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アンダーハウル  作者: 室木 柴
第五章 ゾア・スタンピード
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第二話「地下深層:ロッカールーム」

書くか迷いましたが、書いておきます。

「職場であるからにはそれなりの数が働いているはず」

「場所は場所だからみんなアクがあるだろう」

と考え、個性や名前を付与した人物が多く出ます。

ですが1〜4章までに登場した名前ありキャラ以外は即座に忘れてもストーリー上問題ございません。気楽にお読みください。


 イデが借りていたのは、隠された島のなかに建てられたアパート形式の建物であった。

 今のイデと同じ『新入社員』や個人の住居を持たない職員用の住居だという。


 収容センターは施設は島の中心に位置し、住居区画ごとロープでくくったような歪な円形の偽装結界のなかに覆われている。

 偽装結界である『紛い物の壁』を通るには、通行証が必要だ。


 イデは既に結界の内側に招かれているため、あとは敷地内を歩いて向かえばいい。

 広大な敷地は、大のおとなでも独りで歩けば余計な土地に入り込みそうな厄介なつくりだが。

 管理者であるトリスには庭のようなものだろう。


「ビクトリアのいる地下深層まではエレベーターでいける」


 トリスのさっくりした言い方そっくりに、行きは怖いほどあっさり地下にたどり着けた。

 乗ったエレベーターは見たこともない円柱型であった。

 滑らかな乳白色の円柱は、鉄と金で頑丈に補強されている。

 ここがどこか知らなければ、富豪がお遊びで作った代物に勘違いしただろう。


 金による装飾は華麗なデザイン性など無視されており、むしろオカルティックな幾何学模様を描いている。

 あとは壊れないことだけを考えましたといわんばかりに打ち付けられた鉄、鉄、鉄。均等な太さの鉄の線が、鉄道の轍の如くギッシリ壁面を這う。

 エレベーターの総量を考えるとぞっとする。

不格好な花瓶にしまわれたようで居心地が悪い。


「すげー物々しい。どう動くんだコレ」

「基本は普通の昇降機(エレベーター)と同じだよ。基本構造はロープと滑車。馬力は差があるだろうけれど。鋼鉄のロープを蒸気機関で巻き上げてる」


 イデの顔色は芳しくない。

 冬のエレベーターといえば、稀に水が凍結してしまって事故が起きる印象が強い。

 初期に比べれば大幅に改善され、数年に一度、機種変更を怠った古いホテルなどで警視勝者が出るか否かというレベルではある。

 だが通常の二倍の重さはありそうなこの円柱エレベーターが落ちればどうなることか。


 イデの周りは中古だらけで、比較的身近な話題でもあった。

 高給取りの元へ仕事にいく娼婦でもなければ、みな階段を使ったものだ。

 常識に囚われたままのイデをみて、アルフが微笑ましそうに口元に手を添えて苦笑した。


「うちのエレベーターは万一にも事故がないよう、定期メンテナンスしているから大丈夫だよ」

「どころか異常時には逃げ込み先になる。そのための頑丈さだ」



 トリスが自動で開く両開きの扉のわきにたつ。扉と壁の曲がり角の間にある狭い縦長のスペースには数字の書かれたボタンが並んでいた。


「異常時逃げろって、どんなバケモノがいんだよ。ここには」

「いろいろいるよ。いまは気にしなくていい。異常が起きればおのずとわかる。とりあえず逃げるならエレベーターにって覚えておけば損はない」


 ボタン一覧の一番下には細い差し込み口も用意されていた。

 トリスが制服の懐に手を入れる。


「施設内を行き来する時は、通行証をここに差し込んで移動するのが早い。早いが、構造と狭さの都合で、割と皆歩くんだよね」


 トリスが取り出したのはパンチカードだ。

 厚さ1ミリあるかないかの薄い金属製の板に触れると、音もなく開いた穴の位置が切り替わった。


「どういう仕組みだ。明らかなオーバーテクノロジーだろ。それとも魔術ってやつか?」

「イデくぅん、ここにきてから驚いてばっかりで可愛いね。うち、研究チームも優秀だからさ。……身内以外話通じないような子ばっかりだけど……」

「火の妖精に熱を与えてもらっているから魔術というのも割と正解。無事に帰ってきたら各チームを案内しよう。地下深層へのボタン、いくからね」


