煙草は二十歳になってからにしましょう
今回は書いてるうちに勢いでかなりギャグよりになってしまった感が…
※この作品はあくまでフィクションです、お酒、タバコは二十歳になってから。
無愛想な隣人の意外な一面を知った翌日。
恭介はいつものように登校し、いつものように睡魔に負けつつ授業を受けている。
既に1限目は終わって、2限目の中ほどに差し掛かっているが、隣人はいつものように重役出勤らしい。
頬杖をつきつつ、うつらうつらしているとガラリ、と扉の開く音がした。
恭介以外の視線が扉へ向かい、一瞬硬直しスッとそらされるのを見て、あぁお隣さんね。と恭介は理解した。
足音が恭介の隣へと向かい、隣人が着席したのを見て恭介はいつものように声を掛けた。
「おっすー」
「……おぅ」
いつもの舌打ちと違い、ちらとこちらに目線をやり返事が返ってきた。
教室が一瞬ザワッとしたが隣人が目線を向けるやいなや、また静かになった。
恭介は内心で苦笑した。
(返事が返ってきただけでみんなそこまで動揺せんでも。怖がりすぎじゃないかね。)
周りを威嚇した隣人はいつものように眠るようである。
それを横目に恭介も睡魔に勝ちを譲った。
3限がつつがなく終わり、4限目もそろそろ半分を過ぎようかという頃。
恭介は違和感をこらえていた。
(…やっぱめっちゃ見られてるよな?そんな見られても困るんだが…)
原因は何を隠そう無愛想な隣人である。
2限終わりの小休止で恭介は、啓太に廊下へ呼び出され小声で問いただされた。
「お前、狼姫になんか睨まれてんぞ!?何したんだよ?いや、むしろなんかされたのか!?」
「いや、そんな覚えはないって。気のせいでしょ。」
恭介は寝ていたので知らなかったが、あの後着席してすぐ腕を枕にして寝る体制に入った隣人だが、どうもちょくちょくこちらを睨んでいたらしい。
とりあえずその場は誤魔化しはしたが、3限の授業中に起きて確かめたがやはり隣人から見られているようだった。
いい加減鬱陶しくなってきた恭介がちらりとそちらに目をやれば、フイッと視線をそらし視線の先の生徒をビビらせている。
(いや、目をそらして見てないアピールされてもな…。こっち見てる時の圧がすごいからまるわかりなんだけども)
こちらが目を正面に向けてしばらくすれば、また隣人から視線の圧を感じる。
恭介は再度隣人に目を向けるとフイっと目をそらされる。
また目を正面に向けると視線を感じ、隣人を見ると目をそらされる。
(…うん、ちょっと面白くなってきたわ、これ。)
元々真面目に聞くでもない授業であり、丁度いい暇つぶしが出来たと恭介は喜んだ。
目が合えば俺の勝ち、と自分ルールを決めて隣人との視線のやり取りを続けた。
4限目ももう終わるころであり、隣人が視線をそらした先の生徒が度重なる視線に泣き出しそうになっているころ、十何度目かの視線のやり取りを経てようやっと恭介の視線が隣人の目を捉えた。
(よしっ、勝った!)
