第六話「シンゴラレな団体」
ベルの制止に、アルフも鷹揚に目を細めた。
「様子見してるな」
「あたし思ったんだよ。愛護団体って集団でしょ?」
ベルはカミッロの耳元に顔をよせる。
愛らしい顔立ちに浮かぶのは、悪戯っ子の無邪気なたくらみだ。
弟のカミッロも車椅子に乗って連れられてきていた。瞳は虚ろで、一見すると廃人だ。
建物の影から襲撃のすきをうかがう島民にはわかるまい。痩せ細った生白い体躯のなかに、おぞましい悪意が潜んでいるとは。
「あいつらが襲ってきたらさ。近くに来たときに《声》を聞かせてあげる。そのまま追い返しちゃえば、うまくいくんじゃない?」
シグマが露骨に顔を歪める。
ベルの提案は、愛護団体をヴェルデラッテ村と同じ結末に導いてやろうということだ。
アルフの指が少女の額を小突く前に、イデの手が少女の頭をやんわりわしづかむ。
「ぐぇ、痛い痛い痛い!」
「そんな強く掴んでねえだろ。クソガキは大人しくしてろ」
「じゃあなんであたしたちのこと連れてきたのよ~」
「うん。君達の異能を使ってもらうのはその通りなんだけれど、そういう使い方はノーサンキューかな。彼らのなかに、何者かの影響を受けている人たちっているかい?」
ベルの鼻がスンと鳴る。不機嫌にうつむいてしまう。そうすると顔は陰って、見えづらい。
島の街灯の数は少ない。いま歩いているのは一応まだ街中の範疇であるはずだが、中心から離れるほど明かりは減る。
民家の黄色く光る明かりが頼りだが、騒乱のなかにあってそれも控えめだ。
夜闇は暗い計画をいだく蛮勇を勇気づける。
身を潜めているつもりの襲撃者達が、未だにこそこそ相談しあって飛びかかってこないのは、雲一つ無い空で、落っこちそうなほど大きいまん丸の月が、惜しみなく月光を降り注いでいるからだ。
異常事態の象徴が結果として悪事を押さえこむ場合もあるとは、皮肉だ。
「あの人達も、なにかの影響を受けてる?」
アルフが再び問う。
凶事は人を悪意にはしらせる。かといって、自ら手を下そうという度胸をもてないものもいる。
『あと一歩の後押し』が信じられないほど人を極端な行動に動かすのは、ヴェルデラッテで証明済みだ。ベルの得意分野であろう。
当の彼女は、悔しそうに首をふった。
「よくわかんない」
「わからない?」
「なんていうか、影響があるっていうのなら、みんなある。でもそれがなんなのか、わからない。空気みたいなものっていうのかなぁ。あたしたちの方へ向けられている何かはカミッロが避けてくれてるらしいけど」
ベルの説明は要領を得ない。子どもにしてはじゅうぶん頑張った説明ではあるが。
ありのまま受ければ、島民――いや、島全体に、異能の影響は及んでいる。
さながら酸素を吸うように、当たり前にしみこみ、無自覚な変化を与えている。
しかし正体を見極められないという。
アンヘル姉弟は既に当初の狙い通り、防護壁の役目を果たしてくれていたらしい。
島に足を踏み入れた際、優れない調子だったのもそのせいか。
「指向性がないってことかな?」
「しこーせー?」
「うーんと。『こうしよう!』っていう、行動のさきにいきつくはずの目標っていうのかな。君達でいえば、気にくわないって気持ちを大きくさせて、最終的に殺させよう的な――おっと」
島民たちがしびれを切らして飛び出してきた。
前と左右から二人ずつ。角材や包丁、フライパンとそこらにあるものを凶器にたずさえている。
緊張から目は見開かれて血走り、歯を食いしばっていた。
アルフは流れるような優美な動きで、腰から警棒を抜く。
「こちらも好んで手荒なまねをしたいわけではないんだが」
アルフの紳士ぶった物言いには、獣じみたうなり声が返される。
