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4:4 沈みゆく太陽はなぜあんなに赤いのだろうか

 

 

 

 真っ赤な部屋の中で私は目を覚ました。

 血で塗り上げたように、シーツも床も壁も何もかもが赤く染まっている。

 窓の向こうに、沈みかける夕陽が見えた。

 

 心の中は空っぽだった。

 大事にしていたのもが、消えてなくなってしまった。

 あるいは、

 はじめからなかったのかもしれない。

 

 

 やがて太陽は完全に沈んで、すべてが暗闇の中に溶けた。

 

 

 

 暗くて静かだった。

 何も見えず、何の音も聞こえない。

 自分は死んでいるような錯覚にとらわれる。

 死体さながらにベッドの上でじっと横たわっていた私の耳に、この部屋のドアが開く音が聞こえてきた。

 仄かな灯りが部屋を照らし、乾いた床を歩く足音がベッドへと近づく。

 

 レム?

 ガープ?

 どちらかなんて関係無い。

 どちらも魔族なんだ。

 

 私は頭の下にあった枕を握り締め、音のする方に投げつけ、声の限り叫んだ。

 

「忌々しい魔族め!!!」

「クリス…」


 枕を受け止めたガープはためらいの色を浮かべる。

 私は沸き立つ怒りのままに喚き散らした。

 

「人間を殺したいなら、私を殺せばいい!!!早く殺せ! 殺せよ!! 人殺しッ!!!!」

 

 ガープは黙りこんで、困ったようにうつむいた。

 反言しないガープに、私は更に腹が立った。

 

「どうして人を殺したりするんですか!!私はガープを信じていたのに!」


 ありったけの憤りをガープに叩きつけた私の剣幕に劣らぬぐらいの勢いで扉がバタン! と開いた。

 ギラリと瞳を光らせながらレムがツカツカと私へ向かってくる。

 

「信じてた? 笑わせんなや。魔族が人間を殺すのは当たり前のこと。オマエは勝手な理想像を押し付けようとしとっただけや。その通りやないからって喚き立てて被害者ぶるなんて、ホント人間ってどこまでも横着な生き物やな!」


「被害者ぶる? 奴隷にされてる私は充分被害者です! その上、同族である人間が殺されて憤りを感じないはずがありません。第一、人間を殺すのが当たり前なんて考え方はどうかしています!!」


「フン、人間だって鹿やオオカミを狩り殺すやろ」

「それは身を守るためだったり、食料にするためだったりちゃんとした理由が…!」

「オレらも同じ理由や」

「なっ…」


「喰うためだけに殺すこともあるけどな、人間はオレらを殺そうとする。すぐに仲間を呼ぶから、群れられる前に殺さないとこっちが危なくなる。殺すか殺されるかのどっちかや」

「人間を殺したり、た、食べたりなんかするから、人間だって魔族をやっつけようとするんじゃないですか!!」

「人間なんて、どうせぽんぽん子供産んでわらわら増えるんやろ。いっぱいおるんやから黙ってオレらに喰われとけばいいんや!」

「なんて事を…! 人間をなんだと思ってるんですか!!」


「その質問そっくりそのまま返したる。人間が他の生き物を殺すのは良くて、他の生き物が人間を殺すのはダメなんか? 人間が他の生き物を喰うのは良くても、ほかの生き物が人間を喰うのはいかんのか? お前ら人間だけは特別だとでもいいたいんか?」


「そんな事…」

 私は口篭った。

 

 どんな生き物も命の価値は平等だと思っている。けれど、本心からそう思っていただろうか。

 虫一匹と人間一人、どちらかしか救えないとしたら私は人間を助けるだろう。何十回、何百回そういう場面が訪れても虫を選ぶことはきっとない。

 狩をする人間の事を憎々しく思うことはないが、猛獣に人間が殺されると猛獣を憎々しく思うだろう。

 人間が奪った命と同じ数だけ人間の命を差し出せといわれたってできない。

 人間は神が創造した特別なものだという思いあがりが心のどこかにあるのかもしれない。

 

「さっきまでの威勢はどうしたん? 人間に住処を追われたり、喰い殺された生き物がどんだけおるんか考えたことあるんか? どんな理屈で正当化するんか聞いてやるから言ってみいや。ホラ、早よ言えや!!!」

 

 激しくまくし立てるレムに私は答えることが出来なかった。

 人間が生きるために他の生き物を犠牲にしている事は事実だ。でも、だからと言って他の生き物の為に人間が犠牲になるべきだなんて考えることはできない。

 私の考えは正しいようにも思えるし、間違っているようにも思える。

 何が正しくて何が間違っているのかはっきりとせず、高ぶった感情がただ悶々と渦を描く。

 

 眼光炯々と私の言前を待ち構えるレムをガープが制した。

 