思ったよりも自分ルールで設定した勝利が遠かったためか、恭介は思わず机の下でこぶしを握った。
目が合って少し驚いた様子の隣人はそれを見て、眉をピクリとさせ自分が何かに負けた事を理解し一瞬悔しそうな顔をした。
そしてそれを見た恭介も思わず、ニヤリとしてしまった。
隣人はそれに触発されて眉間のしわを深くし、顔を赤くしプルプルしはじめた時丁度昼休みを告げるチャイムが鳴った。
教師が教室を出ていくやいなや、隣人は席を立ちバァン!と恭介を睨みつけながら机に手を叩きつけた。
「てめぇ…おちょくりやがって。屋上に来やがれ、逃げんなよ。」
静まり返る教室の中、隣人はそれだけを告げて教室を出て行った。
(うーん、ちょっと遊びすぎたか。屋上に呼ばれたのもたぶん昨日の件だろうしな、この空気どうしよう…)
恭介は内心ちょっとだけ後悔し、騒ぎにならないように誤魔化し弁当を持って教室を出た。
十数分後、恭介は迷っていた。
(屋上ってどうやって行くんだよ…)
屋上と隣人に言われたものの、恭介の高校では屋上は立ち入り禁止であり基本的に屋上への出入り口自体塞がれているし校舎自体も3棟ある。
今まで興味もなかった恭介はどこの屋上で、どこから屋上に上がれるのか知らなかった。
(順当に考えりゃ教室のあるC棟なんだが…。どっから上がれるのかわからん。)
何か所か階段や屋上に繋がるであろう出入り口っぽいものを見てはみたものの、しっかりと塞がれていた。
そうこうしているうちに昼休みも気付けば残り30分を切っていた。
(昼飯も食べたいし、なんかもう面倒臭くなってきた。かといって、放置して教室戻るともっと面倒なことになる臭いがするんだよなぁ…)
おそらくそうなった場合、また教室でバァン!され騒ぎになるのが目に見えている。
(ふむ、午後はサボって逃げるか)
立ち止まり少し考えた恭介はそう結論を出し、そのまま教室に取って返した。
「あれ、お恭?無事なの?」
「なんでちょっと残念そうなんだよ。場所もわからんし、面倒だからとんずらする。」
「は!?おま、行ってないの!?いや、確かにどうやって行くのかわからねぇけども…。
それなら教室で待っとくとか!」
「確実に面倒なことになるだろ。だから昼からは自主休校だ、適当に言っといてくれ。じゃな。」
「え!?ちょ!お恭!?」
うろたえる啓太を尻目にカバンを回収し、教室を後にした。
学校の敷地を出て一度帰宅し、コンビニに立ち寄ったあと向かうのは昨日の河川敷だ。
いつもよりも時間があるため今日はゆっくり仔犬と過ごせると、内心楽しみにしている。
(それにこれも持って来れたし、のんびりできそうだ。)
恭介は手元の荷物に意識を向けた。
別に学校からそのまま直行でもよかったのだが、いつもと違い時間があるので一度帰宅し持ってきたものである。
モノはキャンプで使うような折り畳みの長いすだ。
河川敷で過ごすのに、長時間椅子もなしに座っていると地味にしんどいのだ。
前々から持っていきたいとは思っていたが、通常の放課後に一度帰宅してから再度河川敷に行くのも手間なので諦めていたものだ。
これなら長時間座っていてもしんどくないし、長さもあるので横になることも出来る。
河川敷に到着し、はしゃぐ仔犬の歓迎を受けエサと水にがっつく仔犬の様子を見ながら、恭介は長椅子を設置した。
少し暑くなりつつあるが、ここは日陰で風が涼しい場所だ。仔犬がウトウトし始めたのを見て恭介も意識を睡魔に委ねようと長椅子に横になりかけた瞬間。
「へぇ…あたしの呼び出し無視してバックレた挙句、わざわざこんなもん持って来て昼寝たぁ良い根性だな、てめぇ…!」
仔犬がキャウンと鳴いて尻尾を隠したと同時、ガッ!と恭介の後頭部が掴まれ、地の底から響くような声が聞こえてきた。
(Oh…!やっべ、完全に忘れてた。ていうか、来るにしても早くない!?)
珍しく焦る恭介だが、隣人がここに来るだろうとは思ってはいたが、まさかこんなに早く来るとは思わず完全に意識の外だったためだ。
恭介が焦る間も後頭部を掴んだ手には力が込められ、メシメシミキミキと音が出てもおかしくないほど締め付けられている。
(アダダダッ!ちょ、握力強くない!?このままだと首から上持っていかれる!?)
