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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第六章 獣の愛
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第二十話「懐かしのディゾルディネ」


 それから一時間後。食事を終えたイデ達はドラードに案内され、道ならぬ道を歩いていた。

 メンバーはイデ、アルフ、ダヴィデだ。アンヘル姉弟とビクトリアもいる。後者の姉弟とビクトリアは、目的地についた後は中に入らずに待機することに決めた。


 歩くほど見えてくるのは荒々しい岸壁だ。

 時空がねじ曲がり、晴天の夏を迎えたレトリ島には乾いた熱風が吹き付けてくる。

 幼い姉弟には体力的に厳しい。ビクトリアはそれを二人まとめて背負って、坂を登る。

 体躯こそ小さく、足ははみ出してしまっているが。体を機械に入れ替えているビクトリアは涼しい顔である。


 ネヴはその崖近くに建てられた屋敷にいるという。

 ドラードの紹介をきき、アルフが「まさか」と顔をあげた。


「それってあのときの家?」

「うん。彼女が神隠しにあった頃に住んでいたお屋敷だよ」


 ドラードは冗談を言った風ではなかったが、アルフはいぶかしむ。


「あの家、神隠しの後ほとんど人が立ち入らなくなって、すぐに傷んだから取り壊しになったんじゃなったかな」

「本物のお屋敷は壊れているよ。時間が戻ったわけじゃない」


「霊媒師というのは心のなかに神殿をもつらしいね。いや、僕は魔術師ではないので、聞きかじっただけだが。獣憑きは【王国】というね。前者が集中するための聖域。後者は護るべき者が詰め込まれた宝箱だ」

「よくわからないな」

心のなかが(、、、、、)現実に現れ(、、、、、)ている(、、、)のさ。僕らアバターがそうであるように。島民が細胞で僕らが手足の指と目玉なら、屋敷は脳。それも今だけのこと」


 ドラードは歩くのに邪魔な小石をつま先ではじく。

 潮風がやたらべたついた。崖にある屋敷は新品同様だ。太陽が白い壁を真珠のように輝かせる。

 立っている面には傾斜がなかったが、崖っぷちの家とは、なんとも不安を誘う。


 水色の海を背にそびえる家は絵画のように整っている。

 イデ達の肉眼は美しい屋敷をまぎれもなく立体の建物として捉えていた。非現実から編み出されたものだと聞いてもなお、脳は屋敷が非物質であると認識できない。


「なかへ」


 屋敷に踏み込む。

 扉は冷え切っていた。エントランスの天井に派手な照明がぶらさがっているものの、明かりはともっていない。

 広い家だ。人ほどの大きさもある窓が幾つもある。金に糸目をつけずに作られた豪邸だ。


 昼間であれば灯をつけなくても家のなかを歩き回れるはずだ。今のレトリ島――曇天から解放された、快晴の存在する空であれば、日の光が代わりになる。

 だというのにもったいない。

 窓にはたっぷりとした布のカーテンがかけられている。ドアも締め切られていた。


 壁紙だけが明るい。薄いクリーム色に、小ぶりな花が咲き誇っている。

 苺だろうか。色は多様で、梅にも見えた。薔薇科の花であるのは間違いなかろう。

 その壁に背を預けている少女がいた。


 幼女である。室内の暗さのせいで目鼻立ちは不明瞭だ。濡れたように黒い髪を肩の辺りで切りそろえている。

 レースのついた白い靴下のうえに、ストラップつきのつま先の丸い靴を履いていた。彼女は上品に手をあわせ、ちょこんと静かにたたずむ。

 アルフの視線が幼女をとたえ、ピタと止まった。


「お嬢?」


 答え代わりに、鈴のような笑い声が響く。同時に逃げ出した。

 イデの胸元までしかない頭が目の前を過ぎ去る。


「待って!」


 アルフが手を伸ばしても、するりとぬけてしまう。

 黒髪の幼女が開け放たれた両開きのドアから廊下へ向かう。


(――おかしい)


 屋敷に入ったときはドアは全て閉まっていたはずだ。

 まだ扉に手をつけたものはいない。

 ひとりでに口を開ける長い廊下の奥に、幼女はどんどん進む。


「こっち、こっち」


 イデの記憶より高く甘い声で、彼女はイデ達を呼び寄せる。


「どうしてきちゃったの? 待っていればよかったのに」


 幼女の声は家全体をクルクルとまわった。

 万華鏡にいれられたかのように、意識があちらこちらに囚われる。

 否。まわっているのは他もだ。

 高級な絨毯も、花柄の壁も、きらびやかなシャンデリアも。全てがまわっている。

 もはや幼女の姿は見失った。


「あそぼ!」


 正気の怪しい言葉で、無邪気にかけられる声。

 主人の望みを忠実になぞり、家は動いた。

 床がドロリと溶け出す。 

 絨毯は巨大な生物に吸い込まれるようにすぼんで消えていった。あとには、黒々とした底の見えぬ穴が残る。穴は砂漠の蟻地獄のように、全てを中心へ引き寄せていく。

 全力で踏ん張ってみても、その足場ごと沈むのだ。

 視界がゆっくり下がる。足首からじわじわと床に取り込まれるのだ。

 それからふくらはぎ、腰、胸、やがて首。

 不思議と息苦しくはなかった。むしろ湯船に似た温かささえある。


 無理矢理安堵させられるような感触に強烈な違和を覚える。だが感情は行動に反映されない。イデ達は何も出来なかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 相手がネヴちゃんという知己の、それも親しいひとだけにこれは怖い! こちらも理解しているはずなのに、それ以上に圧倒的に理解され相手の手の中にいる気がしてきちゃう……! くらくらするよな混乱。…
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