「レム、もう下がってろ」

「やかましい! 邪魔すんな、ガープ!」

「俺がクリスと話してたのに、横槍入れてきたのはレムだろ」

「だってこいつ、人間本位な価値観振り回して腹立つんや!!」

「クリスは人間なんだから仕方ないじゃないか」

「ガープはいつもそうやってクリスをかばう! なんでなん!?」

「俺たちは友達だから!」

「ハァ!?酔狂にもほどがあるやろ!!一度死んで頭冷やしてこい!」

「クリスは真面目でいつもがんばってるし、いいところいっぱいあるんだぜ。ヤマトの怪我だってクリスが治してくれたんだろ」

「………クソッ!」


 レムは悪態ついて、乱暴にドアを閉めながら部屋を出て行った。

 

 

 

 

 レムが去ったあとも私はまだ考え込んでいた。

 いままで当たり前に正しいと思っていたことが、本当は正しいことではなかったかもしれない。

 じわりじわりと広がる不安は深い森で迷った時の感覚に似ている。

 どこにも道らしき道は見当たらず、自分がどのあたりにいるのかさえわからない。

 心細くなり、子供のように私は泣きたくなってしまった。

 

 部屋に残っていたガープが遠慮がちに無神経な事を言った。

 

「クリス…、晩飯作ってあるから食べにこいよ。なんなら持ってくるけど」

「いりません!」


 テーブルの上には殺したばかりの人間の血肉が並んでいそうで身の毛がよだつ。そうでなくても、人間を殺し、喰らうような彼らと一緒に食事をとるだなんて考えただけでぞっとしてしまう。

 嫌悪感に吐き気を催し、私は胸元をかき掴んだ。

 

「まだ怒ってんのか?」

「と、当然ですっ……!!」


 罪もない人間が殺されて憤りを感じずにいられるだろうか。

 殺された彼らの痛みや苦しみ、残される家族の悲しみを思うといたたまれなくなる。

 グっと胸が詰まって、涙がこみあげる。

 

 ふんわりと、ガープの腕が背中をつつんだ。

 人殺しの魔族なんておぞましい。レムもガープも忌々しい。

 そう思っているはずなのに。

 

 あまりに優しすぎる羽毛のような懐抱に、ほだされてしまう。

 暖かいガープの腕を振り払えない。

 優しくなんかされたくないと思いつつ、なんでもいいからすがれるものを求めていたのかもしれない。

 

 こぼれる涙が止まらずに、ひとしきり泣いた。

 

 

 すると、ガープは何を思ったのか…。

 私は驚いて飛び退いた。

 ガープが突然、妙な手つきで胸から腹部にかけて撫でてきたのだ。

 想像外の事態に、頭の中は真っ白になった。

 一体どういうつもりなのか!?

 まっ、まさか……!?

 

 私はすっかりパニックに陥って叫んだ。

 

「な、なにするんですか!!!」

「俺が殴ったところ、泣くほど痛むのかな~と思って……」

「え……」


 私は何を考えてたのだろうか。

 たちまち自分が恥ずかしくなった。

 

「も、もう、痛くないです…」

「そっか、よかった。じゃあ飯喰いにいこう」


 笑顔とともに向けられた手を思わず掴みそうになったが、この手で人を殺したのだと思うと、再び嫌悪感が湧き上がってきた。


「全然良くないです。食事もいりません」

「……腹、さすってやろうか?」

「そんな事じゃないんです!」


 苛苛として私は短く叫んだ。

 ガープはとぼけているんだろうかと疑ってしまう。

 じっとみつめてくるガープから目をそむけ、床に目をやる。

 

 シンと静まった部屋にガープの声がきりりと響いた。

 

「俺とおまえは違うから、おまえの考えや思いが俺にはわからない時がある。今もちょっとわからない」


 ガープの手が目の横をすっと通ったかと思うと、がしっりと両手で顔を挟まれた。ぐいっと強制的にガープのほうを向かされる。


「でも、俺はおまえの事を知りたい。だから言えよ。どうしたら良くなる?」


 ガープの瞳が目に飛び込む。いつ見ても綺麗な瞳だ。クールな透明感があるのに、温かみのある色合い。見ていると心が惹きつけられる。

 

 ガープは本当に…………空気の読めないやつだ。

 

 すっかり毒気をぬかれてしまい、あきれ…というよりもあきらめの心情になった。

 

「もう人間を殺したり食べたりしないでください」


 私はキッパリと言明した。

 もちろん、イエス以外の回答は認めない。

 渋い顔で眉を寄せて考え込むガープをじっとりと睨み付けた。

 

 寸刻の後、「わかったよ!」とガープが大きく息を吐き、右手を挙げた。

 

「今後俺は人間を殺さないし、喰わない」


 以前にも見た事のある誓いのポーズで告げる。

 胸の中が熱くなって思わずガープに飛びついた。

 

 ガープの誓いが嬉しかった。

 

 

 私は神職者失格かもしれない。

 

 

 菫色の瞳に祈ってしまったんだ。

 いっそのこと、迷いなんか感じさせないくらい、その瞳で惑わせて騙してくれと。

 

 




*1~2週に一回ぐらいのペースでの更新になります*

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