「黙ってんじゃねーよ。おら、なんとか言えや?ん?」
「…な…なんと「ふざけたこと抜かしたらわかってるよな?」………はい」
「で?なんでバックレたんだよ?回答によっちゃあ…」
冗談で場を和まそうとした瞬間、頭蓋骨からメメキィ!と音がした気がした。
特に隠すつもりもないので恭介は正直に白状した。
「あー屋上って言われてもな、どこの屋上なのかとか、どっから上がるのか知らん。
一応校舎内一通り探したんだぞ?でも、わかんなくてさ。そうこうしてたら昼休みなくなりそうだったし、かといってそのまま教室で待ってたらまた騒ぎになりそうだったから。」
「…チッ!わかんねぇなら訊けよ!」
「いや、誰に訊くんだよ?友達は知らんみたいだったし、お前に訊くにしてもあの時点でいなかった上に連絡先も知らんだろ。」
「むぅ…」
「それならいっそ、昼以降はサボってここで待ってた方がいいかと思ってさ。
多分来るだろうと思ってたし。」
「くっ…」
「そういうわけだから、いい加減俺の頭放してくんない?へこみそうだし、体勢的にも辛いんだけども…」
隣人から尋問されている間も変わらず後頭部を掴まれたままの状態であり、長椅子に横になろうとしていた途中だったので腹筋の最中のような体勢である。
恭介はそろそろプルプルしそうな腹筋をこらえながら、隣人に解放を要求した。
「チッ!わかったよ、そういうことならしゃーねぇ。勘弁してやるよ。」
「おぉ、ご理解いただけて何よりだ。」
「めんどくさかったとか言いやがったら、どうしてやろうかと思ってたけどな。
あたしも屋上に関してはうっかりしてたし、許してやる。」
「…ハハハ」
危なかった、と恭介は安堵した。
女の子を立たせるのもあれなので、二人して仔犬から離れた場所に改めて設置した長椅子に座り恭介は隣人に問いかけた。
「んで、結局屋上に呼び出した理由ってこの件だろ?」
「そーだよ。余計なこと喋んなよって釘刺したかったんだよ。」
「やっぱな。別にわざわざ釘刺されなくても喋る気は端からないって。
それに仔犬の件ぐらい万一知れたところで、どうってこともなかろうに。」
「わかんねぇだろ!それに…そのほら。あれだ、あたしのイメージってのがあんだろーが。」
案の定、隣人は昨日の件の釘刺しをしたかったようだが、いまいちそこまでする理由もわからない。
恭介は隣人が言う理由をかみ砕くようにこぼした。
「イメージねぇ?」
「そうだよ、あたしはほら、札付きのヤンキーだって言われて、『狼姫』だとかって怖がれてんだろ。
実際喧嘩もするし、タバコも吸うから間違ってるわけじゃねーけど。」
「ああ、確かにそうな。」
「……。前から思ってたけど、てめぇはあたしのこと怖くないんかよ?
無視しても舌打ちしても普通に挨拶してくるし、今もこうやって話してるしよ?」
「それ啓太にも聞かれたけど、別に怖いと思ったこたぁないな。
挨拶も親の躾が理由だし、話が通じないわけでもなし、理不尽に暴れるわけでもなし。
そもそも噂は噂。俺が直接見たわけでもなし。しいて言うなら、勿体ないと思ったくらいかね。」
「……ふぅーん…そうかよ。
勿体ないってなにが?」
「いや、これだよこれ。」
何とも言えない顔をしている隣人の疑問に、恭介は自身の眉間を指で叩いた。
「あ??」
「だから、眉間のしわだよ。今からそんなだと、年取ったら消えなくなるぞ。
それさえなけりゃ美人さんなんだがな。」
「…チッ!大きなお世話なんだよ!やっぱてめぇもそうかよ!」
「おぉ??なんでいきなりキレてんだ?」
急に立ち上がり不機嫌になった隣人に、恭介は戸惑いつつも落ち着いて返した。
いつも以上に眉間のしわが深く刻まれ、眦が吊り上がっている。
「そういう外見ばっかり見るやつに碌な奴はいねぇんだよ!
きれいだとか美人だとか言ってくる奴はヤリてぇだけだろうが!
