第四話「孤立した島」
今後の動向をたずねられたアルフは、考えるそぶりをする。
そぶりだけだ。答えは決まっている。
「やはり友人が心配だ。探しに行くよ」
「そうか……俺は決まった時間にパトロールに行きますが、一緒にいきますか?」
「助かるが、君にも君の仕事があるだろう。オレ達は自分の身は自分で守れる。不慣れな君達こそ、できるだけ大勢で団結して行動するべきだ。俺達のことまで抱え込む必要は無い」
トレモンティは一瞬黙った。
緊急時だからこそ、わからない存在に勝手に動き回られることを恐れたのだ。
しかし結局、トレモンティはアルフの申し出を受け入れた。
悪名高いコシュタバワー探偵社のことにへたに首を突っ込めば、のちのちどんなしっぺ返しが来るかわからない。
「……武器の類いはありますか?」
「警棒と拳銃はある。あくまで自力でやるとも。もしオレ達が自ら危険に突っ込んだなら、当然君達に救出の義務はないよ」
友人捜しというだけなら、他の島民に危害をくわえなかろう。島外からの客人がむやみな争いを起こすほど馬鹿ではないと信じることにしたようだ。
「わかりました。俺にできることがあれば言って下さい」
「じゃあ、さっきいった手前で悪いんだけれど。地図を貰えないかな。それに過去の愛護団体や怪物の出現場所を教えて欲しい」
トレモンティは几帳面な性格だった。
過去、島民が敵と接触した箇所のみならず、目撃証言と噂まできっちり資料にまとめていた。
色違いの丸いシールを使って、地図に場所を示していった。
「よし。ありがとう! 確か通信機器は使えるんだよな?」
「島の外には通じませんが、内側ならば」
「じゃあオレの番号を渡すよ。何かあったら連絡して。荒事があったら呼んでくれ。オレも聞きたいことがあったら通話する」
協力的な現地人だ。戦闘に巻き込まれても、恩を売っておくのは悪くない。
怪物もいるうえ、武器をもつなら軽視すべき相手ではないが、自由行動をしておきながらノーリスクで信用を得るつもりもなかった。
「とりあえず、皆さんの泊まる場所も必要ですね。他の島民と相談してみます」
ひとまず話がまとまったところで、他の島民からトレモンティが呼ばれた。
ちょうどいい機会だ。
トレモンティがいなくなり、ひとけがなくなったのを確認して、ダヴィデが入口を閉め、魔方陣の書かれた布と石を置いた。
魔力を貯蓄した石に触って、ぶつぶつと呪文を唱える。人避けの魔術だ。
話を聞かれなくなったところで、アルフは姿勢を崩してくつろぐ。
彼はさっぱり言う。
「さて。彼もああいっていたことだし、船はもう人魚に沈められているだろうね」
「……途中撤退不可能、ってことね。解決するまで帰れない」
「ああ。食料が豊富と入っていたけれど、限界はあるし。急がなくちゃいけないな」
シグマが重苦しく嘆息した。
悪態を追加しないだけいつもよりだいぶ落ち着いている。
「この状況。通信障害に遠出できない海。まるで大地震直後ね」
「あ、そのことなんだけれど」
頭を抱えるシグマの言葉に、結界を張り終えたダヴィデが顔をあげた。
「実は僕、少し心当たりがあるんだ」
意外な発言に全員がダヴィデを射貫くような目をむけた。
彼は爽やかなかんばせのままだ。
よっこいしょ、とテーブルに身を寄せて、ダヴィデは頬杖をつく。その目線は地図にある。
「ネヴィちゃんってレトリ島が生まれ故郷だったよね。彼女が神隠しにあったのもここ?」
「ああ。より南の海際で神隠しに。彼女の父の別荘があって、幼少を暮らしていた」
「そっか。うん。状況証拠としては揃ってるかな? ひとまず仮説として聞いてくれる?」
ダヴィデは薄い微笑みを浮かべたままメンバーを見渡し、やがてイデで視線を止めた。
「このなかじゃあイーデンくんが素人っぽいね。イーデンくん基準でお話しよう」
「うるせえよ」
「話すね。レトリ島ってバラール国最南端の島でもあるのは知ってるよね」
色々いいたいことがある。ありすぎてセリフが喉で渋滞し、つっかえたまま出てこない。
「イデくんはどうして船が他国に繋がる海に出れないか、知ってるかな?」
「とりあえず名前の呼び方を……あ? えっと。いくら進めても機器が狂ってもとの位置に戻ったり、遭難の危険があったりするからだろ。原因はわかってねえ」
「ああ。やっぱり。イデくんってついこの間まで一般人だったから知らないんだね」
