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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第四章 アヴァンチュリエの悔恨
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第二話「不在屋敷」


 一台の黒い車がなだらかな坂を登っていく。

 イデはこもった空気を入れ換えるため、ハンドルで窓を開けた。

 一気に涼やかな酸素と生気のある土の匂いがなだれこんでくる。昨晩は雨が降ったらしい。


 警戒に目を配らせるも、あらかじめトリスから聞いていたとおり、人っ子ひとりいない。

 場所はひらけた土地だ。屋敷は一面に広がる野の果てにあり、他より高い位置にそびえていた。

 者にも阻まれずに辿り着けば、崖下にある海を睥睨できた。


 崖の上にある家は、その威容から堂々とした(たたず)まいでイデ達を出迎える。

 間違いなく豪邸だというのに、不安定で荒涼とした印象を受けるのは、その場所ゆえか。

 車のエンジンを止めるなり、三人そろって車のドアから出る。

 バタン、とドアを閉じるてつきはうっすら乱暴で、それぞれの緊張がにじむ。


「いるんですかね、ここに。イデさんのお母様が」

「……知らねえよ。それよか、自分の心配しろ」


 真剣な面持ちで別荘を仰ぎみるネヴの髪を乱暴にかき混ぜる。


「むっ! で、でもー……」


 ネヴにも、イデが家族仲の悪い家庭に生まれたことぐらい、伝わっているだろう。

 やけにいいづらそうなのが証拠だ。


 イデは遠い目をして、母を思い出す。

 イデの母親――ナタリアは、ある日から帰らなくなった。

 最後に交わした会話はほとんど覚えていなかった。

 「金を稼ぎにいく」といっていたような気がする。

 貧しい家庭ではみんななにがしか手に職をもとうとしていたし、いつもの会話だった。


 また明日も同じような会話をすると信じて疑っていなかった。

 だからよく聞かなかった。忘れてしまった。

 唯一信用できると思っていた人に裏切られたと感じたのが、イデが荒れる大きな要因となった。


(あの人は裏切ってなんかなかったのか?)


 考えたところできりがない。

 イデは大仰に溜息をついて、呆れるそぶりをした。


「あのな。毎回毎回怪我して、狙われててんのはあんたなんだぞ」


 目下、疑いようもなく危険なのはネヴなのだ。

 イデの家庭環境を憂っている場合ではない。

 ネヴは胸を叩いてカラリと笑う。


「私ですか? ええ、大丈夫です。心境はともかく、やることは決まりましたからね。迷わず進めますよ」

「ビクトリアはともかく、主治医なんだろ。長い付き合いだろう。やれんのかよ」

「『死ね』といわれたならば、言うべきことはただひとつ。『殺す!』」


 ネヴの態度はあくまでストレートだった。


「好きとか嫌いとか、正しい・悪いは関係ありません。死ねっていわれてハイ死にますなんてなりませんよ。納得いかないし。『私の命ってそんなもの?』って感じじゃないですか。私が私を呪わないために、そこんところは絶対に守るべきルールです」