結局てめぇもそうだったてことだろーが!」
「…あぁ、なるほど。そういうことね。」
その言葉を聞いて恭介は得心がいった。
確かに隣人の見た目は男女問わず目を引くので、そういう類の輩を引き付けるだろう。
以前に何があったのかはわからないが、それが今のイメージを作る理由の一つなのだろう。
それを知らずに発した恭介の言葉が、地雷を踏みぬいたわけだ。
「あーすまん。さっきの発言に別にそういう意図はない。」
「はっ!どいつも大概そう言うんだよ!」
「んー、言い方を変えようか。あんたにそういう意味での興味はないな。」
「…あ?」
いぶかしげな隣人に恭介は改めて告げた。
「というか、女に興味がない。」
「は…?いや、え…?」
なぜかドン引きしている様子の隣人に気付き首をかしげる恭介。
物理的にも距離を離した隣人が何とも言い難い顔で、問いかける。
「てめぇそっち系だったんかよ…。あ、いやその人それぞれだと思うし、あたしは良いと思うよ…?」
「?そっち系?」
「その…あの、お、男同士が好「いや違う」…ホm「だから違う」…ゲ「聞けよ」」
隣人の誤解に気付いた恭介は言わせねぇよ?と、食い気味に否定した。
隣人の発言を潰したことで、改めて誤解を解きにかかる恭介。
「顔真っ赤にしてまで言うことか。俺が言いたかったのは『今は女に興味が持てない』ということで、断じて男に興味があるわけじゃない。いいな?」
「そんな必死に誤魔化さなくても…」
「だから聞けよ!お前の頭は帽子掛けか!?」
「今はほら、結構周りも理解があるしよ?」
「もしもーし!頭の中身はお留守ですか!?」
どうしても恭介を歪んだ性癖にしたがる隣人の頭を鷲掴み、締め上げる。
「あいだだだだっ!ちょ、うそ、悪かったって!いだぃいだぃ!中身出るっつーの!」
「中身はお留守だろうが!」
「いや、入ってる!入ってるから!あ〝あ〝あ〝-!」
隣人が涙目になったところで恭介は解放した。
「ったく。」
「ぐぅぅてめぇ…覚えとけよ。女に手加減なしでアイアンクローしやがって。噂流してやろうか…」
「あ〝?」
「いや!なんも言ってねぇよ!?」
先ほどとは違い、和やかな空気が流れていた。
ふと目が合い、気付けばお互いに口元が緩んでいた。
恭介と隣人が同時に口を開こうとした時、思い出したかのように恭介の腹が鳴った。
「あーそういや昼飯食ってなかったな、誰かさんのせいで。」
「は?あたしのせいにすんじゃねーよ!」
隣人と言葉を交わしながら、恭介は持って来ていた弁当を荷物から引っ張り出し広げた。
運動部ではないが、そこそこ食べるためよくガテン系のお兄さん方が使うような保温機能付きの大きいものだ。
さすがに冷めてはいるだろうが、この気温でも傷みはしないだろう。
ただ一人だけ食事をするのも気が引けるので、一応隣人に声を掛ける。
「一応聞くけど、お前も食べるか?」
「ふん、いらねぇよ。」
「あっそ。」
恐らく昼飯を食べたんだろうと思い、改めて弁当の中身を取り出す。
から揚げにきんぴら、ポテサラに牛肉のしぐれ煮、筑前煮と茶色が多いが仕方ない。
煮物は大量に作れて日持ちもするし、冷凍すれば更に日持ちする家計の味方だ。
手を合わせてさて食べようかと思ったが、さてどうしたものかと手を止める。
教室で感じたような、隣人からの圧力を感じるのだ。
キュルリとそちらから可愛らしい音が聞こえ、目をやれば顔を赤くした隣人が目をそらした。
素直に言えよ、と内心思ったが敢えて助けを出した。
「あーちょっと量が多いかな、残すのもあれだし悪いけど少し食べてくんない?」
それを聞いた隣人は少しためらったものの、空腹には勝てなかったのか弁当を挟んで長椅子の向こう側に腰掛けた。
