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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第六章 獣の愛
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第三十四話「ラジョーネとはなんだったのか」


 領主たれと作られた死体人形(ダヴィデ)は悟った。

 この天使のような幼子達こそは、絶対に存在を許してはならぬ不倶戴天の敵であると。


 常に場違いなぐらい温和だったダヴィデの瞳が冷たく沈む。

 姉弟の姉のほう――ベルナデッタの無邪気さも。

 まだネヴ達の手で収容される以前、街で何度か見た変化だ。

 頭のなかで、卑しさからくる狡猾な計算を張り巡らせている顔だ。


「ふぅ」


 ダヴィデはバターブロンドの前髪をかきあげた。

 ダヴィデが今の今までベルナデッタ・アンヘルの本性に気づかなかったのには理由がある。周囲にいた他の獣憑きや島民に気をとられていたからだ。

 

 獣憑きたちのなかでベルの異能は最弱だった。

 ゆえに、ダヴィデも相手の精神を写す特性の対象として、彼女の優先順位が最低になってしまった。


「じっとしていね」


 急造のゾンビを一体、ベルに近寄らせる。

 男の死体だ。漁業で鍛えられた太い指をゆっくりとのばす。

 野良猫を撫でる子どものように慎重な動きだった。

 ベルは表情の抜け落ちた男を見上げた。見知らぬ男の意図を、まだ理解していない。唇をすぼめ、小さな顎をキョトンと尖らせている。


 たかが、他人に一方通行のテレパシーを送る程度の能力だ。

 手足は若い枝のように細い。そして木と違って、数分しめつけるだけで、簡単に死ぬ。ベルは他人を欲望にむかうようそそのかせても、物理的な自衛のすべを一つとして持たない。


「ごめんね」


 心にもないことを言う。

 男の硬直した指がきしみをあげて、少女の首に巻き付こうとした。

 その時だ。

 ぶちり。ダヴィデに衝撃が走る。神経を束にまとめて一息に叩き切られたようだ。


 ダヴィデに痛覚を認知する能力があったなら、気絶していた。

 パチクリとまばたく。

 落とされたスイッチを切り直すような間を置いて、結果と原因を算出しようと試みる。

 結果は目の前にあった。今しがた、少女をくびろうとさせた男が倒れていた。繋ぎ直そうにも、うまくいかない。元の動かぬ屍体だ。


「ああ、成程」


 男を操る粘菌と、粘菌の『親個体』であるダヴィデの繋がりは深い。

 ダヴィデからじかに粘菌をわけあった男に仕込んだ粘菌―――つまり魔術的な回路・繋がりが、断絶されたのだ。


 粘菌という物理性への直接攻撃なら、まだ容易に受け流せた。

 だが三次元的な実在を有さない、概念に近しい『神秘』そのものへの攻撃。

 ネクロマンシーとは比べものにならないチカラによって、ひとつの存在が押し潰されたのだ。

 一方的暴力。神秘を構築するにあたり、無意識の海から注がれた圧倒的な情報量。

 ダヴィデは苦笑して、ヒゲ一本ない頬に手をあてた。


「本で読んだことはあったけれど、まさか実際に『神降ろし』に出会うことがあるとは」


 ずっとダヴィデの対象に入っていなかったものがもうひとりいた。

 弱さではなく、巨大さによって。

 見上げることすら億劫になる胡乱な情報の山として。

 ダヴィデはそれが行動した後で、ようやくカラの器に降りたカミがいると知った。

 これで、元よりずっとずっと削られて縮小された化身に過ぎぬとは、そらおそろしい。


「今までどうして気配を隠していたんだろう。興味がなかった? なのに、そんな矮小な少女を守るためなら顕れるの? 己の偉大さの無駄遣いだね、もったいない」

「カミッロとあたしは仲がいいのよ、キョウダイだもの」

 

 ベルは神降ろしを弟と認識していた。

 弟の器に降りたカミは、虚ろな目でダヴィデを貫く。


「カミッロが言ってるわ。あんたがあたしを殺そうとしたって」

「うん」


 カミがいうのだから誤魔化したとて無意味だ。


「再会したばっかりなのに、あんまりだよ。なんで?」

「君は人に暴力をふるうのは悪いことだとはいわないじゃないか。自分もやっているからかな。周りの人に害を与えるのが好きなのでしょう。善良に生きている人達に対して、いるだけで非道いから、取り除かなきゃ」

「あたしはやってないよ。周りのひとがやりだしただけ。あたしは子どもだもん。見てるだけ。あーあ、こわかったぁ。傷ついちゃった」


 真っ赤な嘘だ。

 ダヴィデにはわかる。

 可哀想な恐怖心のかわりにあるのは、愚かな人々がつぶし合う様を見て愉悦に浸るヤジ馬根性だった。

 会話しながら、もう一度這い寄らせてみたゾンビが、また潰される。


「性根が腐ってる」

「カミッロが、体が腐ってるやつに言われたくないってさ。え、そうなの?」

「ちゃんと血は循環してる。腐ってないよ」


 お互い顔は笑っている。だが相手を消し去る手段を探っていた。

夕食の献立を考える感覚に似ていた。邪魔者の抹消は気軽で、それでいて必要な行為だ。


「お兄さんはあたしがキライなんだね。じゃああたしも言わせてもらう」


 悪童を受け入れないダヴィデに、ベルも口角をあげる。


「そーいうさ。ろくでもないくせに、自分はイイコトしてますよって、キラキラした顔してるほうがめっちゃキモくない? 自覚があるぶん、あたしは正直だよ」

「自覚があるなら直せばいいのに」


 視線がぶつかる。バチバチと火花が散った。

 敵意が衝突する音。そして、ダヴィデの魔術回路に攻撃が仕掛けられる音だ。

 しかし犠牲は表層のみだった。

 多少の被害を認めて、受け流した。


「どうやら、かのカミの異能は生きている人間によくきくものみたいだね」


 ダヴィデは死者だ。

 生者の俗物的感情に振り回されることはない。

 手先に過ぎないゾンビと違って、意識的に己の魔術回路をコントロールできる。

 ベルが舌打つ。


 死者のみを操るネクロマンサー。

 生者のみを操る巫女とカミ。

 殺し合いがはじまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう、表面で普通に会話しながら、水面下でバチバチィしてるの大好き!! 両方応援したくなっちゃうよね!どっちももっともなこと言ってるぅ!
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