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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第三章 羊喰らいの丘
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第十四話「ハリボテロマンス」


「まだ生きている人もいますねえ」


 箱の周りにうち捨てられた体達に手を入れ、首筋に手を添える。

 老若何女問わない彼らの衣服は血や土汚れがついていて、子どもが遊んだまま放り投げた人形のようだ。

 ネヴの言葉に応じて同じく近寄ると、か細く荒い吐息がヒュウヒュウと耳たぶに触れた。

 それは全体のいくつかで、残りは二度と動かない四肢を放り出しているだけだった。


「でもこれは……もう助かりませんね。とどめをさしそこねられただけという感じ」


 軽く首を横に振って、ネヴは彼らから手を離す。

 簡単に決断を下すネヴの顔は穏やかで、イデを不安にさせた。

 

 ネヴが見目通りに明るく優しい性格でないのは、いい加減理解したつもりだ。

 しかしそれが麻痺からくるものか、生来の気質ゆえかはわからない。

冷徹にならねばならないと我慢しているのではないか。

なるべく軽く、肩に手を乗せる。


「いいのか」

「出来ることがないのに助けると意気込むほうが残酷では?」

「…………」

「むごいと思いますよ。見捨てずに済むならそれが一番です。家畜がいるということは業者もいるはずなのにこの有様。彼らの命をきちんと終わらせてやることを些事として扱っているということです」

「安楽死の方向性じゃあなくてよ」

「少なくとも今、ここで助ける手段がありません。治療道具がない。人も呼べない。私の異能でできるのは、せいぜい楽にしてやるぐらいです。でもやったら、バレますよ」


 彼らのなかにいた、まだ四つ程度だろう子どもの目を閉じてやる。

 服装はベル達と変わらない。質素な生地に大きな花柄の模様が印刷されたワンピースだ。特別な――このような目にあうべき子どもにはほど遠かった。

 そこまで言って、ネヴの端正な顔が小首を傾げてイデを見上げた。


「イデさんは助けたいんですか?」

「道あるいてる時にゴミを見つけたら無視するけど、出先で泊まったホテルに荷物が散乱してたら片付けたくなるだろ」

「よくわかりません。イデさんは照れ屋さんですねえ。しかしそういうことなら私もはりきりましょう」


 からだ達をのけ、150センチの箱で中腰になる。

 木材で出来た箱の表面は傷が少なく、新しい。軽く揺さぶった。中身がぶつかってコトコト鳴った。


「帰ったらすぐアルフに電話して、人をいれてもらいましょう。あの家、固定電話がありましたから」


 近頃になって一家に一台置かれるようになった通信機器の名をあげる。


「そのぶん、アルフが到着するより先に突き止めなくちゃいけませんよ。ここに外部の人間を突入させるのですから」

「思いがけずタイムリミットができたか」

「じゃあガンガン攻めの姿勢で行かなきゃですねえ」


 あんなことをいって、ネヴにもやる気はあったのだ。

 胸をなで下ろすイデの前で、ネヴはうんうんと箱を押す。びくともしない。

まさか異能をつかって自力で運ぶ気なのかと見守っていたが、無理なようだ。


「すみません。私、一瞬なら重いものも持ち上げられるんですけれど。長時間はもてないんです。あくまで異能で構造を分析して『どうちからを加えればどう動くか』を知っているだけなので」

