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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第六章 獣の愛
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第十二話「プローヴァ」


 エルコレが金切り声をあげる。

 チェレステは溺れたように顔をかきむしって怪物をひきはがそうとした。飛びかからんばかりに駆けつけたエルコレも一緒だ。


 ぱららら、かららら。通路で、硬質なものがぶつかり合う。

 軽い乾いた音色が、雨の如く鳴り響く。

 怪物の体内にあった竜灰石が降っていた。


 人の目玉ほどの大きさをした甘く濃密な琥珀色の宝石が輝かしく散るさまを、イデ達は見れなかった。

 チェレステのぴっちり閉じた唇に、怪物は粘声の体をねじこませる。

 彼女はあっという間に窒息した。


 ぐたりと両腕が垂れる。

 イデの背後で、シグマの短い悲鳴が聞こえた。触手から落ちた。アルフが滑り込んで受け止め、事なきを得たようだが。


「ちぇれすて、」


 エルコレが心臓をおさえて、従妹を見つめる。

 チェレステの喉から、蛙が雑巾絞りをされたような不快な音がした。先ほどの怪物の断末魔によく似ている。


 イデは迷いつつ、武器をもつ。

 チェレステは嫌いではない。だがエルコレほどの思い入れをもつには、付き合いが短すぎた。目的があるいまなら尚更だ。

 

 チェレステの体は棒立ちになった。虚ろに瞳をゆらす彼女の人差し指が曲がる。

 彼女の足下から触手がたちのぼった。

 イデはチェレステから離れようとしないエルコレの肩を掴んで引き寄せる。


 触手がしたたかにしなり、そして。チェレステ自身の胸部を貫いた。

 「仇に浸食される屈辱に染まるぐらいならば」と選んだ自決であった。


 エルコレはその場に崩れ落ちる。

 触手が霞のように宙に消えていく。あとには、黒々とした穴が残った。ちからなく女性のたおやかな体が倒れると、血が水たまりのように広がっていった。


 魚人はしばし呆然としていた。話を聞く限り、エルコレはこれで最後の家族も失った。

 やがてかぶりをふる。もう動かないチェレステの腕をとり、己の首にまわさせた。

 そして大急ぎで、回収できるだけの竜灰石をかきあつめる。


 イデ達はそれを止めない。一緒に石を回収した。

 ひとりの腕いっぱいにたまる程度には、集まっただろうか。

 チェレステはまだ呼吸があった。虫の息だ。もうろくにもたない。

 エルコレがチェレステと竜灰石を運んだのは、海だった。


 エルコレが波打ち際に立つと、海面がぼこぼこと泡だった。

 青い水の下で、幾体もの生物が囁き会っているかのようだ。

 そのうち泡が静まる。代わりに、エルコレに似た鱗ある生物が顔を出した。


「石ハ?」


 水混じりの声を発しながら、海の魚人はエルコレに問う。


「ココニアル」

「確カ、お前たチとの約束でハ、海の都にいきタイんだったな。お前だケでいいのカ?」

「コノ子モツレテハイケナイ? ソコナラ、治ス方法法アル?」


 魚人は服を血でぐっしょり濡らしたチェレステを一瞥する。


「マ、人でなくテモいいのなら、いいだろウ」


 いうと、水のなかから何本も手が伸ばされた。水かきのついた腕を何度かみて、エルコレは決心したように口をひきむすぶ。

 最後にイデ達のほうを振り向いて、軽く感謝の会釈をした。

 エルコレはチェレステの体を抱いたまま、魚人達の手をとって、海のなかへ消えていった。


 エルコレに声をかけたひとりを除き、魚人達は蜘蛛の子を散らすように海中へ潜る。

 これから彼らを海の都とやらへ送り届けるのだろう。

 そこがどんなところで、なにがあるのかは知らないが。


 最後に残ったひとりは、水にたゆたいながら、イデ達をじっと観察していた。

 感情のうかがえない青紫の瞳に、唾を飲む。

 それでも反らさずにいれば、魚人は上半身まで水上に出して、ぽつりと聞いた。


「……お前タチも行きたイか?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 結果として、ではありますが、「この姿のままでは行けない」場所、隔絶された特別な場所、完全なる異界であるように感じます。 どんな姿でも、エルコレ氏にとってはチェレステさんとともにいれれる最後…
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