 パンチカードを差し込んでから階層と思わしき番号を押す。するとエレベーターは一度も止まることなく目的地に到着してしまった。


「いやあスムーズ。トリスくんのカード、どこでも直通だから羨ましいなあ」

「上司特権か」

「念のため釈明すれば、不当な権利ではないはずだ。僕が出歩く場合は緊急性がある時も多い。生体認証を用いた僕個人の識別カードなので、他人が触っても機動しないし」

「アルフは持ってねえの」

「オレでも直通ではないんだよねえ。途中で乗りたがる子がいれば普通に止まるし」

「二人とも僕の予想よりリラックスしてるんだね。おしゃべりはおしまい。そろそろ着くよ」


 ピンポン。

 小気味いいチャイムとともに円柱が止まる。エレーベータ―特有の内臓が浮き上がるような無重力感からも解放された。

 目的地への到着だ。

 正直、見るモノ全てが目新しくて観光地へ来たような気分になりかけていた。


 気を引き締め、地下深層のエントランスに出る。

 前に出ようとしたタイミングで、逆にエントランス側のほうから人がぶつかってきた。イデの胸のあたりに小さな頭がぶつかる。


「おっと。すみませんね……ってうわ、でか! こわ!」


 ぶつかってきたのは女性だった。

 長身への驚愕。以前は当たり前で、ここ最近はなかった久しぶりの反応である。

 女性は砕けた口調のわりに、手首周りが膨らんだ長袖――本紫のビショップスリーブとやたら優雅な格好だった。

 慌てていた彼女は後ろで待機していたトリスとアルフを見つけると、子犬のように笑う。


「あれ。トリスさん、来てたんですか。今日有給でしたよね?」

「ああ。有休を使い、新人兼友人候補のイデくんを案内している」

「私服じゃなくて制服ですか。いつものクソダサセーターじゃないので出勤かと」

「ここにいる人が許してくれなかったんだ」

「オレがいるのにあんな服を着るのは許さないよ。なんだよ、『ボクチョットシゴトデキル』ってあのロゴは」


 親しそうな会話をみるに、彼女も職員らしい。

 ここの職員はみなクセが強い気配がする。少なくともトリスの私服がダサいことはわかった。


「ところで、この大きなひと、見たことない顔ですねえ。新人さんですか? よけりゃあたしが案内しますよ。ちょうどこれから暇する予定でえ」

「いや、それには及ばない」


 トリスが断った矢先、彼女の肩に手が乗せられた。

 白手袋をはめたしっかりとしたつくりの手。更なる第三者である。同じくビショップスリーブが特徴的なおそろいの制服を着た男だ。

 シミひとつないのは手袋のみではない。頭のてっぺんからつま先まで新品のようにぴかぴかだ。いっそ神経質なほど清潔感がある。

 髪だけは遊び心か今時に整えられていたが、それも会った人間に親しみやすい好印象を抱かせるためのような、作為的な冷たさを感じる。

 高級ホテルのホテルマンでもしていそうだ。


「アロイジア。あなたは下がりなさい」

「あたしもご一緒してはだめですか?」

「いけませんね。あなたにも仕事があるでしょう。探索チームのマヴリキさんに貸し出し品の返却をお願いしてきて下さい」

「はーい。いつも通り不運と事故のオンパレードで、手早い返却をお願いしてきまーす……」


 アロイジアと呼ばれた女性はいじけたふうに、人の降りきったエレベーターに乗り込んでいく。

 男はその背を見送り、わざとらしくかぶりを振った。


「全く。期限超過の対応においては最も信頼が置けるのですが。責任感が薄くて困ります」

「忙しいところ済まない。しかし、今回はチームリーダーかどうかは関係なしに君が最適だった」

「お気遣い痛み入ります。前もって連絡を頂いておりましたので、予定も調整できました。全く問題はございません」


 慇懃無礼という形容詞がぴったりあう。イデの苦手なタイプだ。

 男は咳払いをすると、三人の前で胸に手をあて、腰を折る。


「では改めて。トリス室長。アルフ様。イデ様。お待ちしておりました」


 先ほどの女性と違い、自己紹介する前からイデの名を読み上げる。

 つまり、今まさに苦手と感じた彼こそはあらかじめトリスから指定を受けた『地下深層の案内人』ということだ。


「ようこそ、異物管理課へ。(わたくし)は異物管理課のチームリーダー、ゴフェルと申します」


 イデはこっそりアルフに目配せする。

 地下深層が複雑怪奇なダンジョンだとは聞いていた。

 しかし、彼にビクトリアのもとまで案内させてよいものか。計画を知られるのでは?

