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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第五章 ゾア・スタンピード
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第十二話「上司指示」


「では、ダヴィデくん。構わないかい」

「うん。しかと承ったよ」

「君には悪いが、助かるよ。ありがとう」


 五~十分ほどかけて、トリスとダヴィデは話をまとめ終えた。


「ではダヴィデくん。まずは僕とこの部屋を出よう」

「ビクトリア――あれ、中身変わってる? あの子はどうするんだい」


 天井からは作業を終えたビィが降りてくるところだった。

 小さな体躯でハエトリグモのように跳ねて、華麗に着地する。


「彼女に関しては天井を這い回って移動してもらおうかな。そこに僕の異能で先入観を与えればぐっと気づかれにくくなる」

「いままさに降りてきたばっかなのに!? 血が変なとこに巡っちゃ~う。ま、空から見守ってるから。何があっても手助けはサボっちゃお」


 ビィとダヴィデは爽やかに握手を交わす。同じクラスになった小学生のように穏やかなやりとりだ。


「そうなんだ。お嬢さん、名前をおききしてもよろしいでしょうか?」

「ベアトリクス。気軽にビィか、ベエタって呼んでね。しくよろダヴィデちゃん」

「よろしく」

「二人とも。そろそろ」


 声をかけようとしたところで、トリスの胸元から簡素なバイブ音が鳴った。

 携帯通信機だ。トリスは非常時のため、休みの日でも会社用の通信機を持ち歩いていた。上着の内側から振動する機械をとると、耳に当てる。

 スピーカー先から通話をかけてきたのは、親しみ深い同僚のひとりだった。


『警備員Bチーム、ヴァンニでーす。休暇中ごめんね~』


 聞いたばかりの声だ。

 交戦開始からまだ一時間も経っていない。懐中時計を確認して、残してきたイデとアルフに思考をはしらせる。

 うまくやり過ごしたか。はたまた。


「いいよ。急用……だろうね。アラームは僕にも聞こえた」

『話が早い。でも要件は脱走じゃあないんだ。侵入者を発見した』


 通話する余裕があるということは、いずれにせよひとまずの決着がついたという意味だ。

 トリスはこっそり耳をすます。

 ヴァンニは息切れをしていない。疲労もさほど。のびた抑揚から感じるのは……徒労感だろうか。


『トリスちゃん、今どこ?』

「地下下層二階、左通路Bライン。ダヴィデの収容室」


 内心ヒヤヒヤするのを押し隠し、いたって平静に返事した。

 ヴァンニは特別頭が切れるほうではない。しかし本当に勘がいい。気遣いもできる。妹がいるだけのことはある。

 些細な動作を読み取るのがうまい。

 ヴァンニはいまのところ、なにも気づいていないふうに話す。


『わあ、おれもすぐ近くだよ。なんでそんなところに?』

「脱走のお誘いをしに来てる」

『君、たまに笑いづらい冗談いうよね。個人的に気になることでも?』

「さほど個人的な用でもないが。この後死体が出るならば、使いようがあるでしょ。仕事の相談だよ」

『成程ね』


 トリスはダヴィデを振り向く。ダヴィデにはよくわかっていない顔で手を振られた。彼らは大人しくトリスの電話が終わるを待っている。


「話が逸れた。侵入者とは?」

『見慣れぬ不審な人間が三人。脱走対象のビクトリアとアンヘル姉弟と行動中。うちビクトリアと一人は右通路に逃走。《蟻》が追ってる。アンヘル姉弟は傍観。残る二人とは交戦中だった』

「だった?」

『逃げられちゃった』


 ひといき置いて、端的に続きをうながす。


「要件は」

『侵入者の報告はどう扱えばいい? 脱走と鎮圧がさ、まだ程度は小さいんだが、なにせ数が多い』

「原因はわかっている? 根本から解決しないような事態なら、いま出ている怪物達を取り押さえても意味が無い。イタチゴッコは避けるべきだ」

『一応、原因らしき鍵開け妖精はうちのが発見した』

「捕獲は」

『すばしっこい。おれらじゃ無理。どこにいるか観測しつづけるのが精一杯だね。凶悪な異常存在を相手取ってたAチームの手が空き次第、空間遮断可能な奴にすぐ来てもらうつもり』


 脱走はまだ増えそうだ。

 死傷率の高い異常存在は《蟻》が仕留め、移動させたくない怪物はAチームが挑む。

 今のところそれでぎりぎりまわしている状態だ。

 ひといきつけたところで、トリスに確認の電話をしてきたらしい。


「そうか。では先に君の意見も聞きたい。侵入者についてどう思う?」

『大脱走と合致しすぎたタイミングでの登場は怪しいなあ。でも敵意ってもんが感じられなくてさ』


 つったっって電話を続けるのも、貴重な時間の消費だ。

 トリスは電話を繋いだまま、ドアを開いた。

 戦闘は場所を移動したらしく、血だまりと、黒いヘドロをひきずったような三メートル前後の汚れが残っていた。


『敵対組織の侵入にしちゃあバランスが変。ひとりは手練れ、ひとりは下層出身の素人ってこかな。気がかりなのは同行している脱走者どもだが。ぶっちゃけこっちから仕掛けなきゃ直接的な被害はでない気がする』

