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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第四章 アヴァンチュリエの悔恨
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第二十話「見捨てる天秤」


 一際巨大な地震を目覚ましに、イデは起き上がった。

 からだを起こそうとして、額が冷たい壁にこつんとぶつかる。

 深く眠った寝起き特有の優しいめまいをこらえ、手ですぐ頭上にある天井に触れる。


 天井は透明だ。その先に更に空色の壁紙が見える。

 少し動こうとするだけで肘が挟まって邪魔だ。


「なんだこれ。ガラスの棺桶か?」


 イデが入るだけじゅうぶんすぎるほど大きな箱だが、問題はそこではない。

 苦し紛れにぺたぺたと箱を探り回っていると、蓋が開いた。

 倦怠感の残る上体を起こす。


 空色の天井には連なる星のように大きな照明が並び、部屋全体に余さず光を降り注いでいた。

 眩しいには一歩届かずとも、白い光は睡魔を薄める。


 部屋は非常に広い。エントランス以上だ。ホールといって差し支えない。

 隣にはイデが入れられていたのと同じガラスの棺桶がある。

 隣の隣、そのまた隣にも。右から左、前と後ろも、等間隔に一メートルのスキマをおいてびっしり棺桶が敷き詰められていた。カタコンベも顔負けだ。


 『空き室』もあるが、おおむね人がおさまっているのも確認できた。

 光景じたいもだが、この棺桶すべてに生きたまま死に至る病(ぜつぼう)にかかった患者が仕舞われているのだと思うと、ぞっとしない。


―――このなかにイデの母親もいる。

 イデはぎしりと歯ぎしりをして、荒々しく立ち上がり、棺桶から足をひきぬいた。


「ここに患者が集められてるなら、実質、よくわかんねえ夢やらなんやらを見せる核、みてえなとこだよな。ここ」


 これ以上なく穏やかな寝顔のあいだを歩く。

 助かる方法を得られずに果てるはずだった人々の、救い。

 

 イデは彼らの顔から目をそらさないようにして、捜し物をする。

 あの優しい夢を終わらせるものを。


(お袋がああも自然に夢のなかで自由にやってたのを考えると、どうにもイヤな予感がする。多分、あの人……)


 もう、夢のなかから帰って来れない。

 具体的にきかなくても、雰囲気で察してしまった。

 眠り人は既にあちら側の住人だ。それを覚ますということは、つまり。彼らが生きている世界をまるごと壊してしまうわけで。


「けど」


 代わる代わる現れる見知らぬ顔のなかに、いつ母親が現れるのかわからず、鼓動が冷たく騒ぐ。

 見なければいけない。見たくない。

 心臓を雑巾絞りされているような痛みに襲われる。


「けど。ネヴが同じ目にあってるのなら」


 ネヴはまだ現実の世界で生きたがっている。

 彼女がイデと夢の世界に連れ込まれ、エマという女主人とビクトリアと戦っているのなら。


「あんな、生きてるだけで敵を作るようなやつ。俺が……俺は、助けてやらねえと、ダメだ」


 誰にも生を認められないのは、死ぬよりつらい。

 かつてイデが救われたように、ネヴを守ってやりたかった。


 天秤に母と他人を乗せて、イデは他人をとった。


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