がしく迫ってくるに違いない。

 きっと地元の住人が街道を横切っただけだろう。

 だとしても、こんなところでのんびりしていないで、少しでも農園から離れた方がよさそうだ。


「さあ、行こう」


 俺はクレールを促して再び歩き始めた。

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