3:3 あの星達の美しくて儚い光は自らを燃やして放っているものだという
空中を華麗に舞うのは蝶でもなければ花びらでもない。
スプーンと
木のお皿と
出来立てホヤホヤの料理。
さらに重厚感のあるテーブルまでもがひらりと躍り上がった。
そして、当然のごとく次の瞬間には雷でも落ちたかのような派手な物音がダイニングに鳴り響いた。
テーブルに就いていたレムの前にスープを出すや否やテーブルごとひっくり返された。
なんとダイナミックなお手並み! なんて感心している場合じゃない。
何が機嫌を損ねたのか見当なんてつかない。
いつも私を目の敵にしているレムだが、これは今までにない憤りっぷりだった。
レムは黙って席を立つと、鞭を手に取り、私を見据えた。
猫がネズミを仕留める時、なにか声を発するだろうか。――おそらく一声も発しないだろう。
どんな脅しよりも、無言のほうが危険だとひしひしと感じた。
殺すとすでに決めた時というものは、ただ殺すことだけに集中するのかもしれない。
今のレムは紛れもなくその状態だ。
そんなレムを遮るようにガープがすっと立ちはだかる。
仮面の表情でレムはガープに言い放った。
「…どけや、ガープ。そいつはオレらを殺すつもりなんやで」
とんでもないいいがかりに、私は驚いて声をあげた。
「そんな事考えていません」
「しらばっくれんなよ! あの赤い実の事をオレが知らんとでも思っとるん? 猛毒のファルゴの実やんか!!」
「違います!!毒なんてありません!」
ファルゴの実が何なのかは知らないけれど、あれは見た目も味もサンクトベリーに間違いない。
ガープも口添えをしてくれた。
「レム、あれはファルゴの実に似てるけど違うみたいなんだ。俺も一瞬疑ったけど、クリスは味見もしていたし、毒なんて入れるわけがない」
「じゃあなんや?」
「サンクトベリーという実です」
私は自信を持ってそう答えた。
ガープがハッとこちらを振り返える。大きく見開かれた菫色の瞳が揺れた。
レムはフンと鼻先でせせら笑った。
「サンクト、サンクトやて?」
手にしていた鞭をパン! と打ち鳴らし、空気を切り裂く。
「なんがサンクトベリーや!!これでハッキリしたやろ? ガープ」
ガープはうつむいて大きく深呼吸をしてから私へと視線を戻した。
「人間の言うサンクトベリーの事を俺たちはファルゴの実って言うんだ」
「でも、サンクトベリーには毒なんかありませんよ!?」
ガープたちの言う猛毒のファルゴの実とサンクトベリーが同じものだとは思えない。
サンクトベリーに毒があるなんて聞いたことが無いし、もしも猛毒があったのなら実を食べた私がこんなにピンピンしているはずがないのだ。
しかし、レムは頭から疑ってかかる。
「オレがそんな見え透いた嘘に騙されるとでも?」
「小さい時から食べてますけれど、本当に毒なんてありません!」
いくら言ってもレムは信じてはくれないだろう。
けれどガープなら……。
私とレムは同時にガープに目を向け、審判を求めた。
ガープが少し考えて口を開く。
「もしかしたら…人間には毒じゃないのかもしれない」
「だから何? オレらには毒やろ。こいつ、毒を喰わせてオレらを殺すつもりやったんや」
「クリスはそんな事するヤツじゃない。きっと毒だって知らなかっただけだ」
「知らんかったって? シアンの植物図鑑持っとるのに? ファルゴの実は毒があるって書かれとるはずやけどな」
「それは……」
ガープは声を詰まらせた。
普段、私はシアンの図鑑を見ながら食べても大丈夫な植物かどうか判断している。
けれども、今回のサンクトベリーに関しては確かめる事をしなかった。
「よく知っている植物だったから大丈夫だと思って……。図鑑を見ませんでした」
「どうだか! ホントは知っとったんやないん?」
いくら真実を述べてもレムには少しも伝わらない。レムには私の言葉なんて聞こえていないも同然で、私とレムの間には大きな壁があるように感じた。
「俺はクリスを信じる」
「なんでガープはいつも……!!!オレとそいつ、どっちが大事なん!?」
「つまんないこと聞くなよ。どっちも同じくらい大事だ」
「同じくらいって何や! そいつは人間やんか!! なのにオレと同じなん? オレの事、それくらいとしか思ってないん? オレはガープの事を……」
レムは途中で言葉を切った。鞭をぎゅっと握りしめる手がかすかに震えている。
「もういい! もう知らんっ!!!」
感情的に叫んで、レムは部屋を飛び出してしまった。
やれやれとため息をつくガープに私は謝った。
「すみませんでした。私がきちんと調べていれば……」
「いいよ。喰う前だったからなんともない。それに、人間はファルゴを食べても平気だなんて俺も知らなかったし」
「本当に、魔族には猛毒なんですか?」
「ああ。数時間体が痺れて動けなくなるんだ。けど、食ったってベツに死ぬわけじゃないからさ。レムもあんなに怒る事ないのにな…」
レムの私に対する不信感は並じゃない。
魔族と人間、違う種族同士だから解り合えないのだろうか。
「それにしても、折角の昼食をこのまま食べずにいるのももったいないな~。食っちゃおうかな」
「だ、だめですよ。毒なんでしょう」
「死にはしないし、気にしない」
「こっちが気にしますよ! 作った料理で食中毒になったりされたら!」
私は慌てて残っていたスープを破棄して、新しく作り直す事にした。




