17.両替と買い物
「私、エリック様が一人でここを去られたんじゃないかと思って、不安でたまらなくて……」
クレールは目に涙をにじませて言う。
「心配をかけて悪かったな。ちょっと外に用事があったんだ。ほら、こうして戻ってきたんだから泣かないでくれよ」
「申し訳ありません。私、いつもめそめそしてしまって」
クレールは急いで涙を拭うと、木箱の上に置いてあった小さな鍋を取ってきた。
「さあ、このスープを召し上がってください。昨日、私が食事抜きだったのを気の毒に思った料理人の方が、内緒で作ってくれたんです」
湯気の立つスープからはいい香りがした。
たっぷりの野菜と豆が煮込まれていて、昨日のスープよりはずいぶん上等だ。
俺は急にひどい空腹を覚えた。
今まで緊張で気付かなかったけど、昨日の昼から何も食べてなかったもんな。
「ありがとう。クレールも一緒に食べよう。……あ、でも、朝の仕事の方はいいのか?」
「はい。今朝は夜明け前に起きてひととおり済ませてきたので大丈夫です」
俺たちは並んで座ってスープを食べた。
「ところで、クレールに一つ頼みがあるんだ。お前もお使いや買い出しを頼まれることはあるのか?」
「はい。使用人の雑貨を購入するのは私の役目ですので」
「もし商店に行くことがあれば、これを両替してきてくれないか? 屋敷の主人から命じられたと言って」
俺は金貨を一枚取り出した。
「こ、これは……」
「ベルカーン金貨だ。今までに見たことは?」
「お城勤めをさせていただいていたときに、一度か二度、拝見したことはあります」
クレールは危険物でも扱うような手つきで、恐る恐る金貨を受け取った。
「どうだ、頼めるか?」
「はい、やってみます」
緊張した面持ちでクレールは頷いた。
もし上手く両替できれば、それで俺のサイズに合う服も買ってきてくれと頼んでおいた。ついでに、何か美味い食べ物も。
クレールが納屋を出て行った後、俺は昨夜の疲れが一気に出てくるのを感じた。
納屋の隅に藁で寝床を作り、体を丸めて横になる。
目を閉じると、あっという間に眠りに引き込まれていった。
クレールに揺り起こされたときには、もう辺りは薄暗くなっていた。
「エリック様、お言いつけどおり、両替に行ってまいりました」
「上手くいったのか?」
「はい」
クレールは革袋に詰まった硬貨を差し出してきた。
中には銀貨が十数枚と、形がまちまちの粗悪な銅貨が大量に入っていた。
あの金貨一枚がここまで増えるのか。
それから、俺はクレールが買ってきてくれた服に着替えた。
「エリック様にお似合いになるような服を買いますと、店主から疑われるかと思い、こんな粗末な古着になってしまいました。申し訳ありません」
「いや、これで十分さ」
あの爺さんのぴちぴちのシャツやズボンに比べれば、全然楽になった。
他に、クレールはブーツや帽子、マントなども揃えてくれていた。
これでどうにか人前に出られる姿になった。といっても、人前に出たとたん、俺は捕まっちまうんだけどな。
「お食事も用意させていただきました。お口に合うとよろしいんですが」
白いパンにチーズ、ハム、ソーセージ。それに新鮮な果物と野菜。
元の世界にいればありきたりの食べ物ばかりだけど、今の俺にはとんでもないご馳走に見えた。
「よし、食べよう。ほら、クレールもここに座って」
俺はクレールにも勧めながら、むさぼるように食事をした。
「とっても美味しいです。私にもこんな贅沢をさせていただけるなんて、本当にありがとうございます」
クレールが幸せそうに食べているのを見て、俺は満足した。
「そういえば……クレールはこの農場でどういう身分なんだ? 雇われ人なのか、それとも奴隷なのか」
俺はふと尋ねた。
クレールの今後について考えるとき、それが一番大きな問題だった。
もし奴隷であるなら、クレールは農園主の所有物という扱いになる。
俺が勝手に連れ出したりすれば、盗人と同じ扱いを受けて追っ手がかかるだろう。
「……奴隷です」
クレールは暗い顔で答えた。