プロローグ
はじめまして
思いつきで書き始めました。
「お疲れ様です。お先に失礼します。」
「おう、お疲れ。気を付けて帰れよー。」
慌ただしく帰る後輩を見送り、自分も仕事に区切りをつける。
今の時期は忙しい山場を越え、暇と言うほどではないが急ぎの仕事もない。
さて、いつまでもここにいても仕方がないしそろそろ帰りますか。
オレは車に乗り込み、自宅への道を走り出す。
まさしくいつもの日常だ。
夕方から降り始めた雪は止む気配をみせず、むしろ勢いを増して降り続いている。
こんな日は決まってあの日を思い出すな……。
物思いに耽りながら、片側一車線の十分な幅員のある国道をひた走る。
路面はこの空模様のせいで一面の雪景色だ。
何となく流しているカーラジオを聞きながら走りなれた道を走っていく。
そんな時だった。
「っっっ!!!!!! 」
突然対向車線を走っていたはずのトラックが目の前にあらわれた。
おいおい、本当かよ。
視界がトラックのヘッドライトで真っ白になる中、瞬間的にオレは今までの人生を振り返っていた。
景色がゆっくりになっていく……。
これが走馬灯ってやつか……。
……………………。
…………。
オレは27年前に神宮家の長男として産まれ、武と名付けられた。
物心ついた頃には、母はいなかった。
もともと身体が弱かったらしく、オレを産んですぐに息をひきとったらしい……。
顔は全く覚えていない。
それでも今まで産んでくれた感謝を忘れたことはない。
走馬灯の最初には爺ちゃんと親父がいた。
残念ながら婆ちゃんはオレが産まれる前に亡くなっていたそうだ。
厳しくも優しく、正道というものを大事にする2人だった。オレは2人を尊敬している。
神宮家には道場があり、爺ちゃんが神宮流古武術なるものを教えていた。
門下には親父とオレしかいない道場だったけどね。
おかげさまで鍛え上げられましたよ。
心も身体も。
2人は口癖のように
「強く在れ武。力だけでなく心も強く在れ。」
と言っていたな。
強さに溺れず、自分の正道を貫き理不尽を砕く強さをってね。いつの時代だよ。
嫌いじゃないけどさ。
しかし、小学校に上がる前の子どもにやらせる訓練かね?あれは。
まあ、そんな中でも笑顔の絶えない生活だったな。
懐かしいな……。
うん、楽しかったな……。
今となっては夢のような日々だ。
ふと、場面が切り替わる。
……。
あの日、だ……。
親父が運転する車の隣にオレが乗っている。
年の頃は中学生になる前あたりだ。
この日もけっこうな雪が降っていたな。
何気ない日常のはずの日。
ただ街へ親父と二人買い物に出かけた帰り道。
市街地の混雑に巻きこまれ、
「ちょっと遅くなっちまったなー。」
なんて親父と話していた帰り道。
やっとこさ渋滞を抜け、車の数も減り順調に走っていた時だった。
突然凄い衝撃が起きた。
緩いカーブの途中に雪でスリップしてきたのか、はたまた居眠り運転なのか詳しいことはわからないが、親父とオレの目の前には大型のトラックが中央線をはみ出して向かってきていた。
因果なもんだよな。
人生で二回もこんな体験するんだから……。
せっかく車に対するトラウマも克服したのにな。
気が付いた時には、死にそうな顔をしている親父の顔が目に入ってきた。
助手席側に居たオレはかなりの怪我は負ったものの何とか助かったらしい。
でも親父は……。
そして瀕死の親父は一言。
「強く在れ武。大事なものを守れるようにな。」
とだけ言った。
オレが「うん……。」と答えると親父は静かに「武。楽しかった。ありがとうな。」と言って眼を閉じた。微かに笑っていたようにも見えた。
……結局それがオレが聞いた親父の最後の言葉だった。
しかし、最期までそれかよ。親父。
全くぶれないな。あなたは。
本当に、ありがとうございました。
多分この時かな。
本当の意味で強く在ろうって意識しはじめたのって。
この後はしばらく入院して、その後は爺ちゃんと2人で暮らしていた。
この頃のオレは部活もしないで放課後はほとんど爺ちゃんと道場で過ごしていた。
ただ、強くなりたかった。
また、場面が切り替わった。
高校卒業したばかりの頃だ。
社会人になりたての頃。
あの強かった爺ちゃんが、息をひきとった日、だ。
癌……だった……らしい。
ぶっ倒れる寸前まで虚勢を張りやがって。
その半年前くらいからかな。
爺ちゃんの様子が何となくおかしいと感じてはいたんだ。
で、病院に連れて行こうとしていた。
でも、大丈夫だ!の一点張り。
思えばこの時が初めてだな。
本気の本気で爺ちゃんと喧嘩したの。
でもあの頑固爺、一度決めたらてこでも動かないし、極力オレの前では強がっていたようだ。
たった一人の家族だ。
オレは当然心配だった。
でも、オレもガキだった。
いつまでも意地を張りつづける爺ちゃんについカッとなってしまって、もう知らないからな!とタンカを切ってしまった。
もうオレだって強くなったのに、どうして頼ってくれないんだって、思った。
自惚れてた。
まだまだだな。恥ずかしい。ぶん殴りたい。
どうしてオレはあの時そんな態度しか取れなかったんだよ。畜生……。
