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5:1 足元に広がる黒い染み

 

 

 暗い洞窟を私は必死で逃げていた。

 

 

 何かが背後から追ってくる。

 

 絶対に振り返ってはいけない。

 決して見てはいけない。

 

 執拗にどこまでも追いかけてくる。

 走っても走って走り続けた。

 とにかく追いつかれるワケにはいかない。

 

 

 必死に走り続けていた私は、そのうちぬかるみに足を滑らせ転んだ。

 慌てて起き上がろうと手元にあったものを掴む。

 掴んだ物はにゅるりと潰れ、手にはぬめぬめとした不気味な感触となにやらぞわぞわする感触が残った。

 荒く息を継ぐ私の呼吸音以外に、ぴちゃぴちゃと水を弄ぶような音が僅かにだが、手の中から聞こえる。

 

 手に残った感触と妙な音が気になって手のひらをゆっくりと開いた。

 赤黒いどろりとしたものとそれから滲み出す褐色の汁。

 腐敗の進んで液状になりかけた果物のように見える。その溶けた果実の中に米粒のような蛆虫が泳ぐように這い回っていた。

 

「ウワァァァァアア!!!」


 叫ぶと同時に手を激しく振り払って、さっきまで手の中にあったものを打ち棄てた。

 地面に叩きつけられた腐った物体は、ビチャリ不快な音をあげる。

 

 手ばかり気にしていた私はやがて自分の足元に気づいた。

 初めは、泥が散らばっているように見えた。

 暗闇の中、目を凝らして絶句した。

 腹が引き裂かれ、内臓が飛び出した腐敗死体を踏んでいた。

 さっき、私が手に掴んだものは果物なんかではない。

 足元にあるこの死体の一部だ。

 蛆虫がひしめき合いながら死体を貪り、肥えた黄白色の身をくねらせ蠢めいている。その蛆虫達が新たな餌を求めるように、私の足元からわさわさと這い上がってきていた。

 

 声にならない叫びを上げながら払い落とすが、次から次に腕を、首を、もぞもぞと這い回り、よじ登る。

 急いでこの場から離れようと踏み出しかけた足が動かない。

 何かが足に絡まっていた。

 いや、違う……。

 絡まっているのではない。

 捕まえられている。

 腐乱死体の死蝋こびりつく骨手が私の足首を掴んでいた。

 既に命を失っているはずの骸が身をもたげ、目玉のない目で恨めしそうに私を見つめる。

 

 私は息を呑んだ。

 

――ああ、これは報いだ。

 

 心の中で呟いた私は背後に迫った気配を感じ心臓が凍りついた。

 

 ついに追いつかれた。

 追いつかれてしまった。

 

 

 ゆっくりと後ろを振り返った。

 

 私が必死になって逃げていたもの。

 

 それは

 

 それは……

 

 

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