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3:4 闇が小さな輝きを教えてくれた

 

 窓辺から外を眺め、私はため息をついた。

 窓の向こうはもうすっかり暗く、なにも見えない。

 

 ダイニングのテーブルの上には、冷え切ってしまったスープとパンが残っていた。

 レムの分の夕食だ。

 レムはあのまま出かけてしまい、今もまだ戻ってこない。

 戻ってきたところで私の作った料理をレムが食べてくれるのかどうかもわからない。

 待つことに意味があるのだろうか?

 もう、片付けてしまおうか……。

 椅子に座ってしおれた草のように上半身をテーブルに預けた。

 

「クリス、何やってるんだ?」

 いつの間にかやってきたガープの声に頭を上げた。

「レムを待っているんですけれど……」

「まだ帰ってきてないみたいだな」

「ええ……」

「随分遅いな。ちょっと探しに行ってくる」

「私も行きます!」

 私はいそいで立ち上がり、くるりと向きを変えたガープの背を追おうとした。

 キリッとガープが振り返る。

「ダメだ」

 厳然としたガープの一声に空間が断ち切られたかのような錯覚がした。

――怖い。

 ガープ自体が恐ろしいというわけではない。

 目の前にいるはずのガープがどこか違う遠い場所に立っている気がする事が怖かった。

 分離不安とでもいうべきか。

 どれほどガープが私の心を明るく照らしていてくれていたのか気づいた。

 今、その明かりを急に見失ってしまった感じがしてしまう。暗闇の中にたった一人立っているような孤独感に怯えた。

 

 しかし、私の抱いた不安をガープはいつもの気さくな微笑みで軽々と吹き飛ばした。


「留守番頼む」


 明るい声を残してガープはレムを探しに行った。

 

 

 


 ちりちりと揺らぎ燃える燭台の小さな炎を見つめながら、ガープとレムの帰りを待っていた。

 ガープが出て、半刻ほど経過しただろうか。

 バン!!と大きな物音が玄関から聞こえ、私は椅子から飛び上がった。

 急ぎ、玄関に向かったがガープの姿もレムの姿も無い。その代わり、開けっぱなしにされた扉の前に大きな黒い塊があるのが見える。

 二階のほうからドタドタとした物音が聞こえた。続いてレムの声がキンと響く。

「ガープ! ガープ!!どこなん!?」

 戻ってきたのはレムだけのようだ。

 バタン! ガタン! と大きな音を立てながらガープを探すレムの元にかけよって声をかけた。

「レム、ガープは――」

 私は途中で声を失った。

 蝋燭に照らし出されたレムは滴るほどの血まみれ状態だった。

 驚きのあまり二の句が告げない私の胸ぐらをレムは血に濡れた両手で激しくつかみあげた。

 レムが大怪我をしているのではと動揺していたが、そういう心配はなさそうだ。

「ガープはどこや!?」

 吠えるようにがなるレムに私は説明した。

「ガープはあなたを探しに出かけました。まだ戻ってません」

 それを聞いた途端、レムはスイッチが切れたかのように静かになった。

 そして、

 そしてレムが泣き出してしまった。

 不測の涙にギクリとするのと同時に胸の奥が苦しくなる。

 なぜ泣くのか? 理由を知りたい。

 そしたらこの涙を止められるかもしれない。

 

「何があったんですか?」

「ヤマトが…」

「ヤマト……?」


 私はハッとして玄関へ目を走らせた。あの黒い塊は……。

 階段を飛ぶように駆け降りて近寄った。

 黒い毛並みのヤマトがぐったりと横たわっている。

 近くの燭台からロウソクを取り外して片手に持ち、ヤマトの状態を詳しく調べた。

 胸部から腹部にかけて血肉色の裂け目が見える。艷やかな黒い毛は次から次にあふれる血で濡れていた。

 

「手当てします!!清潔な布を持ってきてください!」


 私はレムに向かって叫んで、脈拍をチェックするためヤマトの首に指を当てた。

 息はある。大きく粗い呼吸。頚部の脈はかろうじて触れる。

 教会にいた頃、怪我人や病人の手当も行っていた私の経験から判断するとヤマトの状態はかなり悪い。出血が多く血圧が下がってきている。失血で体へ酸素が充分行き渡らない為、呼吸が深くなっているようだ。

 一刻も早く血を止めなけらばいけない。

 私は着ていた服を脱いで丸め、ヤマトの傷口に当て押さえ圧迫による止血を試みた。

 押さえている布はみるみる赤く染まってゆく。創が広くて圧迫止血の効果が薄い。

 ようやく戻ってきたレムが持ってきたシーツでヤマトの身体ごと傷口をきつく縛ったが、やはり出血は止まりそうに無かった。

 

 ヤマトの体を撫で続けるレムを私は見つめた。

「レム…《タリスマン》を返してください」

 レムが涙目ながらにキッと睨み返してくる。

「どさくさに紛れて何言うとん。いくらオレが動揺しとっても返すわけないやろ」


 《タリスマン》とはよく言うところのお守りのようなものであるが、私のような神官にとっては特殊で重要なものになる。

 魔法使いが魔法を使う時にステッキを使うように、私たち神官は《タリスマン》を使って法力を操る。簡単に言うならばタリスマンは魔法を使うための触媒だ。

 自分自身の力をタリスマンに蓄え、必要な時に力を引き出すためのアイテムとして普段ならば常時身に着けている品なのだが、私のタリスマンはレムに没収されている。

 タリスマンがないと私は法力が使えないが、タリスマンさえあれば、私は自由に法力を使えるようになる。 

「治癒の術で傷を塞ぎます。その間だけでいいんです」

「信用できん」

「このままじゃヤマトが危ないんですよ!」

「そうやって弱みに漬け込む気ぃなんやな! 人間なんて信じられるか!」

 レムは激昂して喚き泣いた。

「おまえには絶対タリスマン渡さんし、ヤマトは絶対死なさんっ!」

 

 頑ななレムを説得するのは無理だ。

 ヤマトの傷の処置もこれ以上は手の施しようがない。

 

 私は仕方なく、レムとヤマトをそのままに場所を離れた。

 

 もう強行手段に出るしかない。

 

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