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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第二章 眠れる青を起こしたならば
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第四話「人形の骨」

「それでね、きいてよ。まだ二歳の頃にネヴィちゃんが家から消えちゃって、大騒ぎになったんだ。もうあっちこっち探し回ったんだけど、気づいたら家にもどってたんだよ。のんきにジェラートで両手や顔をベタベタにして食べてるの」

「わ、悪かったと思ってますよう……」

「ちょっと目をはなしたすきに、家から出て、ジェラートを食べにいっちゃったんだね。二歳でだよ、すごくない?」

「だから私の食い意地をさらすのはそのあたりにしておけ……! 後生ですから!」


――なんだろう、この空間。


 招かれた茶会は、小綺麗な庭に置かれたパラソルテーブルの下で茶菓子と紅茶をたしなむという至って普通のものだった。

 外で食事をしようと思うと、機関灰が皿に入らないようにするための傘は必須になる。

 金銭状況が厳しいのか、メチェナーデ家のパラソルテーブルは貴族としてはこじんまりとしたものだった。


 可愛らしいサイズのテーブルを囲み、若い四人が談笑にふける。

 そういうと聞こえがいいが、うちビクトリアと呼ばれた金髪の女中は飲食の用意をする以外はだんまりを貫いていた。

 さらに一人はむすっとした顔でつったっている身長二メートル近い大男ときている。

 異様な空間である。

 本人たちは楽しそうな幼い頃の思い出話も、イデにとってはストレスだった。


(今とさして変わらねえじゃねえか)


 面白みがないからさっさと切り上げてしまいたい。

 それでもとどまり続けているのは、ネヴの視線が一度もイデを向かず、ダヴィデだけをみつづけていたからだ。

 魔眼を通してダヴィデを観察しているのだろう。邪魔はできなかった。

 

「ああ、そうそう。あれもあったね。ルリエおばさまが降霊会の準備をしてた時に――」

「失礼いたします。お茶菓子をお持ちしました」


 ビクトリアが音もなくテーブルに近づき、菓子をもった皿を置いていく。


(ネヴのやつ。この状況で、本当に情報収集なんかできてんのか?)


 時間とともに増していくいらだちと眉間の皺は、盛り付けられた菓子を見ていっそう深くなる。

 聞き手に回っていたネヴも気づいたらしい。


「コンフェッティ?」

「うん。ビクトリアが焼いてくれたんだ。好みではなかった?」

「ああ、いいえ。好きですよ、あまいものは。彼もね」


 コンフェッティは、砂糖で包まれたアーモンドの菓子で、それ自体はなんの問題もない。全国の菓子店で販売されているような非常にメジャーな食べ物である。

 問題は、コンフェッティにまつわる物語である。


 数百年ほど昔、貴族の間で恋心を抱く青年が意中の相手が乗る馬車にコンフェッティを投げ入れて気を引くという求愛が行われていたらしい。


 現代においても、カタチを変えてコンフェッティは色んな意味で甘い菓子になっている。

 熱烈なカップルに「いつコンフェッティをくれるの?」ときくことは、それすなわち、「オマエらいつ結婚するんだ」という意味になる。


 一応、テーブルの上に並べられたのは結婚式に必ず配られる白のコンフェッティではない。緑、空、キャラメル、オレンジ、白、ダークブラウン。実に色とりどりだ。


(何を考えているんだ)


