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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第三章 羊喰らいの丘
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第三十五話「お迎え」


 アルフは村に辿り着いたタイミングで、全て終わっているのを知った。

 質素な入口周りから人影は見えてこない。

 田舎では人の居ない空間というのはよくあるが、仕事盛りの時間に機械の音一つしないのは不自然だ。


「鉄臭いな」


 風にのって血のにおいがする。

 腰から拳銃をとりだす。

 過度の緊張はかえって反応を遅らせる。ゆるい姿勢で警戒心をとがらす。


 歩き続ければ、今度は倒れ伏した人々が転がっていた。

 アルフの革靴にこすられた大地は簡単に土煙をあげる。しかし彼らのまわりだけ、黒ずんで固まっていた。


 何人かはまだ息がある。

 死んでもらったほうが後始末は楽だ。そうもいかないので、救急チームに連絡を飛ばす。


「あっちのほうが人が多いな。ってことは、お嬢もそっちか?」


 あの三人のことだから、最も戦闘力の高いものが首魁を狙いにいったはずだ。

 イデとシグマとは分断されたらしい。でなければ、ここまで暴走すまい。

 《目印》を追ったところで、見覚えのある人物が目に入った。


 ひとめでわかる。

 なにせ彼は血統がちゃんぽん状態になったバラール国でも目立つ長身だ。

 かたわらでボサボサの金髪が揺れている。


 イデとシグマのほうもアルフを見つけたらしく、一直線に駆け寄ってきた。

 距離感が顔が視認できるまで縮まると、イデのほうが指さしてきた。


「待たせたなっていえ!!」

「ええ!?」


 予想外の挨拶にのけぞってしまう。

 たった数日しか離れていなかった二人の顔を見比べる。

イデは目元に疲れがにじんでいるし、シグマはかきむしったように髪と衣服が乱れていた。


「ま、待たせたね?」

「よし! ふつうの、正気のアルフだ!」


 言われたまま返事をする。

 すると今度はシグマが胸を撫で下ろしたので、アルフも安堵した。

 電話で、前もって住人の異様な様子はきいていた。アルフにも悪影響が及んでいないか、確認したのだろう。


「大丈夫かい?」


 どちらも我が子のように思うチームメイトである。

 若者らしくなんでもナイーブに受け止めて、一方で情熱をもてあましている。そういう面倒くささが可愛いのだ。

 イデは入ったばかりだが、特にそういう面が顕著だ。

 シグマはともかく、下手に冷静で客観的な彼が、ここまで取り乱すのは珍しい。


「ああ、いや、悪い。ちょっと色々ありすぎて」

「そう。色々あったの。前もっていっておくけれど、何もきかないで」

「報告書でどうせ書くことになるよ」


 早口だったシグマが即座に渋面に変わる。

 アルフはわかりやすい彼女に苦笑して、顎で目印をさす。


「うまい言い訳を考えておきなさい。ほら、お嬢を迎えにいくよ」


◇◆ ◇


「ここ、晒し台があったところだ」

「電話でいってたのだね」


 三人揃って眉根を寄せる。

 血は他より薄い。だが他にはない臭いがあった。

 腐臭である。

 丘近くに横たわった肉塊の一部が青い。さながらパッチワークだ。


「異常な死体。犠牲者かな。明らかに他とは違う。腐ってるのは実行した異能者がこのひとに抱いていた印象の影響かな」

「ネヴは?」


 肉塊は息絶えていた。

 足で軽く小突く。乱ぐい歯が出来た口がぽっかりひらいた。

 イデは惨状を無視して、あたりを見渡した。

 疲労と心労で血の気の失せた、酷い顔色で少女を探す。

 小鳥のような声が、切羽詰まった呟きに弱々しく答える。


「……イデさん?」


 むくり。ネヴが重々しく上体をあげた。

 ちからの入らない様子で、ぶらぶら右手を振る。

 頬から額まで赤く染まっていた。顔半分は腫上がって紫になっていて、目に悪いコントラストを描いていた。


「お嬢! ああもう、かわいこちゃんが台無しだ、全く無茶して!」

「いやこれ、大丈夫です。ほとんどビクトリアにやられたので……」

「いったいその主張のどこが大丈夫なんだ?」

「ネヴちゃんさ、正気じゃないのも大概にしてくださいよ」


 三人三様に叱られ、ネヴはへにゃへにゃと笑う。


「いや、もう反論する気力もありません。へへへ」

「へへへじゃなくて。ビクトリアは?」

「皆さんが来る少し前に逃げました。申し訳ない」


 ネヴが指さしたほうに目を向けるも、すぐそらす。

 決着をつける前に逃げたのだ。逃げ切る算段があっての逃亡だろう。いま追いかけたところで追いつけない。


 アルフは銃をしまい、ネヴの膝のしたに手をいれて、横抱きにした。


「もうよく頑張った。このあとも大変なんだから休まなくちゃ。まずは治療からだ」

「はーい……あ、そうだ。イデさん」


 激しい戦いがあったようだ。

 アルフに全身をゆだね、ぐったりしていたネヴがイデに手を伸ばす。

 イデの上着のすそをつまんでひっぱって引き寄せる。


「なんだ?」

「お礼をいわなきゃと思って」

「……何もした覚えがねえんだが」


 イデは目を白黒させ、唇を引き結ぶ。

 彼自身は今回、いや今まで全てで、ろくな動きができていないと感じていた。

 ダヴィデの時は炭鉱を這いずり回っていて、ヴェルデラッテでは悪夢に魘された。

 だがネヴは首を振る。


「いいえ。今回、あなたがいなかったら、私は心が折れていたかもしれません。イデさんがイデさんとしていてくれただけで、私はうんと助けられたんですよ」

「なんだよそれ」


 ネヴの手を掴み直す。返り血で濡れそぼった手袋からじゅくっと濡れた音がする。イデの手に黒ずんだ赤がうつる。

 彼女は応えないで、そのまま目をつむってしまった。


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