12.今の自分にできること
クレールの姿が建物の中に消えると、俺はその場にうずくまって頭を抱えた。
あんな光景を目にしながら、息を潜めて隠れているだけだった自分が心底情けなかった。
今ほどエリックなんて小悪党になってしまったことを恨めしく思ったことはない。
何しろ、このエリックときたら、口先が達者で人を騙すことが上手いだけで、ろくに剣も扱えず、魔法の一つも使えないんだからな。
もしあそこで納屋から飛び出してたら、クレールを守るどころか、あっという間に男に叩きのめされていたはずだ。
日が高くなってくると、納屋の周りにも農園で働く男たちが姿を見せるようになった。
俺はどきどきしながら農具の陰に身を潜め続けた。
クレールが再びやってきたのは、日暮れ近くになってからだった。
「申し訳ありません、遅くなりまして」
クレールはそう詫びると、急いでエプロンの下から蒸かしたジャガイモを二つ取り出した。
「こんな食べ物しか手に入らず、本当にすみません。明日はどうにかしてもっとまともなお料理を用意しますので、今日のところはこれでお許しを」
「もしかして、今朝の罰として食事を出してもらえなかったのか?」
「……はい」
「それじゃあ、このジャガイモはどうやって手に入れたんだ?」
「隙を見て、厨房にあったものを勝手に……申し訳ありません、エリック様のお口に入れるものを、盗んで手に入れるなんて」
「いや、そんなことはどうでもいいんだ。それより、もしジャガイモを盗んだことがばれたら、もっとひどい目にあわされるんじゃないのか?」
「…………」
クレールの目には怯えの色が浮かんでいた。
「……クレール、もっとこっちに来てくれ」
「はい」
おずおずとクレールは近寄ってくる。
今朝までは後ろで束ねていた金髪を、今は下ろしているのは、できるだけ顔を隠そうとしているからに違いない。
俺が手を伸ばして横髪をかき上げようとすると、クレールはびくりと震えた。だけど、抵抗することはなかった。
髪の下から現れた横顔を見て、俺はショックを受けた。
クレールの左頬は青黒く腫れ上がり、顔の形が歪んでしまっていた。左目はほとんどふさがっている。
俺は怒りを通り越して、あの男への憎しみを感じた。
「あの、エリック様、そんなに心配していただかなくても私は大丈夫です。骨は折れてませんし、一週間もすれば腫れは引きますから」
クレールの口調からは、こういう怪我にも慣れていることが窺えた。
それで俺は余計に辛くなる。
もし俺が治癒魔法を使うことができれば、こんな怪我なんて一秒で治せるんだろう。
実際、物語の主人公のテオドールがパーティーに加えていていた賢者が、ドラゴンの爪にえぐられて瀕死の重傷を負った仲間をあっという間に回復させているシーンもあった。
だけど、ただの庶民であるクレールと、小悪党にすぎない俺にとっては、魔法なんて手の届かない存在だった。
この世界における魔法は、希有な才能を持った人間だけが使いこなせる存在なんだ。
「……クレール、夜になったら俺はここを出て行くよ」
俺はそれまでずっと考えていたことを口にした。