4:3 昼間に見た太陽の光は強すぎて直視した残像が目蓋に残る
三カ月間一緒に暮らして、たった三ヶ月間だけど、ガープの良いところも、レムの良いところもたくさん見つけた。
いつか街に戻ったら、皆に語り伝えようと思っていた。
魔族は邪悪なんかではない。
定型化されたイメージで私達は互いに誤解しているだけなんだと。
人間だとか、魔族だとかそんな偏見を捨ててしまえば、
理解しあい、
心を通じ合わせられると、
信じていた。
がむしゃらに私は走った。
肺が苦しい。
心臓が苦しい。
胸の中が切り裂かれるように痛む。
いっそ、本当にズタズタに引きちぎれてしまえばいい。
そしたら、
そしたら真実なんて追求せずに済むのに。
屋敷の玄関前にたどり着いた私は漆黒に塗られた大きな両開き扉に手を添えた。
今ならまだ引き返せる。
このままここを去れば、誰が人間を襲い殺したかなんて知らないままでいられる。
私はレムを、ガープを、疑っているのだろうか?
涙がこぼれおちた。
違う。
私は二人を信じてる。
これからも信じたい。
だから二人に会って聞きたいんだ。
『そんな事するはずがない』
と――。
腕に力を込めると、重く軋みながら扉が開いた。
ガープは家に戻っていた。
「クリス、おかえり!!」
いつもの明るい声でガープが出迎えてくれた。
「おい…、なに泣いてんだ?」
ガープは二階の手すりを身軽に飛び越え、風が舞うようにスッと私の目の前にやって来た。
「迷って心細かったのか? どっかでケガでもしたのか?」
引き寄せられ、柔らかな抱擁に包み込まれる。
春の陽溜りのような暖かさと心地よさ。
ガープがいつでも私を信じてくれたように、私もガープを信じよう。
だから……
ガープが低い声で呟いた。
「クリス……お前、人間の臭いがするな……」
「私は人間ですから」
「別の人間の臭いが付いている」
「ガープ、聞かせてください。昨夜、人間を襲いましたか?」
ガープはしばらく黙って、それから口を開いた。
聞き違いようの無いほどハッキリと彼は言った。
「一人、殺した。もう一人いたが逃げられた」
「どうして……?」
その言葉しか出てこなかった。
私はガープの服をちぎれそうな程握り締めた。
「どうして…、どうして、どうして!!!」
同じ言葉を繰り返し、喚き叫んだ。
「俺は魔族だから」と、ガープがぽつりと答える。
私は首を横に振った。
理由を聞きたい訳ではない。
どうして、どうして『違う』と言ってくれないのだろうか。『そんな事するはずがない』と言ってくれれば私はガープを信じるのに……。
だから、『違う』と言って欲しかった。
嘘でもよかったんだ。
信じたかったんだ。
「クリスには黙っとけってガープが言ったくせに、自分から喋ったん?」
吹き抜けの廊下から、あきれた声でレムが階越しに見下ろす。ガープはうつむいて顔を逸らした。
「まぁ、いい。クリス、お前の会った生き残りの人間はどこや?」
レムは一段一段階段を下りた。
「アイツ等、ヤマトにあんな怪我負わせたんや。捻り殺して、その死体に鞭でも打たんと気が収まらん」
ギラリと瞳を光らせるレムに私は声を荒げた。
「ヤマトはもう回復に向かってます! それなのに、そこまでする必要がありますか!?」
「ある。オレらは魔族やから」
さっき、ガープも言った。
"魔族だから"と。
魔族、
魔族!
魔族だってことはわかってた。
でも、私たち人間と同じように笑ったり、泣いたり、怒ったりする感情があるし、相手を思いやる気持ちも持っている。だから人間とか魔族とかは見た目だけの違いで心に違いは無いのではないかという気がしていた。
だがやはり、人間と魔族は見た目だけではなく、心の中も全く違うのだろうか。
魔族が何を考え、何を思っているのかわからない。
なにもかもが、もうわからない。
彼らが、人間ではないということ以外は。
レムは歩調を早めながら語った。
「昨日、森で人間みつけバラしとったら、その仲間にヤマトが切りつけられてな。家でヤマトを休ませてソイツら始末しにゆこうと思っとったんやけど、ヤマトの傷は思ってたよりひどいし、ファルゴ喰わされて動けんくなるし……。代わりにガープに行ってもらったけど、残りの一人が見つからなかったらしくてな。お前がソイツに会ったってことは、まだこの近くにおるって事やな」
私を通り過ぎ、レムはそのまま扉に向かう。
魔族だから人間を殺すのというのであれば、
人間だから魔族を……
私も……。
私は手にタリスマンを握り締め、術を唱えた。
「セキュラ ライジ ミル ぺソーノ…。バーロ!!」
声と共に放った光が四方八方に拡散し、半球状の光の壁を作り上げる。
私は大きな結界を張り巡らせた。
レムが足を止め振り返る。
「これ、身を守るための術やろ。オレらまで内側に入れてどうするん?」
「追撃はさせません」
結界の内側に閉じ込めてしまえば私が倒れない限りレムもガープも外に出ることは出来ない。
二人と戦うことになっても、これ以上の殺人を許すわけにはいかない。
レムはフンと鼻を鳴らし、鞭を手に取り結界の壁めがけてひと振りした。
そんなことで壊れるような結界ではない。
はずなのに。
パリーーーーーーーーン…
甲高い音が反響し、ガラスが砕け散るようにあっさりと結界が壊された。
「魔族をなめんなよ。力の差、覚えとけ」
粉々になった光の破片がキラキラと紙吹雪のように舞い落ちる。
圧倒的な強さをまざまざと見せつけられ愕然としたが、怯んでいる暇はない。
私はすぐに次の術に移り始めた。しかし、レムの動きは素早かった。術の完成しないうちに、間合いが詰まる。
眼前に映ったレムの瞳は、雪降る日の空の色に似ていた。
「やっぱり、人間は信用できんな。コレは預かっとく」
私の手からサッとタリスマンを取り上げ、レムは身を翻し、外に向かう。
「レム!!」
私は叫んで床を蹴り、離れゆくレムの背中に手を伸ばした。
だがその手がレムに追いつくことは無く、私はガープに取り抑えられた。
「追うな」
「離してください!」
振り払おうとしたが、揺るぎもしないほどガープの力は強い。
けれど、なんとしてでもレムを止めなければならない。
私は必死に抵抗してガープの腕に噛みついた。
ガープは苦痛をわずかに顔に浮かべ、一言だけ呟いた。
『ゴメン――――』
その言葉と同時に食らったみぞおちへの重い一撃に意識がかすむ。
信じていたのに。
信じていたのに…………。