 アルフは気が利く。イデの懸念に気づいただろう。

 彼が安心させるように頷いたので、ひとまず信じて、素直に案内を受けると決めた。


「恐れいりますがお時間が差し迫っております。僭越ながらご案内させて頂いてもよろしいでしょうか」


 ゴフェルはくるりときびすを返す。

 腕を恭しく前方へふり、動作はゆったりとして美しいのだが、イデ達の返事も待たず歩き出してしまった。

 すたすた進んでいくさまは気遣い豊かなホテルマンより、自動人形めいている。


 イデは一歩が大きいのでつらくない。しかしイデに比べれば小さいアルフとトリスは半分走るような勢いでゴフェルに着いていく。


「おい、スピード落とせよ!」

「失礼ながら、アルフ様とイデ様は今、いっときでも多くの時間を欲するときでは?」

「ぐっ……」

「そういえば、イデ様は本日が初めての訪問でしたね。異物管理課とは、主に、自我を持たない道具型の異常存在を収容、保管、貸し出しを行うチームです。収容数は3000を超え、なかには数世紀の時を跨いできた古物もございます」

「いやガイドのほうこそいらねえよ!」

「ちなみに収容物の元まで案内後は、わたくしは別の職務に戻らせて頂きますので、いまのうちに道順を覚えておいてください。よろしくお願いいたします」

「クソ、めちゃくちゃな! あんたら人の話きかねえやつばっかか!?」


 若干ネヴとかぶる。

 苦し紛れに罵るも、きっちり通路に目を走らせる。次々曲がる角、おかしな繋がり方をした階段。確かにキツイ。

 だが鏡の迷宮に比べれば、きちんと歩いた先があるぶん易しい。


「つか……あんた、アレだ……職務に戻るってことは、」


 ビクトリアの元へ届けた後はいなくなる。

 イデとアルフは時間が惜しい。

 どれもイデ達の計画を知っている発言だ。慎重に言葉を選ぼうとしていると「存じてあげております」と先手をとられた。


 トリスが話したのだろう。

 この人を無視した態度に機械的な行動。アロイジアと呼ばれた同じ制服を着た職員がイデを知らなかった以上、今は秘密を守っているのだろうが。

 万一、裏切られたら困る。

 焦りと不安にひりついた心から、自然とイデも刺々しくなる。


「……頼むからマジでビクトリアのとこ連れてけよ。もし騙したらぶっ殺すからな」

「そう、異物管理課の話の途中でしたね。我がチームに限った話ではございませんが、我々の仕事には細心の注意が必要です。そのため、専門の技能を獲得したメンバーによって構成されております」

「そんな話はしてねえぞ!?」

「いえ。しています。我々の役目は、組織内の治安維持ではないという話です」


 ゴフェルはイデでもぎりぎり追いつけるほど早歩きしているのに、その優美も呼吸も崩さず、どんどん進む。

 景色はめまぐるしく変化した。ハニカム構造の連なったケースに水がなみなみと入った棚に、金庫室のような部屋、あたり四方すべて階段になっている通路。

 だまし絵のような奇妙な光景を経て、同じ大きさの扉が並んだ――まさに『ロッカールーム』そのものの巨大な空間に辿り着いた。


「我々の目的は『異物を損なわずに保管すること』。労働の潤滑化は管理チーム、資金調達は中央管理チーム、情報収集は情報チームと探索チーム、実働による回収任務は収容チームが行うべきでしょう。そして罰則は懲戒チームが。でなければ、わざわざチームわけをして、それ専門に鍛え上げた意味が薄らぎます」


 いっとき集中力をきらして目をそらせば、すぐにどこを見ていたのかわからなくなりそうな空間のなかで、ゴフェルは迷わずひとつのロッカーを選ぶ。


「ですからわたくしめは、与えられた業務通り、収容物を貸しだしするのみです。貸し出し帳に記録頂きましたら、その時点で管理責任の六割はそちらになりますので。ミスが起きても、わたくしは口をつぐませて頂きます」


 なんとも、まあ。仕事への徹底ぶりが凄まじい。

 アルフとトリスが軽い汗をかいて追いついてきたのを横目に眺めつつ、呆れて天を仰ぐ。なんと天井にまでロッカーがあった。


「四割はそっちの責任になるのに、いいのか」

「ご安心ください。六割は書類上の話でして。わたくしでしたら、今回に限って九割はそちらにご負担頂く準備がございます」


 イデはまざまざと実感した。

 ANFA(ここ)では常識と倫理が、そのままの意味で通用しない。

 獣憑きだらけの魔境。ある意味で信用できる、壊れた人間達の行き着く末だ。

 唾をのむイデを意にも介さず、ゴフェルの白手袋がロッカーの戸口にかけられた。


「では、解錠させていただきます」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ゴフェル氏面白い! ここだけなの残念なくらいアクの濃い方々! これに囲まれたら、そりゃあネヴちゃんだってああなりますよ! いや、もともとか……?笑
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