 本当は何も考えていない、他意の無い行動なのだとしても。

 ネヴが妙に動揺したのも気に入らない。

 無意識のうちにダビデの方を睨んでいたのか。視線に気がついたダヴィデは、逆ににっこりとほほえみ返してきた。


「へえ、甘い物、好きなんだね。特に何が好き? うちにあるものなら、とってこさせるよ」

「…………」

「ああ、慎み深いんだね。僕なんかうっかり調子にのって、よくヒトを苛立たせてしまうんだ。我慢しなくちゃだなんて思いつきもしない。見習わないと」

「坊ちゃま」


 朗らかな笑顔でよく話していたダヴィデだが、その耳にビクトリアがくちを近づける。


「ん? どうしたの、ビクトリア」

「先ほど厨房に行ったおりに見つけたのですが、町の子どもが入り込んでいました。どうやら、旅行者が物珍しく、ついてきてしまったようです」

「そうなの?」


 ダビデは驚いて、ネヴとイデに頭をさげた。


「ごめん、うちの町の人がご迷惑をかけなかった?」

「視線は感じましたが、悪意はなかったです。これといって何もされていませんから、お気になさらず」


 ネヴの返答に、イデも「ああ」と得心がいく。

 そういえば、町に入ってからずっと視線を感じていた。

 不特定多数の目だと思っていた。まさか子どもで、後をついてきてまでいたとは。


「それにしても、あっさり侵入を許したのですね」

「ああ。お恥ずかしい話、昔と比べて使用人もだいぶいなくなって。流石に奥まではいれさせないよ、でも庭先ぐらいまでは子どもに入られちゃうんだ……壁に穴が開いてるのを、ほっといちゃってるから」


 メチェナーデ家の財政は、思ったより深刻らしい。

 ダヴィデは頬をかいて、気まずそうに話す。

 本当にきまずいのは、メチェナーデ家衰退の原因となったネヴだろうに。案の定、彼女は苦々しい表情をしていた。

 メチェナーデ家の魔術師としてのちからが奪われたのは、ネヴとダヴィデが幼かった頃ときく。もしかしたらダビデは、そのときの記憶があまりないのかもしれない。


「とにかく。このことは穏便に済ませる。安心して」

「わかりました。くれぐれも優しくお願いしますね」

「もちろんさ」


 ダヴィデのいい返事にネヴは頷く。

 これを区切りがよいと考えたのか、ネヴがからだを動かす。

 さっと女中がやってきて、椅子を引いた。

 立ち上がったネヴは、旧友との再会を楽しんだ少女にしか見えない満足げな笑顔を作る。


「さて。楽しい時間を頂きました。名残惜しいですが、そろそろおいとましましょう」

「そうだな」

「もうそんな時間か。門まで送っていくよ」


 ダヴィデも引き留める気はなく、自ら椅子をひいてたった。

 ネヴのまなざしが一瞬鋭くなる。

 すぐにいつも通りののんきな表情に戻って、来たときと同じような並びで門へ向かう。


「じゃあ、健康に気をつけてね」

「またすぐに会いますよ」

「かもね。次に会う時を心待ちにしてる」


 互いに含みのあるものいいをして、別れる。

 ダヴィデに背を見られているのが落ち着かず、イデは一度だけふりかえった。

 ダヴィデとビクトリアはネヴとイデが家路についた時点で、邸宅に戻ろうとしていた。

 イデが振り返った時、ダビデたちは何かを見つけたようで、立ち止まってうつむいている。

 シグマにくちをすっぱくして言われた助言がよみがえる。


――極力情報を拾いなさい。なんでもよく見ておくこと。


 イデはほとんど自動的に目をこらす。

 風上にある邸宅から、ダヴィデの驚嘆の声が届く。

 距離のせいでかすれる言葉は、なんとかカタチにすれば、こうなる。


「ああ、こんなところにあったんだ」


 あるとは思わなかったなくし物を見つけたような、安堵した言い方で。

 ダビデは軽くかがんで、地面から小さな何かを拾い上げた。

 ざらりとした白で、なめらかなカーブがあり、もろそうなモノだ。

 イデには見覚えがあった。

 すぐそばにあるが実際にみる機会は多くない。

 川の底をさらえば、きっといくらでも出てくるだろうソレ――


(ヒトの骨。指の。火葬したような)


