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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第六章 獣の愛
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第二十八話「パツィエンツァの導き」


 どのようなIFを辿った未来なのか。

 遠距離から放たれた銃弾が、イデのこめかみが貫く。

 脳を破壊され、風穴からピュウと血が吹きだす。完全でいて一瞬の死が、イデを包む。


 そして巻き戻る。

 白無垢の海で、ネヴがイデを出迎えた。

 頭を手でぬぐう。手には何もついていない。まっさらなてのひらだ。

 強気に笑ってみせようとするが、顔中の筋肉がひきつった。

 

「幻覚にしても目覚めが悪ぃな」


 無尽蔵にあふれかえる『あったかもしれない死の可能性』は、心臓を突き破るような衝撃をともなってイデを追詰める。

 目をつぶり、ひらけば、管理センターで負った怪我以外無事な身体に戻っているとわかっていても、記憶が、確実に精神と肉体を蝕む。


 血を一滴も流さないうちに、死ぬたび顔が青く染まる。

 弱音を吐いたイデに、ネヴが「あら」と可愛らしい声をあげた。


「《無意識の海》は全ての人類の無意識がつどう場所。ちょっとした煉獄です。生前を含め、死後の意識ですらつどい、保存される」


 改めてイデは悟る。

 いまや彼女は理外の怪物なのだと。

 ネヴが見せてくるのは異常に生々しい幻術――。

 IFはIFで現実ではない。人は死すれば蘇らない。そんな絶対の真理すら魔性は蹂躙する。


「この島は、既に私の海。私の宇宙(そら)。島で死した人々の意識もまた、私のなかに帰る。私の海に属する命であれば、データを拾い上げて蘇らせるぐらいはなんとかなります。魂に多少傷がつくので、限界の見極めは重要ですけど」


 この世界に限れば、彼女は人命も過去未来すらも再現し、操るというのだろうか。

 ゆえにイデは一方的に、無力なあがきを続け、終わりを迎え続ける。

 気が遠くなるような繰り返しだ。

 そして《ネヴの海》はいずれ、世界中に満ちてしまう。


「この島は既にあんたの海……ああ、成程な」


 しかし、イデは笑ってみせた。

 

「そういうことか。俺殺しを繰り返しすぎたな」


 我ながら酷い台詞だ。しかし文字通りなのだから仕方が無い。


「何をおっしゃってるんです? まだ、心も壊れきるほどの痛みじゃないはずなのに」


 ネヴは首を傾げ、真っ黒な瞳でイデのどこかを見た。

 魂の傷とやらを診察しているのかもしれない。


「《無意識の海》は全ての人類の無意識が集う。それだって、近しい人間は特別惹かれ合うんだろうな。俺の死をかぎつけたハイエナどもに気づかなかったか?」

「ハイエナとは。激弱のくせに調子に乗ってるんじゃない? いっそ死ねばいい」


 天使のように微笑んでいたネヴの目が、驚きに丸くなる。

 ふたりきりだった世界に、唐突に、第三の声が切り込んできたからだ。

 八つ当たりな罵倒を繰り出すのは、ネヴではない。


 白い海に長い金の髪が揺れた。

 更に後ろから、中年の白衣の男性も現れる。

 白衣の男は、島にいるものより年を食い、目元に疲れが滲んでいる。

 彼はおどおどとイデに寄り添い、疲弊で猫背気味になっていた身体を支えた。


「えっと。カリストラトフくんだったか。イデくんといったほうがいいのかな。だいじょうぶかい?」

「だいたいあんたのせいだろうが」

「うっ」


 シグマと、本物のライオネル・ドラード。

 重傷で伏せっているはずの彼女と死んだはずのドラードが、イデを庇うように前に立つ。


「まあ。まあまあ。お二人とも、意識が混濁しているか、もう旅だってしまったはずでしょう? それが、ちょっとした縁を辿って、ここまで入り込んだのですか?」

「ネヴちゃん。あなたがご大層な異能を持っていたおかげよ。イデよりむしろ、あんたのほうがわたしやドラードに対して長い縁がある。だから、引きずり込まれることができたのよ」


 現実の意識がもうろうとした状態になっているからこその荒技だった。

島にいること、ネヴのがわを利用して、《海》に辿り着いたのだ。


「皆、イデさんのためにかけつけて……」


 意外な闖入者に、ネヴは震える手を口元に寄せる。

 眉が憂いで八の字を描く。


「そんなに皆さん、臨死体験がしたいんですか? イデさん以外にとっては、ろくなものじゃあないのに」


 シグマとドラードの表情がこわばった。

 ネヴの手が、自分の視界から三人を隠すようにかざされる。


「私知ってますが。イデさん以外、そんな死に耐えられる精神構造してないから、頑張ってください。まあせっかくおいでくださったのだから、趣向は変えてみましょうか」


 ネヴが両手を顔の前に突き出す。

 人差し指と親指を合わせて、四角を作る。イデ、ドラード、シグマを切り取るように指の四角形のなかにおさめた。

 小さな窓で、像を囲む行為。世界を他から切り取る(、、、、)動作。


「はい、シャッター(チーズ)


 合図とともに、みたび世界が変わった。

 今度は精神の海から可能性を取り出しておこなわれる、IFの体験ではない。

 イデ達は白い海から切り取られていた。彼女が囲んだ通りの形の『箱』に納められている。

 ネヴはイデ達をてのひらの上にのせて、微笑む。


「さてはて。三人まとめて、実戦的にまいりましょう。どんな戦場をお望みですか?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] おおお……! イデさんマジで愛されてる!けど、これはほんと相手がヤバい……。 ひっくり返したと思ったら更にひっくり返されるのハラハラするぅ! だけど、来てくれた二人は絶対なにか……今までと…
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