そんなことがあって以来、何となくこの話題に触れづらくなってしまった。
爺ちゃんは日に日にやつれていくように見えた。
不安だった。
引きずってでも病院に連れていくべきだった。
オレも大概ガキだよな。
意地を張ってたのはオレの方だった。
そして、爺ちゃんがとうとう倒れた。
当然だ。
ただ、この時のオレは信じられなかった。
あの超人のような、殺しても死なないような、爺ちゃんが倒れた。嘘だろ。たちの悪い冗談にしか思えなかった。
でも、久しぶりに直接見た爺ちゃんの上半身は、痩せていた。
愕然とした。何でオレは気付けなかったんだよ。
慌てて救急車を呼んだよ。
で、聞かされたんだ。
「手遅れです……。」って。
既に身体はぼろぼろで、もう幾らも余命はないって。
むしろ今まで持っていたのが奇跡だって。
病院のベッドで眼を覚ました爺ちゃんは、いつもの口調とは違って、弱々しく延命治療はしないで欲しいと言った。
そして、間を置いて一言、すまんな。って。
馬鹿なオレはこの時ようやく感づいた。
爺ちゃんはオレに苦労させたくなかったんじゃないかって。
ただでさえ親父が死んでからは親父の遺産の他は爺ちゃんの年金とオレのバイト代で暮らしていた状況で、
ようやっとオレが社会に出たとはいえ高卒でまだまだ新米。
治療するとしたらやっぱり金がかかるだろう。
爺ちゃんは意地を張ってたんじゃなかったんだ。
ただオレに、心配させたくなかったのだろう。
そう思えた。
情けない。情けない。情けない。
自分が情けない。
苦労なんて沢山かけてきたんだから、そんなこと気にしないで恩くらい返させてくれよ。とも思った。
でも、オレはその最後のチャンスも自分の幼さで逃した。
甘えていた。
無理にでも爺ちゃんを労るべきだった。
オレは「馬鹿野郎。」とだけしか、言えなかった。
後はもう涙しか出てこなかった。
ごめんよ。爺ちゃん。
そして、それ以降意識も朦朧とした爺ちゃんは、ベッドで寝たままだった。
まだ、正直現実感は薄かった。
何日くらい経ったのか分からないけど、最期の力を振り絞ったのか、爺ちゃんは唐突に意識を取り戻した。
そして情けない顔をしたオレにこう言ったんだ。
「下を向くな。強く在れ、武。ありがとうよ……。」
そしてそれきり閉じた眼は二度と開くことはなかった。
全く、本当に、あなた方は。
揃いも揃って、最期の最期までそれですか。
ありがとうはこっちのセリフでしょうが。
身内と呼べる人間は居なくなってしまったけど、この言葉のおかげで、何とかオレは前を向いていくことができた。と、思う。
そりゃ悲しい気持ちや寂しさは物凄かったけど……。
何とか現実を受け入れて生活出来たよ。
ああ……。
やっぱりこの人達の血が流れていて良かったな。
少し早すぎるかもしれませんが、オレもそちらに行きます。
話したいことが沢山あるんだ……。
……しかし、他にも懐かしい映像が次々と流れてくる。
腐れ縁の友人ども(男)。
馬鹿な奴らだったけどいい奴らだったよ。
悪いな……。みんな。
ばか騒ぎした思い出や、喧嘩した思い出。
楽しかったよ。じゃあな。
あとは……結局結婚ってのはできなかったな。
家庭には憧れもあったんだけどな……。
女の子にはよく話しかけられてはいたんだが、仲良く話してると段々不穏な空気が漂ってきて、何 故かその子がそそくさと居なくなったりしてたな。
後は他の子が話に加わったと思うと、何か女の子同士で話があるとかで居なくなったり……。
思い出したら悲しくなってきた。
そういうお店なら先輩に無理やりつれられて行ったことはあったけど……正直心残りだ。
まだまだ様々な記憶が溢れてくる。
でも、悔いは残るが、そんなに悪い人生じゃなかったな。
ん。そろそろ、時間切れか……。
急に衝撃が襲ってきたと思ったら、オレの意識はそこで途絶えた。
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…………………………
……………………
………………
ここは、何処だ?
上手く目が開かない。身体も動かない。
どうなってるんだ。
痛みは無いけど……。
そうか。オレはトラックと衝突して……。
記憶もはっきりしないな。
だけど、まだ何とか生きていたみたいだな……。
しかし碌に動けないこの状況、けっこう重症かもしれない。
地面は固いし、病院じゃなさそうだ。
このままだとまずいかもしれない。
音もほとんどしないが、とりあえず誰かを呼んでみるか……。
くそっ。
しかも何か感情の制御ができないぞ。
「おぎゃー。おぎゃー。」
!?
!?!?
な、んだ?今のは?
赤ん坊のような泣き声が……。
え?オレが出したの?
「う、うあ。あう。」
声もまともに出ない。
ま……さ……か……。
オレ……赤ん坊に……なってない?
あ、いかん。また……。
「おぎゃああああ。おぎゃああああ。」
……。
ふう……。何とか落ち着いたか。
やっぱり感情が上手く制御できない。
どうなってるんだ……。一体。
オレが赤ん坊??
じゃあ……これって……前世の記憶ってやつ?
…………えっ?