「運んでくれってことだろ。わざわざ説明されんでもそんぐらいやるぜ」


 箱の下に手をいれる。

 隣でネヴが「子ども用の棺桶を慌てて代用したのかもしれませんねえ」とひとりごちた。

 これから背負わせようという時に嫌なことをいう。


「あのなあ」


 文句のひとつでも言ってやろうとしたイデの首筋を、冷たい指が撫でた。


「っおい、いまは危ないからやめろ!」

「え? なにがです?」


 一度箱を降ろしたイデに向けられたのは、心底何をいっているのかわからないと見開かれた目だった。

 機嫌を損ねてしまったのかという不安と動揺で、大きな黒水晶(モリオン)の瞳がたゆたっている。

 イデもぱちくりと(まなこ)を瞬かせ、気づく。

 あ、と自分でも驚くほど生気のない声が喉から出た。


「アンタ、そういやいつも手袋はめてたな……」



 借りた家に帰り、あかりをつける。

 月のない夜から人工の昼へ。


「おっと。アンタ、ひでえかっこになってるぞ」


 紺と白で構成されたネヴの服にぱっと赤い花が散っているのが目に飛び込む。

 あの隠し穴でからだ達を抱き上げた際移ったようだ。


 なんだかんだ守るより攻めのネヴである。

 あらかじめこうなる予想はついていた。彼女は割と血の気が多い。頭のなかまで紅白めでたい女だ。

 イデは床に降ろした箱から中身を取り出すため、釘抜きを探しに行く。ついでに寝室に寄り、荷物のなかからボトルを持って行く。


「これ使えよ」

「コンタクトレンズの洗浄液、ですか? 私、裸眼ですけど。イデさん視力悪いんですか、メガネ作る?」

「俺も普段は裸眼だよ、メガネもうあるし。家にいる時たまにつけるぐらいだ」


 生活には一切困らないものの、学生の頃、暗いところで本を読んだせいか若干下がってしまった。

 洗浄液のボトルを投げれば、彼女はそれを片手で簡単にキャッチした。

 最も早くコンタクトレンズの原理を発見したのは、一人の芸術家だったという。

 六世紀近く昔の人物である彼の名を知らぬものはいない。

 実際にコンタクトレンズらしいものが生まれたのはそれから四世紀経ってからだった。

 初めて作られたコンタクトレンズはガラスのレンズだったという。

 硬く、わずかな時間しか装着できなかったそれも、現在はソフト&ウェットな市販品だ。


「コンタクトレンズの洗浄液ってよ、血が落ちんだよ。怪しまれずに持ち運べる洗剤って考えたらこれだった」

「へええー! いつもはアルフがやってくれてたので全然考えてませんでした! ありがとうございます!」

「あーはいはい。どういたしまして。んなことよりよ、どうすんだ。もう開けちまうか、これ」


 上着を脱いで早速実験しようとするネヴをとめた。親指で箱をさす。

 箱は以前、沈黙を保っている。

 背負った時の重さからとんでもなく重いものが入っているのは間違いない。

 みたび箱を視界に入れたネヴは、露骨に嫌そうに目を細める。


「ああー……あれですか。ええ、開けましょう。私がやりますよ」


 ゆるく間のあいた足幅にしっかりのびた背筋、だらりと下げた手に傘をさげ、手をかける。


「起きてます。起きてますよね? 魔眼()なんか使わなくたってわかります、ぷんぷんにおう。ずる賢く縮こまったネズミの匂いが。いえ、どちらかといえばヌイグルミかな?」


 ネヴはそういったものの、イデはなるべくネヴをかばえるように位置取った。

 魔眼の異能で痛めつけるのには優れているとはいえ、肉体は育ちのいい女性のそれだ。生まれつき鍛えても筋肉がつきづらい体質らしい。

 アルフがイデを肉の盾に据えようとしたのもそのせいだ。


 そして扉が開けられ――黄金の影が飛び出した。

 小柄で活力に溢れたそれは、とてつもなく早い。

 しかしネヴは中身を確認するよりも早く傘を振っていた。

重い重い鉛傘が影の白い頬をはらう。

全力の横殴りだった。


 影はゴムまりのようにはね、床を転がった。

 黒いメイド服の裾がドレープを形作る。

 