 バラール国の従来の埋葬方法は土葬だ。しかし領地の狭さゆえ埋葬できる墓地が足らず、中層以下だと火葬も多い。

 イデの祖父もそのくちだ。遺体を炉のような場所にいれて、骨を焼いた。金がないので無縁仏として、同じような他の死者たちと一緒くたに一つの墓へ葬られている。

 そのときにみた骨によく似たものを、ダヴィデはなんのためらいもなくつまむ。

 そばに侍るメイドがすっと手のひらをさしだした。


「ありがとう。ビクトリア、これしまっておいて」

「かしこまりました」


 洗練された動きは、これが彼らにとって、自然な当たり前のやりとりだからだ。

 何時間もイデを包んでいたいらだちが、そのときだけはスウッと冷えた。

 荒涼とした風が、イデを遠くへさらうかのように撫でていく。

 美しい青年と可愛らしい女中が、邸宅に消えていくまで。イデは目を離すことができなかった。



* *  *



「彼らはきっと、ここを探しているでしょうね」


 粘性の闇のなかで、ビクトリアが熱のこもった吐息をもらした。

 メチェナーデ家の《作業場》で、一糸まとわぬ裸体をさらしたまま。

 二人の客人が帰ってからずっと、からだが火照っている。少し動くと、すぐにこれだ。

 いまだに慣れない熱が全身をおかす。耐えられない。

 ビクトリアとしては大変不服なのだが、この苦痛を止められるのは、現状ひとりだけだった。

――不可抗力。

 そうみずからに言い聞かせ、ビクトリアは毎日、ダヴィデに身を委ねる。今も。


「そうだね。もうあたりはほとんどまわったようだから、とおからじやって来るよ」


 ひっかき傷のついた古いランタンだけが光源だ。頼りない薄明かりのもと、ダヴィデは迷いなく指を動かす。

 そのたび、ビクトリアの混じりの無い黄金色(こがね)のまつげがふるえた。


「んっ……ちょっと、変なところ触らないでくれるかしら?」

「変なところ? どこだろう」

「言わせるつもりなの?」

「ああ、性感帯でも触っちゃったかな? ごめんね」

「こ、この死体人形! 本当にデリカシーってものがないのだから!」


 ダビデからすれば「一番可能性が高いもの」を提示しただけとはわかっている。

 それでも、花の盛りな少女に投げかけるセリフではない。

 ビクトリアは上半身を動かして、ダヴィデの髪を掴んでひっぱる。

 本当は蹴っ飛ばしてやりたい。しかしダヴィデに背をむけたまま、下半身を動かすことができないので、諦めた。

 痛覚などないくせに「いてて」と顔をしかめるのがますます腹立たしい。


「よくわからないけど、本当にごめんね」

「本心でもないくせに!」

「まあまあ。落ち着いて。さ、とりあえず取り外す(・・・・)よ」


 ダヴィデは髪を掴まれたまま、ビクトリアの細い腰を掴み、カチリと回した。


「あっ」


 上半身と下半身が離れる。

 慣れない。全く慣れない感覚だ。

 抵抗もできずまわして、外されて。ジャム瓶の蓋になった気分である。

 それが今のビクトリアのからだなのだ。


 ダヴィデによって改造された、人形そっくりのまがい物。

 死体と機械、神秘と科学を織り交ぜて作れた球体関節を持つ少女。

 とある目的のために最適なモノへといじくりまわされた、人でなし。


「本当に変わってしまったのね。なんだか恥ずかしい」

「今更だね。安心して。客観的に見ても、以前と寸ぷん変わらない造形を保ってある。人でなくなったからといって気にすることはないよ」

「そういうことではなくて」


 ビクトリアはよく知りもしない男に宙ぶらりんに持ち上げられ、どきまぎしているというのに、当のダヴィデといったら一切感知しない様子で報告を始めだした。


「ああ、だいぶ調子よさそうだね。そろそろ具合もよくなってきた頃合いかなぁ。初めての頃は心が新しい肉体に定着してなくて、少し動かすだけであっという間に使い物にならなくなってたもの」


 嬉しそうにいうものだから、ビクトリアは舌打ちをして、こめかみをグリグリとおしてしまう。

 ダビデに故意がないのは、重々承知している。

 だが、どうにも言い方がイヤだ。


(この発言が『私の喜び』を反映したせいだ、っていうのが、一番イヤだわ)


 ビクトリアが「動けるようになったからだ」を喜んでいるから、ダビデも喜ぶ。

 そういう仕組みなのは、ダヴィデの設計図を見たから知っている。

 自分の恥部を見せつけられるようで、頭痛が酷くなる。


 ここのところ、ずっとこんな日常だ。

 それももうすぐ終わる。うまくいけば、もう少し続くかもしれない。

 うまくいけば、もう少し。ちょっとだけ期待しているのがまた信じられなくて、ごまかすためにビクトリアは口を動かす。

 じゃれあいでなくて、仕事のことを。ダヴィデとビクトリアの関わる理由を。


「彼らがここに来るまでに間に合うかしら」

「多分ね。むしろ、間に合わせなくちゃいけない。最悪、僕はもうすぐ死ぬのだし」

「そんなこと」


 いうもんじゃないわ、といいかけて、つぐむ。


「……当たり前だわ。それで、どのくらい同調できるの?」

「我ながら父様の希望通りの仕事ができたと思う。思考から0.2秒程度の誤差はどうしても生じてしまうけど、それは生身でも一緒だよ」

「ブラヴォー」


 今度こそ、ビクトリアは心から感嘆した。

 解体された素材(ばらばらしたい)が種類ごとに整理された棚の向こうに目をみやる。

 完成済みの人型ゾンビに守られて、ベルベッドをかぶせられた大きな箱がいくつも置かれている。

 

