第十四話「ネヴという娘」
ルリエには霊媒の血が流れている。
代を重ねて受け継がれた血肉は、極東で永い時を積み重ねた遺伝子の末だ。
肉体は適応した進化を重ね、ルリエの身体は生まれつき己の担う術に最適化されている。
亡霊を呼び寄せ、その身におろす。
ルリエはおっとりとしてぼうっとしがちな女性だが、それには脳が既に向こう側に近づくつくりをしていたせいもあろう。
肉体に囚われない、むき身の精神に接触するすべをもつルリエに、メチェナーデ家の当主パトリツィオは強い興味を示した。
霊媒師と死霊術士で通じ合うところがあったらしく、ルリエとパトリツィオは仲が良かった。
パトリツィオはプライドが高かった。伝統ある家の見栄は時に「頭がかたい」という欠点になった。
そんな彼がルリエを主催とした降霊会を開催することがあったことからも、彼のルリエの信頼は非常に厚かった。
術士同士の信頼にはなみなみならぬ意味がある。
だからパトリツィオは、ルリエに屋敷の秘密通路を教えたのかもしれない。
彼女への敬意と信頼の表れとして。
アルフ達はおろか使用人達でも把握しきってはいまい通路を通り、工房の一室に現れた。
ルリエは驚愕に固まってしまっているネヴを抱えたまま、声を張り上げる。
「ドラード先生! いらっしゃいますか」
ルリエの呼び声をうけ、見覚えのあるくせっ毛がぴょこんと飛び出す。
「は、はい。言われた通りの方法で……まさかこんなところにでるとは」
魔術師でも獣憑きでもないドラードにとって、不気味な標本だらけの一室は気味が悪い。
医療用具に似た器具群におっかなびっくり近づいては、触れずに距離をとる。
細部の使用意図がわからない造りをした道具達は、得体が知れない。
「およびだてしてすみません」
「いえいえ! 仕事終わりにすぐ様子が見れるよう、呼び出されて近辺で待機してましたから。移動は苦じゃありませんでしたよ」
「警護役はいたでしょう?」
「いや。まあ、僕は下っ端みたいなものなので。さほど熱心では」
ドラードは苦笑して頬をかく。
「ところで、ネヴちゃんは?」
ドラードがネヴを包んでいた毛布を外す。
返り血のついた布に顔をしかめるも、なかに入ったネヴが無傷なのを見やり、安堵に顔の筋肉をゆるめた。
「よかった。元気そうですね」
ドラードにルリエは返答しなかった。
ネヴを床に降ろし、ふやふやと息をはく。
「もう、おろす手が重くて痺れたわ。この子も大きくなったわね」
ネヴの成長を認める母の言葉に、ネヴは嬉しくなった母を仰いだ。
しかし、その端麗な顔立ちが冬の海のように暗いのを見て、うきあがった気持ちがみるみる沈む。
「おかーさん?」
「ごめんね。ネヴィー。あなたにはわからないかもしれないけれど……お母さん、あなたには不幸になって欲しくないのよ」
同じ色の瞳をした娘の肩を壊れ物のように撫でる。
「こんなちいさな肩……まるくて、もろくて、桃色で。噛まれたらちぎれてしまいそう」
そして家族写真を撮るときのように背後に回り込み、母子ふたりでドラードのほうへむき直された。
「先生。おねがいがあります。きいてくれたら、なんでもするわ」
改まった態度のルリエに、ドラードが緊張した面持ちで唾を飲む。
「なんでしょう」
ルリエは一度、足の間におさまった我が子を見つめる。
長い黒髪が垂れ、ネヴの視界でクロユリの花弁のようにふるふる揺れる。
憂いにひそめられた瞳は底なしの奥深い黒艶で満ち、厚すぎない唇がぽってり潤っている。
子どもながらに「綺麗だ」と思った。
同じくらい、本能的に恐ろしく感じた。
整いすぎた美貌は人間離れして、ハニエル達のような熱い生命力に欠けていたから。
「ごめんね」
虚ろに美しい母は、悲鳴を絞り出すように謝罪した。
今度こそドラードに、はっきりと告げる。
「おねがいがあります。この子を殺して下さい。できるだけ安らかに」