小豚の復讐
豚が様々なものをディスってますが、これはあくまでフィクションです。
我輩は豚である。名前はまだない。
というか、家畜に名前をつける奴なんているのかよ。特に豚に。つかオレ、我輩とか言うキャラじゃねぇし。
じゃあ、何豚が喋ってんだよって? いいじゃねぇか。豚にだって豚なりの小言や文句の数々があるんだ。普段はあんだけ人間サマにへいこらしてんだ。ちったぁこっちの愚痴くらい聞いてほしいもんだね。
そもそも、そもそもだ。なぜオレたち豚が家畜の底辺みたいな扱いを受けにゃならんのだ。家畜なんて他にも色々いるだろ。牛とか、鶏とか、馬とかさぁ!
なのに何? 「メスの牛のもえちゃんです。くさかんむりに明るいと書いて萌だよ」「学校の鶏、イチローって名前に決まったんだぜ。あのトサカがでかくてカッケー奴な」「ウチの為五郎は駿馬さ。そんじょそこらの馬に負けるもんかよ」──ふざけんな!
くさかんむりに明るいで萌って何? フツーじゃん! フツーにいるよ。人間のもえさん大抵そうだよ。牛だから特別とか思ってんの? 親しみなんて湧かねーよ。「萌え〜」とかもはや死語だよ気持ち悪いよ。それにオレの知ってる萌ってやつぁな、ロクでもねぇ女ばっかりなんだよ。「餌やり忘れた」っつってオレを飢え死にさせそうになった奴も、「わぁ小豚さんだぁ、可愛い」ってペットにして三日で売りやがった奴も、動物園のふれあいコーナーでオレの尻尾踏んだ幼児もみんな名前が「もえちゃん」だったんだよ! 字は知らねーけどな。
それにイチロー、トサカがでかい鶏なんてただの鶏じゃねーか! 鶏みんなトサカでけーよ。言うほどカッコよくもねーよ。すっげーフツーだよ。名付け親と鶏のイチロー、全国のイチローさんに謝れ。
駿馬がどうした為五郎! 馬はな、基本的に足が速いんだよ。あ゛? 鈍足のお前が言うかって? 五月蝿い! テメェなんざ馬刺にされて食われちまえ!!
……で、結局他の家畜を罵倒しまくるオマエは何なんだって? さっきも言ったろ。名もなき豚さ。
オレには何の取り柄もねーよ。名前もなけりゃトサカもない。おまけに鈍足、食って生きるしか能のない家畜だろうさ。食肉にされて終わり。それが人生ならぬ豚生ってヤツだろ。と、オレのオヤジ…………………………………………かどうかは知らねーけど、一時期一緒にいた老いぼれ豚が言ってたことよ。まあ、そのじーさん、病気で食肉にされることのなかった、珍しい豚生を全うしたんだけどさ。
オレは陰ながらそれを看取ったとき、違うと思ったんだ。ただ人間サマにへいこらして、食っちゃ寝の生活の果て、食肉として人間サマの胃袋に消化されるだけが、豚生じゃないと──オレたち豚の宿命じゃないと思ったんだ。
だからオレはオレなりに反旗を翻す。
どんな運命の悪戯か知らんが、オレは数奇な豚生を歩んできた豚だ。偶然空いていたというか、単にオレが小さかったせいか檻から出、父母兄弟と生き別れ、気紛れに拾われた。餌に不自由しない生活に満足しかけていたとき、そいつがオレを食おうとしていることを知り、逃げた。
また拾われて、今度のそいつはギャンブラーだった。そいつはずいぶん豚懐っこくて、豚のオレに色々教えてくれた。そこで嫌な言葉をたくさん覚えた。そいつは自分の女房をつまらん女だと「メス豚」呼ばわりし、実は前科持ちでブタ箱入ってたという身の上話をしてきたり。
おい、人間の世界にもっとマシな「豚」のつく単語ねぇのかよ! と呆れ果てたオレにトドメを刺したのが、ポーカーの「ブタ」だ。ワンペアすら揃っていないボロッカスな手札を言うんだとよ。なんつー失礼な。
おまけに手札がブタで負けたそいつ、オレを賭けてやがった。こんちくしょー覚えてやがれ!
