第二十九話「共闘」
「まだかとは言いました。なぜ貴方なんですか?」
「私だってそう思ってるわよ! なんであなたの仲間誰もこないの!?」
射出された拳と本体を繋ぐワイヤーロープが叔父の太い首をまわる。
ビクトリアが、片手のみながらネクタイをしめるような動作をした。
ロープがきゅううとしまって首をしめあげる。
「魔術? 機関機械?」
「企業秘密よ。ダヴィデが色々仕込んでくれたの」
ふふーんと鼻高々なビクトリア。
小さな金髪の少女にカミッロは口を噤んでいた。
混じりけなしの鋼鉄と文明の産物である機械は無意識の海と繋がっていない。
純粋な怪なる存在であるカミッロにとって、機械ははかりかねるのかもしれない。
とにかく、今やイデ以上の巨人となった叔父は一時停止した。
ネヴとビクトリアは素早く目を合わせ、互いに舌打ちする。
「さてはずっと見ていましたね? 私が散々殴られているところを」
「そのうち来ると思ってたのよ」
「道理で、私が突き進んでいる途中から姿が見えないと思いました。疲労したところで闇討ちでもする気でしたか?」
「ええ、そうだったわ、でもこのままだとあのバケモノが逃げちゃうでしょ! だから今はまだあなたに生きてもらわなくっちゃ困るのよ!」
ビクトリアは引っ張って手首を元に戻す。
くっついたばかりの手の指先を揃えて前方へ突き出した。その先には姉を抱きかかえようとかがんでいたカミッロがいた。
カミッロが素早くのくが早いか、彼に向かって指先から火の焦げ臭さがもれでた。
パンパンパン!
間をおいて弾丸が発射され、カミッロがいた場所を射貫く。
ビクトリアの指先はそのままカミッロをおった。
あくまで的が自分だと理解したらしいカミッロは、そのまま姉に近づかず、二人の少女の様子をうかがう。
「よし。やっぱりテレポートまで若干のタイムラグがあるみたいね。近づかせないわよ」
「ふうん」
「貴方のほうが追い詰められているんだからね!」
得意げに目の前で説明されても、じゃあ私はどうすればいいかなー。
悩んでいたネヴにビクトリアはまぶたをひくつかせると、突然使っていなかった片腕を地面にたたきつけた!
「何やってるんですか気ィ狂いました!?」
「うっさい! いいからこれでも使えば!」
ネジや装甲が無残に散る。
その果てに現われたのは、長さ四十センチ程度の刃だった。
片刃で、両刃の剣より刀に近い見目をしている。肉切り包丁よりも細身で軽い。
「それも二の腕に仕込んでたの。投げナイフにもできるように柄だってある」
「クロームですか」
「そ。綺麗な光沢があり、硬くって、腐食しない。今のあなたには黄金と一緒でしょ」
「確かに」
手の内でまわして逆手に持つ。
「悪くありません」
ダンッ
踏みしめる音が聞こえてきそうな勢いでネヴは飛び出した。
「合図の一つでもしなさいよ!」
すかさず罵るビクトリアは再び手首を飛ばすのも忘れない。
叔父は咄嗟に首を庇う。
だが手首は首より下、衣服の胴のあたりを掴む。
代わりにピンとはったワイヤーロープの上に、ネヴはブレードの刃を寝かせて乗せた。
「フッ」
そのままロープの描く軌道に沿わせて、叔父のがらあきの腹を横裂きにした。
ききがたい絶叫がネヴの頭上に降る。
ネヴは構わず開かれた腹部に手を突っ込むと素早く、それでいてねっとりと中身をかき混ぜ、中身を掴んだまま手を引き抜いた。
まろびでたはらわたを追いかけるように、叔父は前に倒れ込もうとする。
ネヴは容赦なく、己に覆い被さろうという格好になった叔父の首をかききった。
トドメをさされた叔父は土煙をあげて倒れた。
ネヴであればカミッロの指示で狂わされる。正しい軌道で攻撃や反撃を行えない。
だから狂わない人間にレールを敷いてもらった。
奇しくも、ネヴがビクトリアを苦手とする理由は、カミッロに対しても有効な対抗手段だったのだ。
「普段は掃除に使ってる手がこんな風に役立つなんて思わなかったわ」
「そんなことに使ってるんですか……? いや、まあ……正直助かりましたよ」
ビクトリアはない胸に手をのせ、深呼吸のまねをする。
ネヴが憮然とした顔で礼をいうと、その目が見開かれる。
ネヴはそれを見返さず、カミッロを睨めつけた。
「そして――ええ。貴方への対応も、細い糸ですが思いつきました」