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2:7 この太陽の光のように


「手ぇ、どけろや…」


 ドスを効かせてレムがすごむ。

 けれど、

 無理です! 無理なんです!!!

 下から順番に説明すると床⇒レム⇒私⇒倒れた扉、のサンドイッチ状態で全く身動きがとれない。

「ドアの重みで動けません」

「キサマ、後でぶっ殺したるき」


 死刑宣告でたーーー!

 アクシデントなのに! 不可抗力なのにッ!!

 それに知らなかったんだ!

 

 レムが()(、 )()だったなんて!!

 

 そう。

 つい今しがた気が付いた。

 私の手があるのはちょうどレムの胸の辺り。レムの纏っていた布ははだけている。いま直に私が手に触れているふわっふわの柔らかい感触は、女の子のお、お、おっ……。私には言えない!!

 とにかく、レムは女の子だったのだ!

 女らしからぬ言葉遣いと服装に今まですっかり男だと思い込んでいた。

 あぁ、だが、然り。

 よくよく考えてみれば、顔立ちも、華奢な身体の線も、女の子らしいじゃないか。

 

 レムは舌打ちしながら腕を動かした。どうやら倒れている扉を持ち上げるつもりらしい。私でも無理なのにレムの細い腕では結果が見えている。

 と…思っていたそばから扉が浮き上がった。

 ――やはり人間ではない。

 私はレムが魔族である事を実感した。

 

「早よ、どけ…!」

 レムに急かされ、慌てて体を離した。全裸に近いレムの姿が否応なく目に入る。

 やっぱり女の子だったんだと確認した瞬間、

 レムが持ち上げていた扉が再びドン! と落ちてきた。さっきの状態に逆戻り。いいや、さっきより扉が重い……?

 

「おーい、レム! どこだー!」

 倒れている扉の真上からガープの声がした。

 

 この状況を下から順番に説明するとこうだ。

 床⇒レム⇒私⇒倒れた扉⇒そしてガープ…。

 そのとおり。ガープが上から踏みつけている。

 

「またどっか行ったのか~」

 

 いや、足の下にいるんですけども!

 

 そう声を出そうとしたら、レムが素早く私の口を手で覆った。正確に言うと、口だけでなく鼻まで覆われている。つまり、息出来ない。

 レムの事だ。このまま私を窒息死させるつもりなのかもしれない。

 すぐに息苦しくなって私はもがいた。

 どうやらそれがくすぐったかったらしい。

 レムがなんともいえない声を洩らしたため、ガープも気づいたようだ。

 

 倒れていた重たい扉をガープは軽々と持ち上げた。

「なんだ、こんな所にいたのか…! お、クリスも一緒か。扉を開けても誰もいないから留守かと思ったぜ」

 

 扉を開けたというより壊したのでは…。

 

 修理途中、扉の重さが急に増したように感じたのはガープが扉を押し壊した(本人曰く、開けた)からのようだ。

 なにはともあれ、とりあえず助かった。

 私はホッとして、身を起こそうとした。

 その途端、レムが私の背中に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめてきた。

 さらに信じられない言葉を囁く。

「離れんといて…」

 私だけがかろうじて聞き取れるぐらいのひどく弱々しい儚い懇願。

 

 そんな言い方されると…

 そんな言い方されてしまうと……

 ど、ど、ど、どうしよう……!?

 

 私が動かずにじっとしているとガープが不思議そうに尋ね、促した。

「クリス、レム、どうしたんだ? 早く起きろよ」

「え、えっと…あの……」

 

 私はすっかり困ってしまい言葉に詰まった。

 レムに離れないでと頼まれているから動けない。

 もし仮にレムから離れて起き上がろうと思ったにしても、レムに絞め付けられているから無理なんだけれども。

 

「さては、決闘中だったのか!?」

「いえ…そういうわけでは……」

「じゃあ、なにやってんだ?」

 ガープにそう聞かれると、私は窮した。

 なにやってんだか自分でもわからない。

 レムはどうして大嫌いなはずの私に離れないでなんて言うのだろう。

 頭でも打たのだろうか。そうだきっと、打ち所が悪かったに違いない。

 

 しかし、いたって明瞭にレムがガープの問いに答え返した。

「ガープ、あのな、」

「なんだ?」

「今はクリスと話があるき、用があるならその後にして欲しいんやけど」

「ああ、そうか! クリスが言っていた和睦ってやつか!」

 

 違う…!

