5:3 けして白くなることは無い
木の実と果物が中央に置かれたテーブルを囲んでガープたちは席に座った。
ガープは隣の空いているイスの上をトントンと叩く。いつものごとく、私に座るように促してくれているのだ。ガープに勧められた席に私も座り、テーブルに就いた。
初めの頃はレムと同じテーブルに就くことをはばかっていたが、ガープに半ば強引に座らせられるようになり、一緒にテーブルを囲むのが普通になっていた。もちろん最初のうちはそのことでレムが大いに激怒したが、いまではレムも文句を言わなくなった。時々、レムの冷やかな視線が飛んではくるけれど。
果物や木の実を手にとって、レムもシアンもおもむろに食べ始める。私は心の中で食前の祈り唱えた。
ガープはシアンと会話しながらも、片手で果物を取って私の目の前に運んでくれた。ガープのこういうさりげない気遣いは心に響く。感謝のしながらガープから果物を受け取り、かじった。
ガープ達の話題は撕開不相交の術とやらに関してのものだった。
ナイフが消え、床がえぐれたのはその撕開不相交の術なのだとシアンは主張した。
私にとっては今まで耳にしたこともない術だ。そもそも物体を消し去るなんて人間の使う魔法の常識を超えている。
人間が使う魔法とは全く異なる彼ら独自の術なのだろう。にしても、そんな術が存在するなんて恐ろしいことだ。使い方によっては世界を滅亡させることすらできるのではないだろうか。
「本当に撕開不相交の術だったのか?」
「あんな風に一瞬で徹底的に破壊するなんて撕開不相交の術だとしか思えないよ」
「けどさ、それを使えるのはアイツだけだろ。もし仮に、他に使えるヤツがいたとしても、誰が使ったって話になる」
「僕じゃない事は確かだ」
「オレやない」
「俺も違うぞ」
「……。だとしたら残るはクリス君しか居ないね」
急に出てきた自分の名前に驚いて果物を落としかけた。
「クリス君、君、何かしたかい?」
注がれるシアンの視線に私は首を振って答えた。
「いいえ、何も……」
「撕開不相交の術は魔族の技だし、人間は論外だろ」
「人間が使う魔法に似たようなものがある可能性は皆無じゃない」
「クリスの触媒アイテムはオレが持っとるから、魔法使えんはずやけど」
「そしたら考えられるのは一つだな」
「何?」
「天罰だ!!!!」
ガープの一言に、私は食べていた物をぶっと吹き出しそうになった。
魔族が天罰を口にするなんて夢にも思わなかった。
レムとシアンは同時にため息をつく。
「アホらし……」
「期待してなかったけどね」
「なんだよ。他に何が考えられるんだよ。どうせシアンがレムにちょっかいでもかけようとしたんだろ」
「マァ、確かにレムに手を出そうとはしたけどね」
「レムは男だろ。見境ないヤツだな、全く」
シアンは呆れ返った顔でレムの方にチラリと目を遣った。一瞬だけだが意味深な目配せだ。おそらく、シアンはレムが女だということを知っている。
「僕はね、性別なんて気にしないよ。でも好みじゃなかったら手は出さない。どちらかと言えば、昔のガープの方が見境なかったんじゃないかな。女と見ればすぐに手を出してハーレム作っていたのはどこの誰だったかな」
ガープはいきなり頭を抱え込んだ。
「うああああッ! その話は止めてくれ…」
「女に入れあげた挙句、まんまと騙され利用されて……。僕ら魔族が壊滅的な被害を被ったのはガープ、君のせいだったと記憶しているけどね」
ガープがハーレム……。ちょっと意外だが、想像できなくもない。普段のあの何気ないスキンシップやさりげない気遣いは、女性を口説くうちに錬磨されていったものだとすると納得がいく。
女に騙されて……。これはなんとなく解る。ガープは疑いを持たない性格みたいだから。
しかし、魔族が壊滅的な被害を受けたのがガープのせいだというのは、どういうことなのだろう。一体何をしたのか、多少気になる。
両手で顔を覆ったまま、ガープは呻いた。
「その事に関しては猛烈に反省しているんだ……。女なんかにはもう二度と近寄らない!!」
レムが食べかけの木の実を置いて、そっと席を立つ。
ガープとシアンの会話を聞いていた私は、レムが女であることをガープに隠してわざわざ男装している理由をなんとなく理解した。
席を離れるレムを横目で見ながらシアンは言った。
「ガープ、君は実に罪深いよ」
「もうっ、頼むから昔の話は勘弁してくれ」
かすれた声で嘆願するガープにシアンは肩をすくめ、話題を変えた。
「ところで、僕を呼んだ理由はなんだい?」
シアンはなぜか私の方を見ながら、ガープに尋ねた。
「ん…、ちょっとな……」
歯切れ悪く答えながらガープも困った表情でこちらを見つめる。
どうやら私は話の邪魔らしい。
レムの様子も気になっていた私は、そそくさと退席した。




