1:4 耳が聴こえるようになり、
一瞬そう思ったが違うようだ。
炎、
炎だ。
睫毛のすぐ先には、踊るように揺らぐ紅の炎がみえた。
これだけ近くに炎があれば普通は熱いし、睫毛だって焼けてちりぢりに燃えてもおかしくないのだが。
この炎は普通のそれとは違うらしい。
不思議で超次元的な炎は≪レヴァテイン≫という武具の特徴。
どういうわけだか、≪レヴァテイン≫の持ち主のガープがレムの鞭を防いだようだ。
ガープの妨害で、レムの声に怒りが滲む。
「邪魔する気なん? ガープ…」
「いい加減にしろよ、レム」
スッと目の前の視界から炎が遠ざかった。
炎に包まれた盾を降ろしたガープがピシャリとレムに言い放つ。
「クリスを虐待したら俺が許さない」
お、
お、
おおおおおおお~~~~~~!?
一瞬、ガープが正義のヒーローに見えてしまった目を、急いでゴシゴシとこすった。
これは仲間割れだ。
私の祈りが天に届いたのだろうか!?
ガープの手にした炎の盾が揺らぎながら形を変えた。
彼が持っているのは≪レヴァテイン≫と呼ばれる紅炎の武具で武器にもなるし、防具にもなる。形状が自在に変化する驚異的な代物だ。温度、質量すら変えられる≪レヴァテイン≫は、物理法則を全く無視した、とにかくすごい伝説の武具らしい。(いつもは鍋とかにしているけど)
レムの武器はさっきの鞭だか、レムはそれだけではない。
多数のモンスター達を従属させる、モンスター使い(ビーストテイマー)。配下を呼びつけ、数の利を得る事が出来る。(実を言うと私もレムに従属させられているうちの一人だけど)
とにかく、ガープとレムが本気で争えばどちらも無事じゃすまないだろう。
然り。これはまたとない絶好のチャンス。
うまく相討ちしてくれたら、自由になれる!!
私は奉心し、固唾を呑んで見守った。
レヴァテインがガープの両腕を絡む様に包み、鉤爪の形を成した。
武装したガープをギロリと睨みながらレムが啖呵を切る。
「やんの? 上等やんか!!!」
レムの鞭が大きくしなってガープへと伸びた。
鉤爪と鞭、間合いが違いすぎる。
ガープの鉤爪では、二、三歩詰めないとレムへは届かない。
この距離で爪は圧倒的に不利だ。
レヴァテインはどんな形状にもなるというのに、なんというチョイス……。
ガープは戦いのセンスが皆無なのではなかろうか。
そんな事を考えている間に、レムの放った鞭は生き物のように鉤爪に巻きつく。
ガープは完全に鉤爪ごと捕捉された。
達人の勝負は一瞬で決まるというが、これは勝負にすらなっていない感じが否めない。
『虐待は俺が許さない(キリッ)』と期待させておいて、結果がコレか。コレなのか…。
呆れて溜息が漏れそうになった瞬間、ガープの鉤爪がカッと光った。
白い閃光が射るように広がり、そのまばゆさに目が眩む。
視界が戻った頃には勝敗はついていた。
焦げた匂いが辺りに漂い、レムの鞭は無残に灰と化して床に散ってしまっている。
自前の武器を失ったレムが悔しそうに唇を噛んだ。
「なんでそんなにクリスを庇うん!?」
「俺はクリスを庇ってるんじゃない」
「だったら、なんで……!」
「俺はお前に、人間みたいな残虐な事をしてほしくないんだ」
あの…!
聞き間違いですか!?
人間みたいな残虐な事って……?
残虐って言うのは、そこにいるレムのような者を指して言うんですよ!?
レムがうつむき、ぼそりと呟く。
「そうやな…。さっきのオレ…、人間みたいに残虐やな……」
レムの目にキラリと涙が光り、流星のようにすうっと流れた。
なんで泣くッ!!!!
そこ、泣くとこなのか!?
っていうか、『人間みたいに残虐』って何だよソレ!
どんな思考回路してんだよ!
声を大にして言ってしまいたいが、謝罪ですら耳障りとしか思わないようなレムにツッコミ入れる勇気は無い。
口は災いの元。
キジも鳴かずば撃たれまい。
ここは黙って様子をみるのが最も安全だ。
ガープはレヴァテインの武装を解除し、レムの肩にそっと手を乗せた。
「人間は生き物の皮を剥いで其れをまとって喜んだりするし、活き作りといって苦しみもがく生物を見ながらその身を食べ嬉しがるし、骨を砕いて動物のエサに混ぜ共食いまでさせる……。俺達はそんな人間達とは違うだろ」
「うん……」
「クリスの事はしばらく俺に任しておけ」
「うん。わかった…」
レムは素直に頷きながら涙を拭った。
変だ。
変な気持ちだ。
人間が正。
魔族が邪。
間違ってなんかないはずなんだ……。