第二十二話「巨人」
ハニエルが踏み込み、刀の切っ先がバンシィの首筋を狙う。
バンシィは肩をあげて刃を受けた。
ハニエルは刃を押し込むことはせず、軽く引いてからまた別の方向から打ち込んだ。息をつかせぬ連撃。
「いまのうちに行きな」
促すあいだもハニエルは果敢にしかける。
交互に左右から襲いかかる剣筋は読みやすいようで、上下も狙う箇所も変わる連撃はそう簡単にかわしきれるものではない。
バンシィは腰を落として、縦横無尽に舞う刃に己を合わせる。
高揚した祭り囃子のような激しいリズム。逃せばたちまち傷をおう。崩れた箇所から読みは崩れて、なますぎりにされるだろう。
刃の銀と黒い警棒の残像が交差しては消えていく。
それはさながら合奏のよう。
いずれかの呼吸が乱れ、先に剣戟の演奏を放ち損なったほうが倒される。
「皆、十五秒以内に次の廊下まで移動して!」
トリスのかけ声で、イデとアルフは全速力でバンシィの横をすり抜けた。
剣を受け止められたハニエルが、手首を返して刃を警棒の内側に滑り込ませ、バンシィから武器を奪おうとする。
意図を察したバンシィは「しゃりり」と華やかなこすれをあげて引き抜く。
「待て!」
ハニエルの援護に邪魔されるなか、バンシィは髪を抜いてイデへ投げつけた。
「悪ぃな坊ちゃん」
「うおっ」
イデの足にハニエルが足首を引っかける。
倒れそうになったイデの首根っこをアルフが掴み、ひきずっていく。自分より一回り大きな身の丈の男を、片手で。空気を運ぶように。
「……体重を奪ったか」
足を宙から浮かせて飛んでいくイデに、バンシィは陰鬱に目を細める。
ハニエルがバンシィの異能を知るように、バンシィもハニエルの異能を知っている。
『クロンダイク』。しりとりのように、壊したものや周囲のものから「引いて、足す」能力。
「ゴーレムたちをさんざに撫で切って……どうりで、重い。ワタシにも耐える特別製の警棒でなければ折れていた」
「あの坊ちゃんのぶんもなかなかだぜ」
「岩の塊より……? 食べ過ぎじゃあないのか」
「いや、流石にそれよかヘルシーかな」
和やかに笑う。その腹めがけてバンシィは警棒で横凪に殴打しようとした。
ハニエルは丸まって腹の前で腕を交差させて棒を受け、一歩下がって勢いを殺す。
額がくっつきそうなほど近づいた体に、ハニエルは更に近づいて、ダンスを踊るように相手ごとターンすることで追撃をかわす。
勢いを利用して壁を登り、上段から刃を落とした。
案の定受け止めきられても、着地の体勢から下から切り上げる。
バンシィの朱をさした瞳が剣を追うも、その武器の先を壁に沿わす。
壁が破裂し、ハニエルに降りかかった。
「なんでこっちに飛ぶんだよ、がれきがよ。これだから最近の若いやつは怖い。何するかわからん」
障害物の飛散した視界に「ちぇっ」とすねた舌打ちをして、距離をとる。
不自然な軌道を描く破壊にたじろぐそぶりもないハニエルに、バンシィは軽く肩を落とした。
「ハニエルサンがいいますか。しかし記憶より弱い。やりにくいか。本来はもっと広い場所での戦いが担当ですもんね……」
「年上なのに互角に戦われてる相手にソレ言うかなあ」
「いえ。本当に、怖いのはワタシのほうですよ」
バンシィは異能で破壊した壁をさす。
彼女の異能は健在だ。先ほどから何度も接触している。
異能も発動済みだ。その結果は一度もハニエルに届いていない。
異能の主であるバンシィには理解できる。先端がふれるだけで壁を粉砕する威力を、神がかり的な技力でいなされているのだ。
「……自信をなくしますね……一応、警備のチームリーダーなのに……」
「うん。君はちょっと素直なところがあるからなあ。異能も強さもシンプルなんだよな」
バンシィの異能は、接触箇所を中心に対象をねじ曲げる。
強力なちからが、外側から中心点に向かって対象の半分前後の大きさの渦を描いて、最後には砕け散るか、丸めた塵になる。
鋼鉄でも紙切れ同然にしてしまう。一秒以上触れれば重傷を免れない。
イデがやったのも一時しのぎで、二回は通用しない手だ。
「シンプルで、実直だ」
ハニエルは足下のがれきを適当に壊しながら、バンシィと向かい合う。
お互いに攻め込むときを探り合うためのにらみ合いのすきに、暇潰しに手近なものを壊し続ける。
バンシィの異能は、圧倒的な剛力による破壊だ。
「壊れるという結果」をもたらすものではない。「歪んで縮小した」という過程の先が破壊だ。
加わる力量と等しいエネルギーをもって、逆向きに働きかければ、打ち消すことができる。
この力量というのは凄まじく、トリスのゴーレムから延々「重さ」と「動力」を奪い続けてようやくであった。
ハニエルの異能にも「三秒以内にしりとりの次へ繋げなければ加速が終わり、減退する」という欠点がある。
数百グラムの石でもいいから壊さなければ、バンシィの異能の餌食になる。
そして三秒以内なら、『三秒以内に行った攻撃』も、しりとりにカウントされる。
攻撃を行う限り、今も、ハニエルの攻撃は数百グラムぶん重みを増し続けていた。
脅威を増し続ける加速の異能。たった一度の失敗もなく逆回転をかけるという、長年の経験に裏打ちされた達人技。それを間髪入れぬ攻撃の嵐のために、呼吸のようにこなし、疲労の影も見せぬ胆力。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……」
バンシィは前髪をぐしゃりとかきまぜ、目を伏せた。
「ハニエルサンって……ズルいな……」
「だからそれをオマエさんがいう?」
異能抜きにハニエルの連撃を冷静に見抜けるように、バンシィとて無学ではない。
先に誤った方が負ける。
その一点は変わらない。
「ハニエルサン。加速がワタシを上回るまで、ずっと続けるつもりですか」
「あー。どうしよっかな」
「…………?」
「正直ね。その必要あっかなーって。あの子たち、無謀だけど、無策じゃなかろう」