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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第六章 獣の愛
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第三十一話「ヴェルゴーニャか否かは」


 吐息の触れる至近距離でなければ、顔も見えない闇。

 シグマは耳をとがらせて、手足を動かし続けていた。

 銃の引き金に指をかけていないほうの手は、イデやドラードの手を巧みにとる。交互に、時に連続して。


「うわあああ!」

「うるさい、先に舌に銃口つっこむよ」


 抱きかかえるように引き寄せられたドラードの喉から放たれる悲鳴に、シグマは隠しもせずに強く舌打つ。

 シグマの引っ張り方は乱暴だった。

 髪を乱すドラードのすぐそばを、間髪いれずに屍体の爪が貫いていく。


「くたばれ、死ね、ゴミ、クズ!」


 シグマは躊躇なく暴言と引き金を叩きつけた。

 闇の中で動きづらいイデとドラードを誘導する姿は、ワルツを踊るかのようだった。自分より大きな男の身体を全身を使って操り、的確な射撃を放つ。


 ドラードは叫ぶばかりだ。最初は数が増えただけよいと思ったのに、本当に役に立たない。

 イデはまだ根性があった。

 シグマに導かれても顔は外側へ向け、闇にちらつく風の音をたよりに警棒で受ける。

 むしろ根性と、これまで積み上げた訓練がなければとっくに死んでいる。


「イデさん」


 問いかけの終わったネヴは、時たま驚くほど優しく話しかけてくる。


「頑張ってますねえ。仕事が終わるたび、練習していた成果が出ている」


 攻めには猛攻で返し、猛攻には耐え忍ぶ。

 特につらいのが、ビィだった。頭上から降り注ぐ黒い鉄の脚。

 時たま狙いをずれ、屍体を穿っていく。すると鶏肉に打たれる鉄串めいた光景が拝めた。


 いい加減に作戦を考えねば――

 イデ達は冷や汗を垂らす。そしてすっかり忘れていた。

 事件を解決するために動いているのは、自分達三人だけではないことを。


「なに?」


 ネヴが呼び寄せたアバター・ピアニストが、急に指揮を止めた。

 不意打ちに水を浴びせかけられたように目を見開き、主人であるネヴを振り向く。


「いけない。外です――」


 ピアニストは手を伸ばす。伸びた指先が、さらりと崩れる。

 イデ達が驚くより早く。蜃気楼がパッとかききえるように。最初から洞窟に優美なるネクロマンサーはいなかったといわんばかりに、消えた。


「眠っていく?」


 糸を失った死者達も、バタバタ倒れていった。

 あっというまにつみあがる屍体の山。腐臭漂う肉塊に嫌悪を示す暇もない。


「私のアバターが眠っていく? 外の世界で誰かが倒している? 誰が」

「当然。私だわ」


 一同のなかでも一際高い声。幼い少女を想起させる声とともに、黄金の槍が降る。

 ネヴの反射は早く、軽々と一撃をかわした。

 トンネルに突き刺さった槍は土煙をあげる。


「本当に呆れる。とっとと喰らっておけばいいのに」


 砂煙が晴れ、槍の主の姿があらわになる。

 小さな背丈。クラシックなメイド服。輝く髪。

 ビクトリアである。


「ビクトリア。あんたがここにいるってことは、まさか」


 あらたなる乱入者の背を見て、イデが感じたのは頼もしさ以前に、動揺だった。

 ここに招かれたのは、屋敷に入り、「来い」と選ばれたものだ。


 シグマやドラードといった乱入者は、意識が無意識の海に近いメンバーである。自我が強かに生き残っている状態では潜り込めない、無や死に近しい状態。

 ということは、現実におけるビクトリアの状態も察しがつく。ついてしまう。


「ああ、馬鹿みたい。こんなことのために必死になるつもりなんてなかったのに」


 ビクトリアは日常時の子ども姿だ。その両手で、ともに携えてきた黄金の槍を抱えている。

 以前この鉱山で暴れた巨大な機械人形、その一部である。


 装甲には汚れが見え、破壊の痕が残っていた。現実世界での激しい戦闘が反映されている。

 外の世界でアバターを倒し、結果的にこちらの世界のアバターを消滅させるに至ったのは、彼女の仕業なのだろう。


「これはあの人のための仕事じゃあない。今更、あの女に一泡ふかせても無駄」


 自嘲の笑みを浮かべ、ビクトリアは再び切っ先をネヴがいると思わしき場所へ向けた。

 一見すれば趣味の悪い金の丸太だ。しかし、威力はおしてしるべし。

 イデ達もろとも巻き込んででも、ビクトリアはネヴを狙うだろう。


「はあ。これだからあなたは苦手なんですよ」

「あたしもだわ!」

「なんにせよ、そろそろ時間の無駄でした。次に切り替えましょう」

「は?」


 ビクトリアは勢いで乗り込んできて、まだ状況を理解できていなかった。

 ぱちん。

 ネヴの指が鳴る。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あああああ!今度こそイケるかっ!? って思ったけどぉ…… なんかあれですね、強敵と書いてともと読むというか、これまでに会った人がどんどん乱入してくるのやっぱ熱い。 いやでもやっぱり、最後は…
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