「いちいちムカつく奴だなホント」
ダヴィデは周囲の人間の精神状態を反映する屍人形だ。
ゆえにイデの精神も反映しているはずなのだが、この無神経は設計に問題があるのではないだろうか。
彼は貴族らしい白い指で、楽しそうに地図の角にラクガキをする。広がる青。海の部分だ。
「イデくんはここに何がいるか、知ってる? ここというか、バラール国の海に」
「……魚?」
「魚もいるね。でも僕たち魔術師にとって重要なのは、【竜】だ。バラール国の【海の果て】では竜が泳いでいる」
やたらにファンシーな竜のイラストが地図の角で踊る。
トグロをまいて、にっこり笑った可愛いミニドラゴンだ。足はなく、大きなヒレがついている。西洋的な空飛ぶ竜より、東洋の龍に近しいデザインである。牙はやたら長く立派であるが。
「……竜?」
「ANFAの管理施設にいく道すがらでも見たと思うけれど、使い魔として行使できる小型の龍とはまるで違う。正真正銘、本物の神秘の化身だよ。大地震直後に出現したんだ」
全くの初耳だった。確認にアルフを見やる。
「本当だよ。情報隠蔽の手段のひとつとしても、彼らを飼っている」
「竜がいる場所では現代文明の力は薄れ、磁気は狂う。彼らは僕達が外の世界に出ないよう閉じ込めているみたいに、海の果てを回遊しているんだ」
「そんな馬鹿みてえなことになってたのか」
「ふふ。でも、君も既に竜の一端に触れているんだよ。それも日常的に」
ダヴィデは悪戯っぽく微笑した。
未知を知る青年を面白がるのは、誰の心理を写しているのだろう。彼は布の上に置いていた石のなかから、爪ほどの大きさの小石をつまむ。
「竜灰石。この琥珀色の燃料こそ、竜が落としたゴミ――古い鱗だ」
オレンジ色に輝く貴石。
バラール国の蒸気文明を支える奇跡の燃料だ。
「竜灰石が多量に採れることからも証明されているように、ここは海の果て、現世にある神秘に最も近しい場所のひとつだ。多分、いま僕が張った結界みたいな状態になってるんじゃあないかな、ここって」
一気に披露された知識を、ゆっくり丁寧に読みとく。
間違うことのよう時間をかけて理解する。そして唐突に理解に至った。
「……島全体が神隠しに遭ってるのか!?」
「そうだねー。いっそ、この島自体が異界化しているといった方がいいのかな?」
イデおなじく、シグマもスケールの大きな話に面食らう。首をすぼめ、ぼそぼそと声をひそめた。
「……時間の流れがおかしいことや、この鬱陶しい暑さも、異界だと思えば理屈をつけることはできるけど……」
「怪異が跳梁跋扈してるのも、そもそもここがあっちと混ざっていると思えば不思議じゃあないよ」
物理的な証拠はない。ダヴィデ自身、状況証拠のみでたてられた仮説だ。
しかしそれを認めれば、この数々の異常もわかる気がしてくる。
「じゃあ怪物化は?」
「そっちのほうがもっとわかりやすいじゃん」
今度はベルが口を挟む。
「ルーカスってひとが狼男になったのと同じでしょ?」
「無理な獣性の暴走による、短期間での怪異化か」
端的な物言いをアルフが解説する。
要するに、薬によって不自然に引き起こされた反応が、より広範囲に発生しているのだ。
「現世とあの世の境界線が曖昧な場所であれば、そういうこともありうるか。嫌な話だな」
ルーカス達の場合は薬物Balamが原因だった。逆に言えば、薬物を摂取していない人間は純粋な獣憑きであり、一般人をむやみやたら危険視する必要はなかったといえる。
しかし、今のレトリ島では、この半暴走した異能者が誰にでも起きうるのである。
いつ、どこで、誰が発症しうるのか。非常にたどりづらい。予測不可能だ。
これは頭が痛い。
もしかすると、見た目に変化がなくとも、島の中心にも、外側にも、獣憑きが生まれている可能性がある。
イデもキリキリと胃が痛くなってきた。
「そんなトンデモ島をどうやって探し回るんだ? 地雷原を歩くようなもんだぜ」
外を歩けば人狩りの愛護団体、人食いの怪物、そしてどこに属するともわからない獣憑きと遭遇しうる。
異界化した場所では、まだわかっていないだけで、他にも様々な危険がまちうけていてもおかしいとは思えない。
あてもなく、虱潰しに島を探し回るのでは命がいくつあっても足りない。
何かしらの指針が必要だ。
その難点の提示に、アルフが口角をあげる。
「そのための地図じゃあないか」