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5:4

 

 私は屋敷の中をあちらこちらと歩き回ってレムを探した。

 種族という線引きで私が苦しんでいるのと同じように、レムは性別という線引きを感じて苦しんでいるのだ。女を疎むガープの発言にきっと傷ついてるに違いない。そう思うとレムを放って置けなかった。

 しばらくして窓の外にようやくレムの姿を見つけ、急いで表に出た。

 

 レムは立ったまま、薄く雲がたなびく空をじっと見上げていた。

 切なく佇むその姿に胸の奥が苦しくなるのを感じながら私は声をかけた。

 

「レム、あの…」

「なんや?」

 

 こちらには目もくれず、上空を見つめたままのレム。

 

 ああ、こんな時はなんと言ったらいいのだろうか。

 励ますべきなのだろうか。

 それとも慰めるべきなのだろうか。

 どちらもレムの気分を逆撫でしてしまいそうな予感がする。

 もしかすると、そっとしておいたほうが良かったのかもしれないと、声をかけたことを後悔した。

 

 然るべく気の利いた言葉も浮かばずに、立ち尽くす。

 森の香りをまとった風がゆるやかに吹いて、屋敷を囲む樹々が小さくザワザワと揺れた。

 

 空を見上げていたレムが不意に視線を移し、私を見て口を開いた。

 

「なぁ、クリス」

「は、はい」

「服脱げ」

「えッ!?」

 

 いきなり服を脱げとは…。

 それはどういう意味で言っているのだろうか。

 

「せ、洗濯なら自分でしますから……」

「洗濯したくて脱げって言うとんやない」

 

 だったら、なんだろうか。

 もしかして、私の性別を疑っているとか。

 

「たまに間違われますけど、私は男ですよ」

「わかっとる。早よ脱げや」

 

 本当にわかって言っているのだろうか。

 私が男だと解った上で服を脱がしたがるなんてちょっとそのなんというか……。

 

 狼狽している私を、短気なレムが押し倒した。

 レムは上に乗って、私の服に手をかけ一気に引き千切る。ビリリと服が裂け、上半身は裸同然になってしまった。

 積極的すぎるレムに動転しながら、私は慌てて告げた。

 

「こ、こういうことは順序が……!!!」

「順序なんてオレが決める。オマエはオレのものやし」

 

 レムのその言葉は、しっかりと保っていたはずの私の理性を一蹴してしまった。

 どうしようもなく高まる高揚感に、血が滾り、体が疼き、心が一気に欲望に呑み込まれる。

 もう! なにもかも捨て去ってレムの求めに応じたい!



「楽しそうだね。僕も混ぜてよ」

 

 いつのまにやら姿を現したシアンの声にレムの手が緩んだ。

 燃え上がった感情に水が差されても尚、私の心臓はドキドキと鳴り止まなかった。

 

「残念やけど、遊んでたわけやない」


 そう言いながらレムは私の体の上からするりと降りる。

 気が抜け、私は息を漏らした。

 今の私の心の中は複雑で、一言では言い表せられない。そんな自分の心の中もさることながら、私はレムの気持ちが気になった。

 

 遊びじゃないってことは……つまり本気で…

 

 

 シアンがフフッと笑った。

 

「わかってるさ。彼が触媒を他に隠し持っていないか調べていたんだろ。僕ら魔族が撕開不相交の術リフージを使っていないとすれば、クリス君がなんらかの魔法を使ったと考えるのが一番自然だからね。レムが奪った触媒以外にも別の触媒を持っていれば多少は納得がゆく」

「けど……やっぱり持っとらんみたいや」

 

 ああ! 然り。

 冷静に考えてみれば、私を嫌っているレムが求愛してくるなんて事はありえ無いのだ。

 期待が高いところまで上り詰めていた分、叩き落とされた時の衝撃は大きい。

 単なる持ち物検査だったのだと知った私は気力を失ってふさぎ込んだ。

 

「それにしても、クリス君。乱暴に服を剥がされてしまったもんだね」

 

 シアンの物言いに不穏な空気を察知して、私はギクリとした。

 大急ぎで起き上がろうとしたが、あっという間にシアンに組み敷かれてしまう。

 目の前に迫るシアンは魔性の笑みを浮かべた。

 

「その姿、随分とそそるよ」


 卑猥な手つきでシアンの指が素肌をなぞってゆく。

 私はひたすら恐怖を感じ、青ざめた。

 

「ねぇ、レム、クリス君を味見したことはあるかい?」

「無い」

「じゃあ、僕が初めてかな」

 

 ゆっくりと体を這っていたシアンの指が一旦離れ、首の付近をかすめた。同時にピリッとした痛みが首筋に走る。

 どうやら爪かなにかで引っ掻かれたようだ。そんなに大袈裟な痛みでもなく、たいした傷ではないと想像つく。

 多分ちょっと血が滲むくらいのものだ。

 だからダイジョ……

 

 ぺロリと首筋を舐められ、私は悲鳴をあげて身をすくめた。

 

「フフッ。人間の味だね」

「あたりまえやろ。そいつ人間なんやから」

「本当に人間なのかちょっと疑問を持ったんだよ。人間のふりをしてる|同胞(魔族)もいるからさ。しかしクリス君は普通に人間だね。とても美味しいし、興奮する……」

 

 シアンは笑みを浮かべたまま、怪しく光る目を細めた。

 体は完全に押さえ込まれ、どうあがいても逃げられそうにはない。

 このまま食べられてしまうのだろうか。考えたくないが、その可能性が高い。

 運命だとしても、素直に受け止める覚悟ができない。

 