家族を取り戻そうと必死で選んだ選択だ。今更相手と話し合う余裕はない。
「成程ね」
軽く肩をすくめ、警棒をあげた。
最前線にいた体格のいい男は、角材で受け止めようとする。そのまま押し切ってしまえばいいという腹づもりだ。
しかし、男の視線が警棒に集中したと見切るや否や。アルフの長い足が男の股間を蹴り上げる。
絶叫もあげず悶絶する男。アルフはその足をひっかけ、他の襲撃者に向かって転がす。
「お行儀悪くてごめんね、急いでるから」
襲撃者のうち、ちからをあわせてようと群れた二人が、丸太のように転がってくる男を避けようと慌てた。
磨かれた革靴が転がった男の背をふみ、群れた二人の顎と頭部をうちぬく。
数分と経たずに三人をたたき伏せたアルフに、イデは思わず「うわあ」と言う。
「もうあのおっさんひとりでいいんじゃあねえか?」
「なにいってんの。あと三人いんのよ。次も来るかもしれないんだから」
冗談を大真面目に受け取って、シグマも拳銃を抜く。
銃器を取り出したシグマをみて、残った三人も警戒を強めた。
後生大事そうに武器を両手で握りしめ、距離をとる。
三人の手首を縛り上げるアルフを囲んだ形になったイデ達とにらみ合い、じりじりと近づいたり、離れたりを繰り返す。
膠着状態だ。その気になればイデ達が勝つことは容易い。
ただ、加減を知らず、全力でやってくる相手は善くも悪くも予想外の結果を生むものだ。
島民が殺しにかかっている以上、こちらも命を守る権利がある。
だが、できれば生け捕りにして、話を聞きたかった。
始末派の意見を一方的に鵜呑みにしては、見逃してしまう真実があるかもしれない。
あちらが諦めれば、イデ達も暴力を振るうつもりはなかった。
愛護団体達は興奮状態であらい息をして肩を上下させている。話し合いは難しそうだ。
状況を変えたのは、一発の銃声だった。
「下がれ」
高らかな女性の声が鳴り響く。
シグマがぴんと耳をはり、人差し指で上を指した。頭上だ。屋根の上にいる。
屋根の向こうに姿を隠した女は、続けて警告を発する。
「彼らは島の外の人間だ。話がしたい。もう一度いう、下がれ」
その警告は、イデ達ではなく、愛護団体に向けられていた。
冷たくはなく、親族に語りかけるような、真剣な物言いだ。
まだ若い声音に、愛護団体達は顔を見合わせる。そしてイデ達を見た。
イデ達は警棒をおろさないまま、道を空ける。
アルフがおさえた三人からも離れた。
「下がれ!」
三度目の発生と、二度目の銃声。
愛護団体たちは弾かれるように動いた。両手の親指を結ばれた同胞の肩をかつぐと、脱兎の勢いで逃げていく。
その後ろ姿が豆粒のような大きさになったところで、彼女は屋根から姿を現した。
声のとおり若い。赤毛を肩の辺りで切りそろえた、そばかすのある女性だ。
その後ろから、もうひとり。女性の影を縫うようにして、追って現れる。
「……君は?」
そのもうひとりの姿に、アルフの瞳がやや険しくなった。
女性のすぐ後ろに寄りそうのは、男性だ。されどただの男ではない。
彼の上半身は露出され、肌を惜しみなく晒している。青々とした、鱗のある肌を。
女は警戒を緩めるように微笑みをつくると、肩からさげていた猟銃の銃口を降ろした。
「アタシの名前はチェレステ。チェレステ・ブルコ。こっちは従兄のエルコレ」
「愛護団体かい?」
「そうよ。でもあの人達とはまた考え方が違うの。最終的な目標は同じだけれど」
彼女はそういって、鱗のある男、エルコレの手を握る。
仲睦まじいきょうだいに対する態度、そのものだ。
「わけがわからないわよね? 話をしましょう。うちに招待するわ。着いてきて」