第二十話「見捨てる天秤」
一際巨大な地震を目覚ましに、イデは起き上がった。
からだを起こそうとして、額が冷たい壁にこつんとぶつかる。
深く眠った寝起き特有の優しいめまいをこらえ、手ですぐ頭上にある天井に触れる。
天井は透明だ。その先に更に空色の壁紙が見える。
少し動こうとするだけで肘が挟まって邪魔だ。
「なんだこれ。ガラスの棺桶か?」
イデが入るだけじゅうぶんすぎるほど大きな箱だが、問題はそこではない。
苦し紛れにぺたぺたと箱を探り回っていると、蓋が開いた。
倦怠感の残る上体を起こす。
空色の天井には連なる星のように大きな照明が並び、部屋全体に余さず光を降り注いでいた。
眩しいには一歩届かずとも、白い光は睡魔を薄める。
部屋は非常に広い。エントランス以上だ。ホールといって差し支えない。
隣にはイデが入れられていたのと同じガラスの棺桶がある。
隣の隣、そのまた隣にも。右から左、前と後ろも、等間隔に一メートルのスキマをおいてびっしり棺桶が敷き詰められていた。カタコンベも顔負けだ。
『空き室』もあるが、おおむね人がおさまっているのも確認できた。
光景じたいもだが、この棺桶すべてに生きたまま死に至る病にかかった患者が仕舞われているのだと思うと、ぞっとしない。
―――このなかにイデの母親もいる。
イデはぎしりと歯ぎしりをして、荒々しく立ち上がり、棺桶から足をひきぬいた。
「ここに患者が集められてるなら、実質、よくわかんねえ夢やらなんやらを見せる核、みてえなとこだよな。ここ」
これ以上なく穏やかな寝顔のあいだを歩く。
助かる方法を得られずに果てるはずだった人々の、救い。
イデは彼らの顔から目をそらさないようにして、捜し物をする。
あの優しい夢を終わらせるものを。
(お袋がああも自然に夢のなかで自由にやってたのを考えると、どうにもイヤな予感がする。多分、あの人……)
もう、夢のなかから帰って来れない。
具体的にきかなくても、雰囲気で察してしまった。
眠り人は既にあちら側の住人だ。それを覚ますということは、つまり。彼らが生きている世界をまるごと壊してしまうわけで。
「けど」
代わる代わる現れる見知らぬ顔のなかに、いつ母親が現れるのかわからず、鼓動が冷たく騒ぐ。
見なければいけない。見たくない。
心臓を雑巾絞りされているような痛みに襲われる。
「けど。ネヴが同じ目にあってるのなら」
ネヴはまだ現実の世界で生きたがっている。
彼女がイデと夢の世界に連れ込まれ、エマという女主人とビクトリアと戦っているのなら。
「あんな、生きてるだけで敵を作るようなやつ。俺が……俺は、助けてやらねえと、ダメだ」
誰にも生を認められないのは、死ぬよりつらい。
かつてイデが救われたように、ネヴを守ってやりたかった。
天秤に母と他人を乗せて、イデは他人をとった。