第十四話「ルヴァのみなしご」
愛護派チェレステを失い、魚人との会話を終えたイデ達は、早速墓巡りを始めた。
話をきけそうな島民を捕まえ、墓という墓を歩いて回る。激しい運動後には少々疲れる巡礼だ。
島は闘争のさなかにある。専門の職は活かされず、しかし、過ぎ去った命を惜しんで墓穴は掘られた。
可愛らしい簡素な墓は、島のあちこちに点在している。
いつか全てが終わったとき、改めて正式な埋葬ができるように。
墓もまた、立場は違えど侵してはならない中立領域である。
死を追う旅。辛気くさい空気が漂うのは避けられなかった。
さりとて、そこに謎はあった。
落ちかけるまぶたが一瞬で開かれるほどの衝撃が。
◇◆ ◇
イデ達は始末派の集会所に戻ってきた。
夜明けといえる時間帯だ。
曇天の取り払われた清浄な空は、胸のすくような冷たさを含んでいる。
集会所の一室。イデ達の相談場所としても提供されたあの部屋だ。
そこでは、最初に出会った島民トレモンティが机の上をふきんでふきとっていた。
トレモンティはイデ達が入ったのに気づく。
驚いた顔で振り返る。丸めた瞳はすぐに好意的な笑顔に変わった。
「お帰りなさい。ご無事だったようで何よりです!」
「トレモンティ……」
トレモンティの温厚な笑顔がかげる。
イデ達の表情はかたい。トレモンティと一定の距離をたもち、入口でトレモンティと向き合っている。
「どうしたのかな」
「墓があった」
「はか」
イデがくちにだした単語を、トレモンティが繰り返す。
機械に読み上げさせたような読み方だった。
トレモンティは窓際にたち、朝焼けの陽を浴びている。にこやかだ。にこやかにその場の面々に顔を向けている。
イデは重苦しい感想を抱きながら、日に焼けた肌を持つ男を指さした。
「あんたの墓だ。墓には、あんたの名が刻まれていた」
トレモンティが小首を傾げ、笑みを深くする。
「トレモンティを名乗る、あんたは誰だ?」
「――騙すつもりがあったわけではないんだよ」
トレモンティの口調が変わる。海際で、何も知らない来訪者に警告しようとした気のいい青年の話し方だ。
イデ達は拍子抜けしてしまう。
事実ひとつを指摘したところで、これほど素直に白状するとは思わなかった。
「思えば最初から変だった。俺達がレトリ島に着いた時、どうしてあんなすぐ駆けつけてこれたんだ? あんな、誰もいない海で」
「騙すつもりはなかった。これは本当だよ。ただね……最初から全てを理解するのでは、面白くないだろう?」
「面白くない?」
「君達の動向を見て愉快がる気持ちはないよ。おれ達の主観を押しつけるのが嫌なんだ。自分の目でこの島を見て、自分の足で歩いて、知ってもらおうと思った」
今更ながらに、眼前の青年が異物であると知る。
日に焼けた肌。温厚で面倒見のいい性格。状況に比して、年齢に見合わぬ落ち着き。年齢相応の青臭い正義感。
それが全てが、作り物めいている。
身体と精神はおろか見目さえも健全的過ぎるのだ。
イデ達との遭遇からなにまで、都合よく用意された物語の登場人物のようだ。
ダヴィデに近いようで、また違う。
存在はともかくして、思考には自我が見える。
「なんでも答えるよ。おれ達はきみ達の敵ではないし――」
トレモンティは一度言葉を区切る。
燃えるような朝が過ぎていた。穏やかな目覚めが訪れる。特別早起きでない島民達も動き出す時間帯だ。
「島民が来るね。移動しませんか?」
イデ達はトレモンティの提案に従った。
トレモンティは慣れた足つきで、人の少ない道を選ぶ。
古びた家々は、人の呼吸の少ない通路に向き合って、寂しげにたたずんでいる。
「トレモンティという男は、保身的な傾向のある人でした」
道すがら、トレモンティは世間話のように話した。
彼は先頭に立ち、イデ達に無防備な背中を晒している。背中では縦長のバックが鈍重に揺れている。
集会所を出る時に背負ってきたものだ。釣り道具を持ち運ぶ類いのバッグに見える。
「彼が死んだのは二週間ほど前だったかな。一念発起したのはいいものの、段々精神が追いつかなくなってね。その結果がおれです」
イデ達は疑問を深めた。
目の前で歩く、住み慣れた島民風の男がいったいなにものなのか。なになのか。わからない。
どこか懐かしくさえ感じてしまう気安さに、嫌な感覚が募っていく。
「どういう意味か、わからないでしょう。ではまず、結論からお話しようか。おれが誰かという一点。それは……」
トレモンティが足を止める。潮の匂いが強い。
彼は照れくさそうに頬をかいた。おとぎ話を語る子どものように、気まずそうな動作だ。
「おれは、ネヴィー・ゾルズィーです。いや、そうではないともいえるけれど。結論的にはそうとも言える」