3:2 昼には見えなかった星の光が見える
ガープと共に屋敷に戻った私は手早く洗濯物を取り入れて、昼食の準備に取り掛かった。
レムの奴隷にされてから毎回毎回料理を作っているが、私はこれまで一度も肉や魚をさばいた事がない。
レムでさえも野菜だけの料理になんの文句もつけないのだから、魔族は驚くほど粗食なのかもしれない。はじめの頃、私のことを家畜だ、なんて言っていたのはただの脅しだったのだろう。
そんなことを考えながら、持ち帰ったカゴから木の実や山菜を取り出して綺麗に洗った。
奴隷歴三ヶ月にもなると、すっかり家事の手際がよくなった。
スープの材料を切り揃えたところにタイミング良くガープが声をかけてきた。
「クリス、鍋使う?」
「はい。お願いします」
「よし!」
ガープの指輪が燃え上がり、手品のように鍋の形へと変化した。
赤い炎をまとった鍋の中に、いつものように具材と水を入れた。じゅわっと白い蒸気がのぼり立つ。
ガープのレヴァテインがあれば、いちいちかまどに火をつけなくていいからとても助かる。
形状も温度も思いのままの伝説の武具レヴァテインは理想の鍋だ。いっそ、伝説の調理器具レヴァテインと呼んだほういい。
レヴァテイン鍋でスープをしばらく煮込んでから、仕上げに今日採ったばかりのサンクトベリーをほんの少し加えた。
小さい実はスープの具にしても美味しい。
「なあ、今入れたのって……」
「ン?」
スープの味見をしながら顔をあげると、ガープが大きくパチパチと瞬きをした。
「どうしたんですか? ガープ」
「いや……。何でも無い。ごめん」
「どうして謝るんですか?」
「クリスは友達なのに、俺は変なこと考えた」
「変なこと……?」
変なコトってなんだろう……。
料理中に考える変なことっていったら裸エプロンとか裸エプロンとか裸エプロン…!?
しかし、私に裸エプロンなんて求められてもッ!
私は真っ赤になりながら首を横に振った。
「そっ、そんなこと、絶対しませんからッ!!!」
「そうだよな。クリスがそんなことするわけないよな。一瞬でも変な事考えて、本当に悪かった」
ガープがあまりにも申し訳なさそうな顔をするので、私も気後れしてしまう。
裸エプロンの一つや二つぐらい披露してやればいいじゃないか。
死ぬほど恥ずかしいけれど、ガープの為だったら出来ない事もない気がしてくる。
「よ、用意……してきます」
「ああ、じゃあ俺も」
「ええっ!?」
ガープも?
てことは、一緒に裸エプロン?
二人揃って裸エプロンなんてシュールすぎる。
もしかして、裸エプロン啓蒙活動とか?
触発されて、レムもやってくれたりなんかしたら……。レムのエプロン姿…! どうしよう。想像したらなんだか体が熱くなってきた。
「クリス、さっきから顔赤いけど大丈夫か?」
「ガ、ガープが裸エプロンなんて言うから!」
「言ってないけど……」
「へっ!?」
「食事の用意するんだろ? 俺も手伝う」
そう言って、ガープは棚からスープ用のお皿を取り出した。
どうやら私は凄まじく勘違いをしていたようだ。
しかし、だとしたらガープの考えた『変な事』とはなんだろう?
改めて考え直そうとした私の横でガープが首をかたむけた。
「ところで裸エプロンって何だ?」
「え!?」
裏返ってしまった声で私は答えた。
「それは…。あの、その……裸でエプロンだけ着た状態のことです」
然り。
嘘なんてつけない性分。
軽蔑されるかと思いきや、ガープは真面目な顔で聞き返してきた。
「人間は料理するとき裸が基本なのか?」
「基本ではありませんけれど……ロマンというか…その…」
裸エプロンを知らないらしいガープがピンと来た顔をして「そうか!」と声を上げた。
「クリスはもしかして裸で料理したかったのか?」
「い、いいえッ!!」
「なんか、怒ってる?」
「怒ってません!!」
「遠慮なんかしなくていいんだぞ?」
「してませんからっ!!!」
「やっぱ、怒ってる?」
「怒ってませんって!!!!!!」
私は必死に否定しながら、スープをすくって皿に入れた。
食事の準備が整った時には、ガープの考えていた『変な事』が一体なんだったのか、すっかり念頭を離れてしまっていた。