 絶体絶命の絶望感に震えていると、唐突にレムがビシッと鞭を鳴らした。

 

「なぁシアン。勝負、まだついとらんかったよなぁ」

「勝負?」


 シアンが怪訝に眉をひそめる。

 周囲が急に陰って薄暗くなった。

 

「そうや。首に縄かけて引きずりまわしたるって言うたやろ」

 

 なにやら不審な気配を感じ上空を見上げると、空には大小さまざまな鳥達が太陽の光を遮りながら旋回していた。

 屋敷を囲む森の樹々の間にも、獣たちが控え合図を待つかのように目を光らせ構えているのが見える。

 

 レムは、シアンに仕返しするために配下を呼び集めていたらしい。おそるべき執念深さだ……。

 

 シアンはすくりと立ち上がった。その顔にわずかな焦りがうかがえる。

 束縛から開放された私は気取られないようにそっとシアンから離れた。

 

「かかれ!」


 パン! と鞭で空気を弾き、レムが号令を出した。

 

 空から、森から、猛獣たちが一斉になだれを打ってシアンへと飛びかかる。

 怒涛の猛攻をシアンは紙一重で次々とかわしていった。脅威の反射神経と驚くべき運動能力だ。

 レムの呼び寄せた猛獣達は一軍にも匹敵する数で、絶え間ない波状攻撃を仕掛け続ける。

 鳥や獣が目の前を行き交う様を呆然と見ていた私を、レムが一睨みした。

 

「なに、ぼさっとしとるん。オマエも一応オレの下僕やろ。とっとと行ってシアンに一撃かましたれ」

 

 レムがキラリと光るものを投げよこす。落ちてきたものは、サクリと地面に突き刺さった。ナイフだ…。

 レムは顎でシアンのほうをくいっと示す。

 いくら変な事をされそうになったからといっても、こんな物を持ってシアンを攻撃しようなんて気には私はなれない。

 拾い上げる事も出来ず、地面のナイフを見つめていると、その横を紅い石粒のようなものがコロコロと転がって通り過ぎた。

 

 動く石粒を目で追っていた次の瞬間、

 突如火柱が立ち上がった。

 あっという間に目の前一面が燃え盛る火の海となった。レムの姿も炎の渦の中に呑み込まれる。

 私は我を忘れて猛火の中に飛び込み、レムの手を掴んだ。その途端に、ふっと炎が消え去った。

 

 幻でも見たのだろうか。

 炎の真っ只中にいたはずなのに、髪の毛一本も燃えてはおらず、それどころかよく考えれば熱さも感じなかった。

 足元には先ほど転がっていた石粒が紅の灯火をまとって小さく揺れていた。

 もしかすると今のは幻なんかではなく、ガープのレヴァティンによる火焔だったのだろうか。

 燃える石粒はふわりと浮き上がり、屋敷の方に向かって飛んでゆく。

 その先には、予想どうりガープの姿があった。

 

 窓枠から僅かに身を乗り出したガープが「あんまり派手に暴れるなよ」とレムをたしなめる。

 ガープの技のほうが派手だと思ったけれど、あえて口には出さなかった。

 さっきの炎は場を鎮めるための牽制だったようだ。

 シアンを攻撃していた猛獣たちもピタリと動きを止めていた。

 

「かる~いデモンストレーションや」

 

 そう答えるレムが結構本気でシアンを倒そうとしていたのを私は知っている。

 シアンはシアンで、ぜいぜい息を吐きながら、

 

「ふ…久々にいい運動になったよ……」

 

 なんて言って格好をつけている。

 

 ガープは溜息を一つだけついて、屋敷の中に引っ込み、シアンも早々と帰っていった。

 レムは不満げにフンとすね、それから鋭い眼差しで私を見上げた。

 

「手を離せ」

 

 私の手はレムの手を握りしめたままだった。

 私は一瞬躊躇してから命令に従って手を離した。

 

 レムは身を翻して控えていた猛獣達に合図を出して解散させると、そのまま颯爽と屋敷の方へと歩き出した。

 

「レム!」

 

 私は咄嗟にレムを呼び止めた。手の中にまだレムの体温が残っている。

 

「なん?」

「す、す、好きな食べ物はなんですか?」

 

 勇気を振り絞って尋ねたら、レムは怪訝に眉を寄せてスタスタとこちらに引き返してきた。

 至近に立ったレムは玻璃のような瞳を向けた。冷たさ漂うレムの美しさはガラス細工を連想させる。こんなに近くにレムの顔があると、息をすることさえためらわれた。

 スッと伸びてきたレムの細い指先が首元に触れただけで私はたちまち赤面した。


「オレを煽ってんの?」

「いいえ」

 私は慌てて首を振った。

 

 なぜレムが煽りだと思ったのか私にはピンと来なかった。

 訝しむように目を細めるレムに説明を付け加えた。

 

「森に果物を採取しにゆくので何か好きなものがあったら、と思って」

 

 レムは視線を横に逸らしながら小さく何度かうなづいた。

 何か変なことを言ってしまったのだろうか。

 興ざめしたようなレムの素振りに、私はモヤモヤしてうつむいた。

 

「――雲粒(スキュティア)

 

 レムがぽつりとつぶやく。

 

「雲粒の木の露。オレの好きな物」

 

 レムは突き放すようにそう言うと、さっと屋敷へ戻っていった。

 

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