 違うけれど、違うといってしまったらまた答え難い質問を繰り返されそうだ。

 私もレムも否定はせず、黙った。

 

 ガープは納得したように一人で頷き、

「オレの用事はさ、クリスともう少し仲良くしてやれってレムに言いにきたんだけど、心配要らなかったみたいだな」

 と、春風のようなさわやかスマイルを浮かべ、部屋を立ち去った。

 

 私の為にレムを諭しに来てくれていたなんて…。

 

 ガープの親切心に胸がジーンと熱くなる。

 魔族とは友達になれないなんてどうして私は考えていたのだろう。

 互いに思いやり、尊敬しあえば、友というより他はあてはまらないのに。

 宣誓なんか交わす前から、私とガープはすでに友達だったんだ。

 そう気づくと胸がいっぱいになって涙がこみ上げて……

 

 パシーーーン!

 

 頬に不意の平手打ちを喰らって、こぼれかけた涙が引っ込んだ。

 誰が叩いたなんて考えるまでもない。レムしかいないのだ。

 

「さっさと離れろや…!」

「えっ…。だって……」

 

 離れないでってレムが頼んだんじゃないか、と言いたかったが殺気を感じ言葉を飲み込んだ。

 先ほどのしおらしさは……?

 まぼろし……?

 

 ともかく現実の言葉に従って離れると、レムははだけていたカーテンを素早く寄せて、恥入る様に身を小さくして丸まった。

 途端に私も気まずくなってしまった。

 故意ではなかったにしろ、触ってしまったし、見てしまった。

 教典ではこういった行為は結婚してからと定められている。

 事後になってしまうが、今すぐにでも結婚したほうがいいのだろうか!?

 

 私はチラリとレムの姿をうかがった。

 白いカーテンに包まって黙ってじっとしているレムが、ウエディングドレスを楚々と纏った花嫁に見えてくる。

 そのレムがぽつりとつぶやいた。

 

「ガープには言うなよ…」

「な、何をですか? 私たちの結婚の事ですか?」

 間を置かずレムの視線が真空の刃さながらに飛んできた。

「結婚? なんで結婚なんて話がでてくるん? キサマの頭はイカれとんのか?」

「だって…! あ、あんな事をしてしまったんです。順番は逆になってしまいましたが、け、けっ、結婚しましょう……!」

「誰が人間と結婚なんかするか!!」

 

 バチーン! と本日二度目の平手打ちを受け、私も目が覚めた。

 そうだ…私は人間。そしてレムは魔族だ。

 魔族と愛を誓い合うなんてありえない。危うくとんでもない過ちを犯すところだった。

 

「いいか――」と、有無を言わさぬ気迫でレムが続ける。

「オレが女って事、ガープには絶対に言うなよ」

「ガープは知らないんですか?」

「ガープが知っとるんやったら、ノックされた時、すぐ出とる」

 

 レムの話すところによると、朝、私とガープでレムの部屋を訪れたあの時、丁度レムは入浴中だったそうだ。急いで服を着ようとしたが、その前にドアが壊れそうだったのでとっさにカーテンを掴んであわてて窓から逃げたらしい。

 どうしてカーテンなんかをまとっていたのか、ようやく謎が解けた。

 離れないでと抱きしめてきたのも、ただ単に遮蔽が目的。ガープに女だとバレないようにするためだったのだ。

 

 しかし、一つ疑問が沸いてくる。

「なぜ、ガープに隠すんですか?」

「そんなん、人間のキサマには関係無い」

 私の疑問はバッサリと一刀両断された。

 人間には関係無い、か。

 然り。確かにそのとおり。

 レムが女であることも、それをガープに隠している理由も、私には全く関係ないはずだ。

 関係ないはずなのに……。

 

「バラしたりしたら永遠の地獄を味あわせてやるきな……」

 なんて言って毒づくレムの事をもっと知りたい気がしてしまうのは、なぜだろうか。

 なにやらとても危険な予感がしてしまう。

 

「おい、返事は?」

「は、はい……」

 

 ひどくざわつく胸を抑えつけ、私は祈った。

 

 

 どうか、神の御心に正確に完全に従えますように。アーメン!

 

 

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