第十一話「ルヴィド・メトド」
頭のなかに幼い声がじかに伝わってくる。アンヘル姉弟だ。
彼らは多くを引き連れてやってきた。
頭上、まだ無事な建物の最上階に、二十に迫る人数が並ぶ。地上にも十数人の人が加わった。
持っている武器の強力さに反してうまくいかないことに焦っていた島民が、安堵の息をもらす。新参者は他の島民達だった。
しかし様子がおかしい。
彼らは既に戦っていた島民を援護せず、大きな荷物を引きずってくる。
荷物は機械だった。捨てられた地域で放置されていた蒸気機関達だ。
『アイツのおなかに入ってる分に比べれば、文字通りの寄せ集めだけどね。ってカミッロが言ってるよ』
ベルの念話を合図に、大小の機械達が怪物に投げつけられた。
人の手で投げられるものは、屋上から。何人もがちからをあわせて降り注ぐ。
持ち上げるのが困難な鈍重なものは、押し出してバリケードのように怪物の近辺に運ぶ。
その過程で怪物に何人かが喰われた。
新しい島民は、眉ひとつ動かさずに機械の設置を進める。
そして火炎瓶を手に取り、機械に投げつけ始めた!
新しい島民達は、アンヘル姉弟によって心を操られたものたちだったのだ。
なかにはまだ、使いかけの竜灰石が残っていたのだろう。
小さな火は着弾し次第、豪と燃え上がった。
怪物の断末魔が大地を震わせる。
炎はあっと言う間に燃え盛り、怪物を包み込む。
竜灰石は非常にエネルギー効率のよい燃料だ。
蒸気機関も、いちいち大炎上してはかなわないので、頑丈なつくりにされるはずである。
レトリ島は竜灰石のおかげで貧しくはないが、豊かというには物足りない土地だ。安物を購入していたのかもしれない。
それに加えて、一ヶ月近く手入れをされていなかった。
時間がかかったのは、機械に火がつきやすいよう破壊していたのもあるはずだ。
「! 体内の石が!」
チェレステは青ざめて、触手をふるう。
太い金属が折れ曲がる音がした。彼女は水道管を壊した。
水によって火を消そうとしたのだ。だが、火は消えるどころか、油のようにパチパチとはねまわり、一層大きな火柱となった。
運の悪いことに、怪物の粘着質な体は、油に近い質をもっていた。
チェレステとイデ達はそれを知らなかった。
油は水よりも沸点が高い。それが火に水が加わったことで、瞬く間に百度を超える。
もはや爆発である。
炎の体積がふくれあがり、あたりの気温があがる。
「エルコレ、離れて!」
チェレステが、まき散らされる火の粉から乾燥に弱いエルコレを守ろうと庇う。
怪物の八つの目がぐるぐると回っていた。
制御に欠けた、発狂した動き。炎はまだ芯まで届いていない。
しかし己すら燃料に変えてふきあがる熱は、幼くやわい生物の精神を焼き焦がすにはとっくに間に合っていた。
それが一箇所でぴたりととまった。
エルコレを家族として守ろうとする、チェレステの赤い髪で。
◇◆ ◇
それは、あくじきのかいぶつができるまえの、すこしまえのきおくだ。
おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。
かいぶつのなかのひとつは、おなかがすいてないていた。
おかあさんが、こまりきって、かおをくしゃくしゃにしている。
そのてはわがみをまもるように、じぶんをだいていた。
「わたしの子じゃない」
わがこに、てがのびることはない。きょりをとり、けっかいがはられているように、ゆりかごにこどもをおいて、ちかづこうとしなかった。
おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。
「だって、こんなのどうやって育てたらいいの? 近所にもなんて言われるか」
「おまえ、腹を痛めて産んだ子にむかって」
おかあさんをとがめるおとうさんに、おかあさんのめが、きっとするどくなる。
「綺麗事いわないで! わたしが体が裂ける痛みに耐えてまで頑張ったのは、幸せになりたかったからよ。可愛い子どもと優しい夫、あたたかいお母さん! これをどう愛すればいいの。何十年もこの子のために費やすの? イヤよ! あなただってそうでしょ!」
おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。
「……わかったよ。そこまでいうなら捨てに行こう」
「どこに?」
「小さいから、野良猫か何かが食べるさ。見た目ももう人には見えないしな。ただの食い残した肉の塊だ。そう、夕飯の残りのハンバーグとかの」
おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。おぎゃあ。
かいぶつのひとつは、おかあさんたちのいないところにおかれた。
なんどよるがきても、あのかおはあらわれない。
ちかよってくるしょうどうぶつをたべて、ひたすらあたたかなはだをまちのぞんだ。ほんとうにたべたいのは、これではなかったから。
でも、なんどたいようがのぼっても、やわらかなにおいと、はるのようなえがおはない。
さむい。さびしい。あつまろう、あつまろう。おなかがすいたよ。
そのうち、おなじようなひとつがやっつあつまった。
かわきをみたすようにあつまって、そのうち、やっつはひとつになった。
それからしばらくは、かなしいきもちもわすれていた。
それが、あかいかみをみて、いっきにふきだしてくる。
あれはなに。
――うらやましい。あれがほしい。あれがたべたい。
――まま!
◇◆ ◇
液状化した四体の赤ん坊が集って出来た悪食の怪物の体が、ちりぢりに霧散した。
その場にいたほとんどが、それが絶命の瞬間だと勘違いしかけた。
勘違いは半分は正解で、半分は間違っていた。
散らばった半透明の肉片達は、地面に吸い込まれて消失する寸前で、ぷるぷると振動する。
九割と五分は、壊れた通路の下にあった土に沈んでいく。
わずかに残った肉片は、電子レンジのなかの卵のように不穏な鳴き声をあげた。
異変に気づき、イデとエルコレがチェレステの前でたつ。
肉片は最後のちからを振り絞って、小さな一つの塊になった。
握り拳ひとつの大きさをした、怪物に比べれば豆粒のようなひとかたまり。
八つの目を浮かべたそれは、大きく身震いをする。
そして大きな二つの人の盾を、軽々と飛び越えた。
「えっ」
ばく。
怪物の肉片が、チェレステの頭部に飛びかかる。
イデが腕をのばしてつく。彼女はその場に尻餅をついた。だが遅かった。
肉片がチェレステの顔の右半分に食らいついた。