「わかった。時間の無駄だね。侵入者については管理室に報告、情報を共有。だが手出しするな」

『見逃すってこと?』

「いや。静かな《蟻》を選んで、バレずに追跡させて。奇襲はしなくていい」


 ハンドサインでビィに先行を命じる。

 ビィはダヴィデから囁きを受けてから、「ほほう」と感嘆の声をあげてから入口に近づいた。

 何事かと思えば、彼女の瞳がチカチカと瞬く。内臓されたセンサーで人影がないか確認したビィは、天井に登っていった。

 金の髪をさかだてながら、彼女は照明が白く輝くそこに足をたてた。

 蜘蛛とコウモリのハーフのようだ。実に器用である。天井を床代わりに使いこなしている。


『隠密行動? おーけい。下手に人員を割くより、鎮圧に集中した方がいいか』

「被害を出さないうちは捨て置いて。右通路にいったやからも、最後は合流するはずだ。目的と侵入経路は気になる。無理のない範囲までついていって観察、情報収集を。得た情報はこまめに君に連絡させて。聞いてからの判断は任せる。死傷者の出うる鎮圧を優先」

『了解!』


 元気よく通話が切られた。


「ふう」


 気苦労の多い会話を終え、トリスは汗一つかいていない額を手の甲で拭く。

 トリスは目的でいえば、無論イデ達側だ。だが、上司としては、あまり的違いな指示を出せなかった。

 アルフがついていれば大丈夫だと信じたい。

 室内での発砲は味方にあたる可能性もあって、推奨されていない。

 肉弾戦ならば勝ちの目はある。

 ダヴィデが首の後ろから、わざとらしく心配した。


「大丈夫かな?」

「一応、規定で侵入者は生け捕りにして、所属と目的を明らかにするようマニュアルがある。死にはしないよ」

「死ぬより酷い目に遭う時はあるんじゃあないかい?」

「それは……まあ。はい」


 電話をしまい、ダヴィデとともに部屋を出る。

 携帯機器の画面を、通話からマップに切り替えた。

 現在使用されているマニュアル配布と脱走収容対象のリストアップの通知が届いている。

 脱走収容対象とマップを照らし合わせると、赤い点がばららららと浮かぶ。


 あちこちで戦闘が発生しているのが見て取れた。

 地下下層二階は小規模なものが多い。これから通過しなければならない地下中央階は数は少ないが、危険な異常存在が暴れていた。

 《蟻》は中央階以外全体を走り回り、Aチームのほとんどが中央階に集中している。


「うわ。酷いね。ここを走り抜けるのか。イデくん、本当に生きてるかな。僕の記憶では凄く普通の子だった気がする」

「僕の目が正しければ、案外いける気がするんだよね」

「へえ。割と高評価なの?」


 携帯をしまう。

 目的地とルートは決定した。あとはイデ達を見つけなければ。

 頭のなかで計画を組み、トリスは容赦ない評価を述べるダヴィデに肩をすくめた。


「体格は恵まれている。異能はなし。真面目で勤勉だが、暗記型で機転が利くタイプではない」

「うん。アンデットにしたら非常に使い勝手がよさそうで、魅力的な子だよね」

「万が一にも殺さないでよ。僕が彼に期待しているのは適応力だよ。雑草らしい適応力」


 トリスは顔を合わせる前からイデを知っている。

 ネヴとアルフからの報告書にしっかり乗っていた。ダヴィデとベルナデッタからの聞き取りも受け取った。

 そこから感じたのは、『異常な相手に慣れるのが異常に早い』という特徴だ。


「魔狼も割合すぐ受け入れているし、その後の事件もなんだかんだパニックを起こしていない。何よりネヴくんと時間をかけないうちから相互理解が深い。感性が凡人に近く、キャパシティも大きくない割に、異常を拒絶しない。認める。わからないところはわからないままに受け入れて」


 それはANFAにおいて重要な資質であった。

 獣憑きであろうと動揺する怪物達を前に、彼は動揺しても、見ようとすることをやめずにいられる。


「ここで大事なのは使えるかどうかだ。ひょっとすると、結構な有望株かもね。実をいうとかなりわくわくしている。記憶力もいいようだし、異物管理課からスカウトがくるかも。いざ入ってみたら、あちこちから引っ張りだこになるんじゃあないか?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] あら、イデさん高評価……!(うれしい) イデさんは脆いけどタフだから、そういうとこしっかり見てる人がいてくれるのは良いですね! 逆にネヴちゃんはタフだけど脆いから、前回からずっと心配……ハ…
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