つーわけでオレはペットショップ行き。ま、家畜よりゃ、愛玩動物として扱われる方が大分マシ……と思ったオレだが、読みが甘かった。豚がペットショップの店頭に並ぶわけもなく、当然のように家畜。庭の小さい小屋で干し草を食らう日々。
そこへもえちゃんその一登場である。オレは忘れないぞ。オレを一目見たとき「わー、おいし、間違えた、可愛い」と言ったことを。絶対、あんとき「おいしそう」って言おうとしただろ!
その後も腹立つ。店主に「この子いくら?」ってもえ一号が訊いたらあんにゃろめ「無料」って言いやがったんだぞ? オレは売る価値すらねぇってか。
さてもえ一号、その後引き取り→でも育て方わからず→オレ、死にそう→あのクソペットショップに戻る、だよ!
すると今度は店主、オレをショーケースへ。なんと、ショーケースへ!! クソ店主なんて言ってごめんよ。あんたは今日から店主サマサマだ!!!! ……と、この上ない感動に浸っているところへもえちゃん二号登場! その後三日でショーケース、困り果てた店主、動物園に売る。そこでもえちゃん三号との遭遇。Oh……思い出すだけで尻尾が痛いぜ。
でも謝りもしねーのな。
お産前のパンダとかには「大丈夫?」とか、怪我して弱ってるサルには「痛いの痛いの飛んでいけー」とか。
テメェが飛んでけ!!
なんだこの豚差別。豚は食うと美味いからそのときしかキョーミねーと? 豚には食肉としてしか生きる道がないと?
ふざけんな! 豚にだってなぁっ、意志はあんだよ。見た目が鈍重で実際鈍足で、その足何気に美味くたってなぁ、オレらだって頑張れば、食肉以外の方法で人サマの役に立てるんだ。そう、例えば
世界だって
救えるんだよ!!
オレはそれを証明するため、旅に出た。
結果、どうなったかというと
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あるときから、地球に魔王が現れ、強大な力で人間を支配するようになった。人間だけではない。魔王はやがて全生態系を脅かす存在となり、事実、牛や鶏、馬など、人間にとって身近だった生物さえ、死滅させた。
そんな中、しぶとく生き残る陸生生物がいた。
豚である。
ある一頭の豚が、数奇な運命の下、野生化して生き永らえ、復讐のときを待っていたのである。そのため自然、家畜だった彼は強くなり、子孫も強く育った。数奇なその人生ならぬ豚生の最中、人語も解するようになり、コミュニケーションも難なくこなした。
魔王が世を牛耳った時代を魔世紀と呼ぶのだが、魔世紀二代目──つまり、二人目の魔王が現れ、破壊の限りを尽くそうとしたとき、その前に立ち塞がるものがあった。
豚である。
腐敗した人間を見てきたもの同士、語らい合う必要はなかった。魔王もまた、人間に蔑ろにされて生きてきた者であったから。その豚の目に宿る老練な輝き一つで魔王は彼を同志のようにさえ感じ、その存在を認めた。
けれど、その意志が破壊にないことも悟っていた。
人間に己が価値を、その真価を認めさせる。
その強き光に魔王は問う。
「お前、名は?」
豚は言う。
「名など無い。無くていい。オレは豚だ」
「ふむ」
「食いたきゃ食えばいい。いや、食え」
歴戦の猛者の光を湛えた瞳は魔王に臆することなく、毅然と言い放った。
ただ、
今後千年、
人の世を滅ぼすな。
──と。
その決然とした瞳に魔王は笑い、応と答えた。
「その肉体にそれだけの価値はある」
たかが豚、されど豚。
その志は、人以上であると魔王は認めたのだ。
そして千年、人の世は保たれたのだ。一頭の豚によって。
しかし、それを知る人間は少ない。
それでも豚は世界を救ったのだ。その血肉と、並々ならぬ覚悟で。
人知れず、世界は安寧を得た。
豚というにはみすぼらしい豚によって。
骨までしゃぶられながら、豚は思う。
どうだ、人間サマよ。テメェらがただの家畜だと歯牙にもかけていなかった豚に、あんたらの食いもんでしかないと扱われていた豚に、あんたらは救われようとしている。
それでも豚をまだ蔑むか? ──まあ、それもいいだろう。オレは所詮、豚だ。
けどな、今後千年、安寧を得るあんたたちにとって、変わらねぇ事実がここで生まれてんだ。
いいか、よーく覚えておけ。
豚にだって、
世界は救えるんだ。
それが豚の、豚なりの復讐だった。
大事なことなので、もう一度。
これはあくまでフィクションです。