「ちっ、しゃーねーな。手伝ってやるよ。」
「おう、助かるわ。」
隣人との少し遅めのランチタイムと相成った。
「結構旨いな、手作りかこれ?」
「ああ、旨いんなら良かったよ。」
「てめぇんちのお母さん料理上手なんだな。でも全体的に茶色っぽい。」
「仕方ないだろ、煮物系は家計に優しいんだ。ていうか、作ったの俺だし。」
「んぇ?ほれふぇふぇ「とりあえず飲み込んでから喋れ。」…ん。」
「これ、てめぇが作ったのかよ!?」
「そうだけど?」
「へぇー、意外だな。普通にその辺の弁当屋より旨いし。」
「……。ほら、もっと食え。この唐揚げもやろう。」
「おぅ、さんきゅ」
弁当も平らげ、二人は長椅子に腰掛けつつお茶を飲んで一息ついた。
恭介がぼーっとしていると、目をやれば食後の一服だろう隣人がタバコに火を着けるところだった。
「あ、わりぃ。タバコだめか?」
「いや、俺も吸うから平気。火ちょうだい。」
隣人の気遣いを断り、恭介も胸の内ポケットからタバコを取り出し自前のジッポで火を着けた。
「なんだよ、てめぇも吸うのか。」
「んー、まぁね。ヘビースモーカーってわけじゃないけど。」
「ふぅん」
別に会話が弾んでるわけでもなく、かと言って気まずいわけでもない沈黙が落ちた。
風に紫煙が流れ、ジジジとタバコが焼ける音が聞こえた。
なんとも言えず心地よい空気の中、口火を切ったのは隣人だった。
「さっきは悪かったよ。」
「どれの事よ。出会い頭のアイアンクローか?ホモ扱いか?昼飯のほとんど平らげた事か?」
「っ…!わかって言ってんだろ、てめぇ。
そのあれだよ、勝手に早とちりしてキレたことだよ。」
もちろん恭介もわかっていたが、不用意に地雷を踏んだのはこちらだし別段被害があったわけでもない。
だから恭介が許すというのも何か違う気がした。
「別に気にしてないって、こっちも不用意なこと言ってお前の地雷踏んじまったし。謝られるのも困る。」
「そうかもしれねぇけど…」
「むしろ謝るなら、ゆがんだ性癖扱いしたことを謝れと言いたい。」
「なっ!根に持ってんじゃねぇよ!そもそもてめぇの言い方が紛らわしいんじゃねぇか!」
「あ〝?」
「いや、なんでもない。」
そんな言い合いをしていると、どちらともなく笑い始めてしまっていた。
一息ついて隣人が口を開いた。
「なんか久しぶりだわ、こんなの。」
「ん?」
「こんな風に誰かとじゃれあって、笑いあうの。」
「ふぅん。」
恭介は根本まで吸ったタバコをコーヒーの空き缶に入れながら、隣人の言葉に対して頷くにとどめた。
掘り下げていいものなのかわからないし、それが許される距離なのかと言われれば違うだろうからだ。
向こうが話したければ話すだろうし、話したくなければ話さなくていいと思った。
「大半の奴らはビビって絡んでこねーし、絡んできても下心があるとかそんなろくでもない奴ばっかだし。まぁ面倒なことも減ったから、それはそれでいーんだけどな。」
「そうか。」
答えながら恭介は横目で隣人を見た。
タバコの煙のせいだろうか、目を細めたその顔は泣きそうに見えた。
その顔を見て少し前の自分を思い出したからか、思わず口を開いた。
「なぁ。」
「あ?」
「番号でもなんでもいいから、連絡先教えとけ。」
「はぁ?なんでだよ?」
「明日は行くからだよ、屋上。」
「は?」
「教室から二人で行くわけにもいかないし、屋上行くのに行き方教えてもらわんと行けないだろ。」
「え、あ、おぅ…」
別に連絡先を教える必要もないし、屋上に行く必要もすでにないのはお互いにわかっていた。
ただ何となく勿体なく感じたのだ、この心地よい空気が無くなってしまうのが。