11.使用人頭
「ええ、そのとおりです。ですが、私、城の奉公人たちが手のひらを返したようにエリック様たちの悪口を言うのが許せなくて、何度も抗議したんです。そうしたら、新しい城主様からお城を出て行くように言い渡されまして……」
「……そうだったのか」
そのとき、表で怒鳴り声がした。
「クレール! おい、クレール! どこに行きやがった!?」
荒々しい男の声だ。
「すみません、私はこれで失礼いたします。また後ほど」
クレールは少し青ざめた顔になり、急いで納屋を出て行った。
「クレール、お前どこでさぼっていやがった? 朝のお勤めが何一つできてないじゃねえか!」
「申し訳ありません、色々と探し物をしていたもので」
「くだらない言い訳をするな!」
男の口調があんまり激しいから、俺は心配になってきた。
壁の隙間から外を覗いてみる。
クレールは母屋の裏口の前にいた。
その向かいに立っているのは堅太りした中年男だった。汚れた作業着姿だから、使用人頭ってとこか。
「さっき、そこの納屋から出てきたな。中で何をしていたんだ?」
男がこっちを指さすのを見て、俺はぎくりとした。
「いえ、別に、少し探し物をしていただけで……」
「何を探していた?」
「……お、桶です。馬に水をやる桶が見当たらなかったもので、納屋を探していたんです。残念ながら見つかりませんでしたが」
「ほう、桶か。だったら俺も一緒に探してやろう。それでもし桶が見つかったら、お前は嘘をついていたことになるな」
男はこっちに向かって歩き出す。
俺は慌てて納屋の中を見回した。
ドアは表側の一つだけで、見つからずに逃げ出すのは不可能だ。
どこかに隠れたところで、男が調べて回ればすぐに見つかるだろう。
「待ってください、お願いします」
クレールは男の袖を掴んで必死に引き留めた。
「何だこの手は? 納屋を見られるとまずいのか?」
「……申し訳ありません。納屋にいたのは桶を探すためじゃなくて、少し横になって休むためだったんです」
「ほう、嘘をついたことを認めるのか」
男はにんまりと残虐な笑みを浮かべた。
「は、はい。認めます」
クレールは怯えて震えながら答える。
「俺はこの農園のルールを教えたはずだな? 使用人頭に決して嘘をついてはならんと」
「……はい」
「では、ルールを破った罰を与えてやる。そこに立て」
クレールを目の前に立たせると、男は丸太のような腕を振り上げた。
そんな、まさか、止めてくれ! 俺は心の中で叫んだ。
バチン、という肉を打つ音が辺りに響き渡った。
頬を平手でぶたれたクレールは吹き飛んで地面に転がる。
「いいか、これに懲りたら二度と俺に嘘を吐くんじゃないぞ」
男は吐き捨てるように言って、母屋の方へ戻っていった。
クレールは体を震わせながら地面に伏せていた。
しばらくするとようやく立ち上がり、ふらつく足取りで母屋に向かった。
俺の存在を気取られないようにするためか、こちらをちらりとも見なかった。