ねえ、女神様。『略取・誘拐罪』って知ってます?
ノリと勢いで書きました。後悔も反省もしている。
朝、いつも通りの教室。俺はいつも通り自称・友達たちに作った笑顔を振りまいて自分の席に座った。
そして朝のSHRまでいつも通りに本を読みながら担任の教師が来るのを待っている。そんな、いつも通りの何の変哲もない日の筈だった。
突然、床が光りだして目を焼いたかと思えば見知らぬ白い空間に俺たち3-Bのクラスメイトは立っていた。
「初めまして、私は玉依姫と申します」
何だ?一体なにが起こったんだ?
そう混乱している俺たちの耳に聞こえてきたのはそんな自己紹介だった。
ふと、視線を上げると空中に白い衣を身に纏った黒髪の美人がいて微笑んでいる。美人さんは俺たちを見渡し、一礼すると話し始める。
「皆様、色々とおっしゃりたいこともあると思いますが先ずは少し話を聞いて頂けないでしょうか?」
周りのクラスメイト達は黙って話を聞く姿勢になっているので俺も大人しく話を聞くことにする。
そして美人さんが話を始めたが、どれも荒唐無稽で信じることは出来なかった。まとめるとこんな感じだ。
・この世には俺たちの住んでいる『地球』のある世界以外にも無数の『異世界』がある。
・その中の異世界の1つに剣と魔法の所謂ファンタジー世界がある。
・その世界は魔王という存在が人間を滅ぼそうとしている。
・その世界で人間が異世界(この場合は俺たちの世界)から『勇者』を召喚する魔法が使用された。
・召喚魔法は失敗したが不憫なので何とかしようと美人さん(玉依姫)は考えて俺たちを呼び寄せた。
・俺たちに力を与えるのでその世界に行って魔王を倒して欲しい。
正直、馬鹿にしてるのかと考えたが、それだと俺たちのこの状況が説明できないので取り敢えず信じることにした。
クラスメイトは驚きに固まったり、混乱していたり、ガッツポーズをしていたりと様々な反応をしている。
だが、俺は極めて冷静に状況を判断して美人さんに話しかけた。
「幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
クラスでは中心人物の1人である俺にクラスメイトも静かにことの成り行きを見守っている。
俺は息を吸い込むと、話し始める。
「まず1つ目の質問ですが、なぜ俺たちを選んだんですか?」
「あなた方は私の力との親和性が高く、真っ直ぐな方が多かったからです」
「なるほど。では次の質問ですが、なぜ貴女が直接その世界を救おうとしないのですか?」
「私がその世界に干渉しようとすると大きく力を失ってしまい、あなた方の時間で1年ほど力を全く扱えなくなるからです」
「わかりました。では次の質問ですが…………」
こうして美人さんと質疑応答を繰り返していくが、分かった事がある。この神様はタダの馬鹿だ。それも、俺たち人間を見下している。まあ本人は気づいてないようだがな。
「ふむふむ、よく分かりました」
「わかってもらえましたか。それは良かった、ではそろそろ異世界に……「ああ、ちょっと待ってください」」
俺は直ぐにでも俺たちを移動させようとした美人さんの言葉を遮って言う。怪訝な顔をする美人さんだが、俺の背後にいる悪友達は胡散臭さに気がついたようだ。
「では1つ目。貴女、本当はその世界を救おうとしていませんね?」
「何を言っているんです⁉︎私はあの世界を救おうと……⁉︎」
「黙れ」
俺の殺気を込めた声と視線に美人さんが息を飲み、言葉を止める。
「いいから黙って聞け。根拠はいくつもある。お前が本当にその世界を救おうと思っているのなら、自分で救えばいい」
「だから言ったでしょう?私は直接干渉する事が……」
「出来るだろう?お前が本当にその世界を救うつもりなら自分の1年を犠牲にしてでも救うはずだ。それをしないってことは、その世界より自分が大切ってことだろう?」
「でも……」
「それに俺たちに力を与えるから世界を救え?そもそも俺たちを呼び寄せた時点で犯罪だよ?玉衣姫って日本の水を司る神様だから今の日本の法律くらいわかるでしょ?略取・誘拐罪って知ってる?」
「そ……」
「今回の場合は俺たちを攫って異世界に移し、そこで世界を救う為に働かせるわけだから刑法224条、225条、226条の違反だよ?ねえ、女神様。略取・誘拐罪って知ってます?日本の神様が日本の法律を守らなくてどうするのさ。貴女は犯罪者と同じなんだよ、わかる?というかそもそも関係ないことに俺たちを巻き込まないでくれる?俺たちはその世界に何の関係もなく、日々を平和に過ごしていたわけ。そこで急にあんたに他の世界を救う為に拉致されて送られてたら俺ら死ぬかもしれないんだよ?力をくれるって言ってたけど言語の問題は?病気は?文化は?色々と問題が有るんだよね。貴女がそんな中途半端な正義感なんぞを持たずに大人しくしてれば俺たちは困ることなかったんだよ。俺たちは受験生なわけ、分かる?勉強して大学行く為に努力してんのよ。日々の数十分だって貴重な勉強時間だし、無駄にできないんだよ。そもそも、その世界を救ってこっちに戻ってきたとしてどれほどの時間が経つと思ってんの?1年かかっただけで俺たちは高校生をやり直しだよ?高校留年した奴らなんて企業は雇ってくれないぞ?そうすると俺たちは働き口がなく、金もなく、日々を貧しく生きなきゃいけない。そこまで考えてるの?貴女は神様だからいいのかもしれないけど俺たちは人間だからそういう所が有るんだよ。だから貴女の都合は知ったこっちゃないし、押し付けないでくれ。そこまでわかったらすぐに俺たちを元の教室に戻せ。いいね?」
「…………はい」
元気をなくした美人さんは俯いて涙を流しながら手を振った。
気がつくと俺たちは元の教室に戻っていた。時間は…………大丈夫だ、2分しか経っていない。
まあ、何事も平穏が1番。
あの美人さん、少しは誘拐罪の重さをわかってくれたかね?