「ならいいんだけどよ。信じるぞ」


 イデの「知り合いと戦って生き残れるか?」という心配を打ち払うように、言い切った。


「どーんと信じて下さい。だから気をつけるべきはイデさんなんですからね」

「へいへい」

「今日は私から離れちゃだめですよ!?」

「うるさすぎてノイローゼになるわ」


 馬鹿なやりとりのおかげで、かたくなっていた肩からちからが抜ける。

 彼女は明るく振る舞っているが、そんなわけはない。

 イデも、いつまでもウダウダしていられなかった。

 近づいて、ドアをノックする。

 精一杯丁寧な話し方で声をかけた。


「すみません。突然ですが、ナタリア・カリストラトヴァの……息子、です。母がこちらにお世話になっているときいて、訪ねてきました。お話できませんか?」


 返事はない。

 ドアノブを回す。鍵は閉まっていた。冷徹な緑のドアがシィンと来訪者を拒む。

 後ろで様子をうかがっていたアルフが前に出る。


「もう完全に締め切ってるみたいだねえ。こういうこともあろうかと話をつけておいてよかったな」


 車の後部座席から、よっこいせと荷物を取り出す。

 とりだしたのは鳥籠めいた箱だった。

 色は半透明のターコイズブルー。樹脂に似た照りがあるが、鉛のように重い。イデの知らない物質で出来ているらしい。


 長さ二十センチ程度の正方形の箱だ。中身はくりぬかれていて、片手で握れる大きさの何かが跳ね回っていた。

檻の柵は菱形を描き、それが細かく何重にも重なっている。


「なんだそれ」

「収容物だよ。借りてきた。逃げ足が速いから、これで収容物の能力をコントロールしてくれだってさ」


 中身が飛びだそうと柵に触れると、触れた部分が泡立つように発光して、中身を内側へ跳ね返す。


「名前は【鍵開け(ピッキング)妖精(ピクシー)】。厄介ものらしいよ。管理担当者さんになるべく任務を引き延ばして、返却をあとにしてくれって頼まれたぐらい。オレは速攻で片付けるつもりだけれど」


 アルフは意気揚々と箱を鍵穴に押し当てる。

 半信半疑で見つめていれば、カチッ。小気味いい音をたて、鍵がはずされた。


「よし。オレが先頭になるよ。お嬢は真ん中、イデくんはしんがりを」


 箱を戻すと同時、アルフが腰から銃を引き抜く。彼の行動に応じ、ネヴも刀の柄に手を乗せる。

 今日は村の時と違い、変装していない。

 あらかじめ常在戦場の心得で臨めといわれていた。

 イデも、最近渡されたばかりの拳銃を構えた。


「出迎えもありませんね」


 乱暴を働かなかったとはいえ、侵入者に対し、広いエントランスホールには人影ひとつ表れなかった。

 白い大理石の床は鏡のように磨き抜かれ、イデ達の姿が色も鮮やかに映り込んでいる。


「オレ達をあくまで誘い込む気かな」


 アルフの手がホラと指先で二階を指す。

 シンメトリーに配置された螺旋階段の先に、幾つも部屋が並んで続いていた。

 ひとめでわかる造りが、かえって罠の気配を濃厚にさせる。


「あっちから来ねえならこっちから行くしかねえだろ」

「前向きに考えましょう。待ちより攻めの方が私達らしくていいじゃあないですか」

「意気がよくて結構。だが、ここはビクトリア達のホームグラウンドだ。くれぐれも気を引き締め、離れず行動しよう」


 三人で別方向を見張りあいつつ、二階の一室の前へ辿り着く。

 その間も奇襲はなく、不気味なまでの沈黙が空間を満たしていた。

 分厚い壁が外界の音を完全に遮断するのだ。


「嫌な家ですね。生気がありません」


 ネヴがぽつりという。

 イデも心の中で肯定した。

 時計といった家具も見当たらず、ゴミ一つなく整頓され尽くした家は生活感が皆無であった。

 よくできたドールハウスに閉じ込められたかのようだ。


 扉はどれもにたり寄ったり。

 仕方なく勘で選んだ部屋に入る。

 なかは明かりがついておらず、濃密な暗闇で満ちていた。


 ただの暗闇ではないのはすぐにわかった。

 アルフが懐中灯で照らしてみたが、その光がなかに届かなかった。

 明かりの先が扉の先に入った途端、光の円柱がすぱっと断ちきられてしまう。


「魔術の類いかな。お嬢、どう?」

「ううん。空間に関する設定情報をいじくってるみたいですね。『外に居る限り中身が見えない』という風な。(カーテン)をしめているようなものです。踏み込めば見えるでしょうけれど」

「結局、いってみなければわからないってコトだね。OK」


 目配せしあい、意を決してアルフが飛び込む。

 ネヴとイデは一度待ったが、アルフはなかなか出てこなかった。

 二分もして、ネヴがしびれを切らす。


「なかでアルフが危ない目に遭ったかもしれません。行ってきます!」

「おい!」

「もし私が出てこなかったら、イデさんは一旦他の部屋を確かめてみてから行動してください。区別がつかなければ、ひとまず私達との合流を目標に!」


 いうが早いか、ネヴはアルフを追った。

 同時に、ネヴの絶叫が響いた。イデからすれば意味のわからない叫びが。


「こンの欠陥住宅ゥゥーーッ!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ネヴちゃんの「大丈夫」ったら不安ありあり! これ、後で回収するフラグなのでは、とかハラハラしてます。 まずは、アルフさんが戻ってこない欠陥住宅……落とし穴かしら(どきどき)
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