お昼はちゃんと食べましょう
なぜか喫煙シーンに異様に力が入ってしまう…
この作品はフィクションです、お酒、タバコは二十歳になってから。
結局あの後はどちらともなく解散し、恭介は帰り道で柄にもないことをした、と自嘲した。
ただなんとなくあれでよかったと思う気持ちもあり、照れと少しの満足感を持って眠りについた。
翌日、恭介はいつもより強い睡魔におとなしく白旗を上げて机に突っ伏していた。
いつものように隣人は重役出勤のようであった。
ふと目が覚めればすでに4限目に突入しており、2限の途中までは意識があったのでどうもぶっ通しで爆睡していたようだ。
(冷てぇな、誰か起こしてくれてもよかろうに…)
自分が悪いのはわかっているが、なんとはなしに啓太の方をジト目で見てしまった。
どうやら啓太もこちらを気にしていたようで目が合った。
(啓太、起こしてくれてもいいだろうに。)
(いやいやいや、無理!無理だから!)
(はぁ?なんで?)
(隣!隣見て!)
(隣?隣ってあいつもう来てんの?)
目線の会話である。
恭介が横を向けば、珍しく起きている様子の隣人を発見した。
「おっすー」
「!おぅ…」
とりあえず挨拶すると、いつもより大人しめの返答が返ってきた。
授業中だからか?と不審に思いつつもそのまま流して、授業を受けた。
4限が終わり隣人はすぐに見えなくなった。
恭介も弁当をカバンから取り出しつつ、隣人からの屋上ルート情報を待つため携帯を開いた。
するとどうやら事前に送ってくれていたらしく、通知が出ていた。
早いな、と思いつつ通知を開くとちゃんと屋上への行き方を送ってくれたらしい。
続けて『マジでくんのかよ?』と確認が来たので、『今から行く』と返信しておく。
(非常階段上った先にこんな梯子あるなんて知らんがな…。これ知らなきゃ絶対屋上行けないだろ。)
果たして隣人のメールの通りに進めば、屋上にたどり着いた。
ざぁっと風が吹き抜ける屋上は、思っていたよりも暑くなく丁度出入り口と給水タンクや室外機が上手く日陰を作ってくれているようだ。
「へぇ、初めて来たけど意外と…」
「結構いいとこだろ?」
「そうだな、風が気持ちいいな。」
校舎の陰から出てきた隣人の声に、恭介は肯定の言葉を返した。
「よくこんなとこ見つけたな。」
「あたしの従妹がここの卒業生でよ、そのころ使ってたサボり場所らしいぜ。」
「なるほど、伝統の、ってやつかね。」
「だろうな。そういえばあたし以外にここに来た奴は見たことねぇし、たぶん誰も知らねぇのかもな。」
(その時点で昨日屋上に来いって言われても無理だろ…)
そう恭介は思ったが、また面倒なことになってもイヤなので口には出さなかった。
いつまでも立っていても仕方ないので、恭介は日陰に腰を下ろし持ってきた弁当を広げ始めた。
隣人は昼寝用に持ち込んだというレジャーシートの上で菓子パンを食べるようだ。
両手で菓子パンを持ってかじる姿は言動に比べて、意外と女の子らしいものだった。
そういえば、昨日もきれいな食べ方をしていたな、と見ながら恭介は箸を進めた。
「んだよ?」
「…いや、そんなんで足りるのかと思ってな。」
「余計なお世話だっつーの!」
「ふぅん、そうか。それなら仕方ないか。」
「あ?」
「少し量を多くしてしまったから、お前にも食べてもらおうかと思ってたんだが仕方ない。」
「………」
「それで足りるなら、無理にお願いするのも悪いしな。」
別にたまたま弁当の量が多かったわけではない。
昨日の食べっぷりを見て、ひょっとしたら食べるだろうかと思った恭介が少し多めにしたのだ。