 ネヴは影の頭上に傘を振り上げ、ぴた、と腕を空中に固定させた。

 閉じられた傘がネヴの表情に影を落とす。


「ごきげんよう、ビクトリアさん。お元気そうで安心しました」

「ごきげんよう……あなたは元気がありあまりすぎているようね」


 唇だけ歪ませるネヴの、目は笑っていない。

攻撃を企めば、いつでも追撃を加えてやると傘が言外に忠告する。

 ビクトリアは片手を床につき、もう片手でかすかな赤みもない片頬をおさえ、憎々しげにネヴを()めあげた。


「やれるつもりなの、あたしを」

「やるべきならばやれなくたってやりますよ、私は。けれど今は貴方を相手取るつもりはないんです。目立つでしょ、その巨体(・・)じゃあ」


 ネヴは珍しく皮肉を繰り返す。

 そのたびビクトリアの美しい瞳が鋭くとがる。


「それよりも。ええ、それよりも。ビクトリアさん、貴方、私たちより早くからここにいたんですよね? お礼ついでにここで何が起きているか、知っている情報をわけてくれません?」


 人形の状態でないビクトリアはか弱い少女だった。

 齢と体躯はベルよりも上で、ネヴよりも下。150センチの箱にぴったり収まってしまうサイズだ。

 ここで人形を使えばどうなるか、いうまでもない。


 お互い、早く邪魔者を消したくても消せない状況だ。

 イデなど内心「うまいことかみ合ったもんだな」とあまり感じたことのない幸運に喜んでいた。

 ビクトリアはネヴの要求に舌打ちをする。


「恩の押し売りじゃない、っていいたいところですけれど。たとえ望んで受けたものでなくても、礼節を欠くことはご主人さまの意向に反するわ。いいわよ、答えるわよ」

「人をいきなり罵って襲うのは礼儀知らずじゃないんですか? 炭鉱ではしたなく大暴れして皆殺しの危機にさらすのも」

「ダヴィデの時のは別にあたしのせいじゃ……っていうか、あーいえばこういうッ! そっちがききたがったんだから黙ってきけばいいのよッ!」


 初遭遇時や以前の事件をもちだすと、甲高く叫ぶ。

 二人の相性は最悪なようだ。

 たったひとりの男性であるイデも、きいているだけでキャットファイトに巻き込まれているようでいたたまれない。


「ほほぉーん? じゃあ何を教えてくれるっていうのですか? 村人がこんな気持ちユルユルな理由とか? お祭りでもやっているんです?」

「ふん。そうよ。だったら今夜にでも行ってみればいいのよ」

「どういうことですか? 金髪ロリメイドロボ」

「ロボじゃないわよ! とにかく。どうせあいつらのことですから、客がいようが我慢できずに今日もやるに違いないわ」


 きっと昨日もやろうとしたでしょうに、あなたたちったら気づかなかったのね!

 勝ち誇って薄い胸を反るビクトリア。


「わー傘おもーい。手がすべって落としちゃうかも~」

「あーもう! 物資はあっても娯楽に乏しい、人がいるだけの田舎村。そんなところでどんな俗物的快楽(ロマンス)が起こるかなんて……貴方には想像がつくのではなくて?」

「その不愉快な口調は貴方の主人の真似ですか? 忠犬ですねえ」

「うるさいわよ! この小型犬、猟犬、アホ狂犬!」

「なんですとォーッ!?」

「バカ、声のボリュームおとせ犬猿ども」


 彼女達の会話は、油で満ちた鍋に水をいれるかのように吹き上がる。

 これ以上は限界だとネヴの頭上にチョップをいれた。

 彼女は「なんで私に……」と恨みがましくイデを悲しい瞳を向ける。


「ネヴ。あんた、喧嘩するためにこいつを見逃そうとしてんのか? 違うだろ」

「……こほん。とにかく、そのロマンスとやらはいつ起きるんです?」

「これからよ。サバトは虫も寝静まる真夜中に、って相場が決まっているじゃない?」

「どこで?」

晒し台(ピロリー)よ。あの、薄汚い屠殺場――」



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