 なかにしまわれているのは、パーツごとに分解して持ち込んだ駆動装甲(ニスデール・ドライブ)だ。

 本当の主人から魔眼の女を殺すために与えられた、ビクトリアのもうひとつのからだ。

 ビクトリアの体毛と同じ色をした、鋭いかかとをもつ美しい巨女である。

 この作業場を出るとき、命令を刻み込まれたゾンビたちが瞬く間にくみ上げる手はずになっている。


「素晴らしいわ。これからは肉体の損壊を気にすることなく、あれに乗れるのね」

「うん。君の精神と同期できる粘菌を全身に巡らせてあるからね。二キロメートル以内なら、君の心は、そのからだとあの駆動装甲(ニスデール・ドライブ)の間を自由に行き来できる」


 ダヴィデの説明にビクトリアの笑みが濃くなる。

 駆動装甲(ニスデール・ドライブ)の使用は、使用者に大きな負担を強いる。

 義肢ではなくパワードスーツの形態をとる駆動装甲(ニスデール・ドライブ)にはわかりやすいハンドルがない。緊急用に取り付けられた操作ハンドルはあるが、それではほとんど使い物にならない。


 そこがこの道具が世間に広まらない理由だった。

 手動で動かせないものを、本人の肉体感覚に直接リンクして、使わせる。

 本来はひとつしかないからだのうえに、一回り大きなからだをかぶせて動かさせるのだ。

 あってはならない感覚に、使えば使うほど心身は削られていく。


 物理的な衝撃も酷い。

 かよわい少女の肉体をもつビクトリアが扱うのは、異能がなければ不可能だった。その異能をもってしても、今までは数分の使用が限界だった。

 それを解決するための肉体改造が、実を結ぼうとしている。


「もっとも肝心の心はヒトのままだから、つかいすぎれば違和感にこすれて燃え尽きてしまう。そこは注意してほしいな」

「わかっているわ」

「本当? これは君の獣憑きの異能があったからこそ完成したものだよ。君がいなくなれば二人と使用者は現れないのだから、大切にしてね。もったいないもの」

「それは私が? 機体が?」

「どちらもだよ」


 そういう間にも、ダヴィデはビクトリアの全身をまさぐる。

 気がつけば、腕、足、腹と、あちこちのパーツが面白いように分解されていた。

 清潔な敷き布の上に並べられたパーツの断面で、赤黒い粘液がミミズのようにのたくっている。


「最終調整、済ませちゃわなきゃ。どこか不具合があるからすぐに熱がこもっちゃうんだろうし。がんばるね」


 あれよあれよというまにビクトリアを頭だけにして、敷き布の真ん中に置く。

 なんとも思っていない顔でパーツをひとつひとつ丁寧にメンテナンスするダヴィデに、ビクトリアは見事な仕事への感動も忘れ、怒鳴った。


「だからッ、そういうとこよッ!」


 一度いいだすともう止まらない。

 日頃の鬱憤から何気ない世間話まで、ぷんすか怒りながらも、あれこれダビデに話しかけ続ける。

 そこには、もしかしたらもう話せないかもしれないという寂寥と、誰にも秘密にしている思いがあった。

 ダヴィデはビクトリアの好みの顔だったのだ。それはもうドンピシャの。見ているだけで幸せになれる。


(本当に、コイツ、顔と腕だけはいいのよねえ……)


 はあ、と、何度目かもわからないため息をつきながら。

 ビクトリアはネヴィー・ゾルズィの襲来を待つのだった。


「そうそう。感覚が全くないと精神の摩耗が加速するから、痛覚のほうはとりのぞいたけど、快感は残しておいたよ。疲れてヒトであることを忘れそうになったら、たくさん楽しむのをオススメするね」

「だッ……だーかーらーっ!」


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