まぁ食べ切れないわけでもないし、と改めて弁当に目を落とすと、きゅるりと音が聞こえた。
当然恭介ではないので隣人に目を向ければ、恥ずかしそうな顔をしつつも弁当に目を向ける姿。
「……。」
「……。」
「…すまん。そんなあからさまな反応が来るとは思ってなかったもんで。」
「…ぐっ!!」
「悪かった、食べてくれ。」
からかわれたことに文句を言いたかったのだろうが、腹を鳴らしあからさまな反応をしてしまったため何も言えなくなっているであろう隣人にちょっと申し訳なくなり、恭介は弁当を差し出した。
「…ぃただきます…」
「どーぞ。」
あらかじめ用意していた割りばしを渡し、二人して弁当を平らげていった。
「ごちそうさま。」
「うぃ、お粗末さん。」
「ったく、からかいやがって。けど、旨いのが腹立つんだよ…」
「いや、だって昨日と同じパターンじゃん。まぁ、旨いって言ってもらえてよかったわ。」
「ちっ、おらよ。」
「ん?」
隣人がぶちぶち言うのを聞き流し弁当を片していると、グイと横から恭介の視界に缶コーヒーが入ってきた。
見ると隣人も同じものを持っており、ささやかなお返しのつもりらしいそれを、礼を言って受け取り食後の一服となった。
空はよく晴れていて、日向は熱せられているから相当暑そうだがここは日陰だからか、食後の体に当たる風が涼しい。
階下の教室の窓からは、はしゃぐ声が聞こえてくるがそれすら木々を通る風と同じく、心地よい程度のざわめきに感じる。
恭介は胸の内ポケットから煙草を取り出し、自前のジッポで火を着けた。
一瞬オイルの独特の匂いが鼻に届き、ジ、ジ、と言う音と共に軽いが強いメンソールの煙を吸い込み、吐き出した。
(あ~食後の一服ってなんでこんなに美味いんだろ…。風も気持ち良いし、あぁ至福…)
そんなことを思いながらのんびり空を眺めていると、横で隣人も煙草を取り出した気配がした。
だが、いつまでも火を着けず、探すような素振りをしているのでどうもライターが見当たらないのだろう。
恭介はジッポを取り出すと、ん。と無言で隣へ手渡した。
横からキンッ、ボッとジッポの音が聞こえ、紫煙と共にバニラのような香りが漂ってきた。
「キャスター、今はウィンストンだっけ?渋いの吸ってんね。」
「親父がこれ吸ってんだよ。初めてパクッてからずっとこれだ。てめぇこそ珍しいの吸ってんだな。」
「これ?ピアニッシモだけどそんな珍しいか?色々試したけど1ミリで一番メンソールきついんさ。」
「ほーん」
お互い無言でしばらく紫煙を吐き出す音と、もともと用意しているのだろう水が入った灰皿代わりの空き缶に灰を落とすジュッ、という音だけになったが、特に気まずさを感じるわけでもなかった。
お互いに一本吸い終えてコーヒーを啜っていると、隣人から話しかけられた。
「なんで今日屋上来たんだよ?」
「んー?」
「てめぇからすれば用はねぇだろ?」
「まぁ、特に深い理由はないな。」
「…はぁ?」
「煙草吸えそうだったとか、旨いって言われた弁当もっかい食わせたかったとかお前と飯食ってみたかったとか、屋上行ってみたかったとか。」
「んだよ、それ…。」
「好きな理由を選びなよ、俺もわかんねーから。そういうお前も、もう俺に屋上へ来る方法教えなくても良かったろ?」
「…ちっ、さぁな。」
「俺は来てよかったと思ってるよ。教えてくれてありがとな。」
「…そうかよ、ふん。」
そう恭介に返すなり、隣人は昼寝用レジャーシートの上で横になってしまった。
苦笑しながら、恭介は二本目を取り出し火を着けた。
青空に向かって紫煙を吐き出しながら、今日はここでサボるのもありだなと考えた。