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冷たい月  作者: 神崎ゆう
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第1話

夢を見ている。

炎の中、懐かしい顔がこちらを見ている、そんな夢。


彼は憎らしげに私を睨んで、そしてありったけの声で私に告げる。


「愛していたのに…!!」


私はそれをぼんやりと見つめて、ふと気づくと彼は炎の中に消えてしまう。


これは、夢。

ただの、夢。

だって、あの日、彼の周りは炎に包まれてなどいなかった。

あの日、ただ静かに月光だけが彼を照らしていたのだ。



***


ーー(えん)の国、紅月8歳


「紅月様、皇帝がお呼びですよ」


その言葉に、机にかじりついて読んでいた書物の内容が急速に頭の隅へと追いやられた。


「父上が!?ようやく帰国されたのね!」


「はい、姫様にお会いしたいと。皇太子様のお部屋にいらっしゃるとのこと、参りましょう」


優しく弾んだ女官の声に、父の帰国の現実味が増した。

早く行こう!と女官、凛の手を取って走り出す。

私より10も年上の彼女の手は、大きくて掴みにくいけれど、ほっそりと白いその手はつるりとしていて、触れるたびにうっとりとした。



「父上!」

兄上のお部屋の扉を勢いよく開ければ、久方ぶりの父の姿があった。

兄上の寝具に腰掛けるその姿は、慈悲深いように見えて、やはりどこかこちらを恐縮させるものがある。


「紅月、久しぶりだな。少し背が伸びた」


父の帰国はおよそ一年ぶりだった。

一年前、兄上の母上様がお亡くなりになった時、父はまるで飢えた獅子のように怒り狂って戦場へ出かけた。

詳しいことは私のような子供には教えられなかったが、何か不穏なことがあったらしい。

しかし今、まるで憑き物が落ち着いたように穏やかな顔をして私の頭を撫でた。

ようやく父上が戻ったのだと嬉しくなる。


「そうですよ父上!私は背丈も髪も伸びたのです!」


「紅月は背だけじゃなく、中身もすっかり大人になったのですよ。読む本も随分多くなりました」


「兄上がたくさん字を教えてくださったおかげです!」


白月(はくげつ)兄上がにっこりと笑う。

四つ上の兄は体が弱く、いつも寝たきりだ。

しかし、いつも優しく微笑み頭を撫でて褒めてくれるこの兄が私は大好きだ。


「そうか。良いことだ」


父上からのお褒めの言葉に舞い上がる気持ちだった。

父上が私の頭を撫で、兄が微笑んでいて。

嗚呼、なんといい日だろう。

こんな日が続けば良いのに。


まだまだお話ししたいことがあった。

父上、と声を出そうとした瞬間、父の瞳はもう私を向いていなかった。


「白月、顔色が悪い。突然の帰国で気を使わせたか?」

「いえ、そんなことは…」

「悪化させては悪い。ゆっくり休め。私は戦の後片付けを始めるとしよう」


父はそう言って兄の肩を一度抱き寄せ、慈しむように寝具へ横たえた。


その様子を、じっと見るしか私にはできない。


「紅月はもう部屋に戻りなさい。白月はもう休む」


私は一つ、従順に、頷いた。




その夜だった。


「紅月様、皇帝が自室へ来るようお呼びです」


「えっ」


もう今日はお呼び出しはないものと思っていたから、凛の言葉に思わず素っ頓狂な声が出た。


「父上が…?もう寝る時間なのに、変なの」


凛は、きっとまだ紅月様とお話ししたいのですよ、と笑って、また私の手を引いた。


変なの、ともう一度口の中で転がしたけれど、その口角は自分でもわかるくらい上がっていた。




なんのお話だろう。

何をお話ししてくださるのだろう。


期待を膨らませていったその先で、私は驚きのあまり目を見開いた。


「紅月、これをお前にやろう」


父は微笑みというにはあまりに冷たい瞳でそれを見下ろしていた。


「あの父上、その、恐れ多くも私めにはそれが人間に見えるのですが…」


目の前には同い年くらいの男の子。

跪いているせいでその顔は見えないけれど、淡い髪の色がさらさらと綺麗なのがわかる。


「その通りである。これは此度の戦の戦利品だ」


戦利品。

人が戦利品とはどういうことだろうか。


「紅月、うまく使いなさい。お前にはいい勉強になる」


父はそういうと彼を私の元へ投げるように渡した。

理解が追いつかないまま、私は凛と彼と3人で部屋に戻ったのである。

凛が私の手を引く中、彼は無言で後ろをついてきた。

足には縄で結ばれていた跡が残っていて、すこし怪我をしていた。

色の白い彼の足は月光に照らされた廊下を滑るように歩くたび、細い氷のように見えた。


彼は部屋にたどり着く前に一度転んだ。

人形が倒れるみたいだった。


「あの、大丈夫…?」


「……」


彼は答えなかった。



それが、彼との出会いだった。





久しぶりの投稿です。ゆっくり更新します。よろしくお願いします。

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