15.開錠の言葉
「……リセール・リテル・ディヴェル」
確か、この言葉で合ってるはずだ。息を呑んで反応を待つ。
もし間違っていたら、俺はすごすごと帰るしかない。
少し間を置いて、ふっと青い光が消えた。やった、解除できたみたいだ。
俺はおそるおそるドアノブに手を伸ばし、指先でちょんとつついてみた。
よし、大丈夫。
慎重にドアを開けて、そっと中に滑り込む。
俺はもう一度記憶を探って、屋敷の構造を確認した。
主人の執務室は三階にあるはずだ。
廊下のところどころにランプが設置されていて、辺りをぼんやり照らしていた。
俺は階段を上り、迷路のように伸びる廊下を進んでいく。
魔法の力に守られることで安心しきってるのか、警備の者さえ置いてないみたいだった。
ときどき夜なべ仕事でもしているらしい使用人の気配がしたから、そういうときは廊下を遠回りする。
建物中をたっぷり歩き回り、どうにか執務室を見つけた。
部屋には贅沢な家具が置かれ、壁には書棚が並んでいる。
そして、窓際には特に隠す様子もなく大きな金庫が据えられていた。
金庫は裏口のドアと同じように、ほんのりと青い光に包まれている。
俺は金庫の前に屈み込み、先ほどと同じ秘密の言葉を唱えた。
これが俺の元の世界なら、アカウントごとにパスワードを変えろと注意されるとこだろうけど、こっちじゃそこまで面倒な手続きをする必要もない。
金庫の青い光は消えた。やったぜ。
俺は意気揚々と扉を開けようとした。
その瞬間、何かがパチンと弾けるような感覚があった。
うお、解除を失敗したのか?
俺はぎくりとしたけど、しばらく待っても何も起きなかった。
……気のせい、だったのか?
とにかく、金庫の中身を調べよう。
金庫の中にはコインや貴金属、宝石なんかがたっぷり入っていた。
他にも重要そうな書類なんかも入ってたけど、もちろんそんなものに用はない。
俺はしばらく中身を漁って、ベルカーン金貨だけを持ち去ることにした。
貴金属や宝石を金に換えようとすれば、闇商人にでも持ち込むしかないが、俺にそんなツテはない。
コインにしたって、この世界ではエリアによって流通しているものがまちまちで、他の領地に行けば全く使えないものさえある。
その点、ベルカーン金貨はこの国の王室が鋳造してるだけあって、どこへ持っていっても価値は揺るがないそうだ。物語の中で新城主からテオドールに礼として送られたのもベルカーン金貨だった。
ちなみに金貨一枚あれば、四人家族の庶民が半年は食べていけるらしい。
俺はそのベルカーン金貨をあるだけ集めて、持ってきた革袋に詰めた。五、六十枚くらいはあるかな。
革袋はずっしりと重く、両手で抱えなきゃならなかった。
だけど、この金貨さえあれば、クレールにどんな贅沢でもさせてやれるんだ。そう思うと、重さなんて苦にならない。
それから、最後にもう一つ嬉しいものを見つけた。
治癒の魔法が封じ込められた魔法石だ。
これを手に握ることで、誰でも一度だけ魔法を使うことができるんだ。呪文は魔法石の入った小袋に直接書き留められている。
よし、これで目的は果たした。さっさと逃げよう。
革袋を肩に担いで俺が立ち上がった瞬間だった。
背後でドアが開く音がした。
しまった!
慌てて振り返ると、そこには寝間着姿の中年男が立っていた。
「そこにいるのは誰だ⁉」