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2:6 本来は同じものなのかもしれない

 


「ハァ……」

 とぼとぼと廊下を歩きながら私は溜息を吐き出した。

 

 やはり、魔族と友情を結ぶなんてとんでもない事のように思える。

 今すぐにでも反故にしてしまうべきだろう。

 

 そう思うのに、そうは出来ない自分がいた。

 これまでガープが私に親切にしてくれるように、私もガープに親切にしたい。

 それに、真実を告げると、友達として認めてくれた事はとても嬉しかった。

 

 ガープが人間だったら良かったのに。

 もしくは私が魔族だったら――そしたら……

 

 私は慌てて首を振った。

 このままではあらぬことを考えてしまうと、顔をあげ深呼吸した私の耳に小鳥のさえずりがかすかに聞こえた。

 どこから聞こえてくるのだろうか。

 何かを語るような小鳥の声をたどって私は廊下を進んだ。

 

 足を止めた時、ここはどこなのか、私は何を観ているか、すぐに答えが出なかった。

 自分は死んだのではないかとすら思った。

 魂を持っていかれた。まさにそんな感じがしてしまったのだ。

 百花を以ってしても及ばない、それ程に美しすぎる光景を私は目にした。

 

 窓辺に座って小鳥と戯れているのはレムに相違ない。

 けれども私の知っているレムではなかった。

 禍々しさなど微塵も無く、それどころか神聖な光をまとっているようにさえ見えた。

 慈愛に満ちた眼差しで微笑するレムの姿が太陽よりも眩しく感じた。

 

 レムはすぐに私の気配に気づき、様子を一変させていつもの冷酷な視線をキッとこちらに向けた。それと同時に窓辺にいた小鳥が飛び立つ。小鳥の羽音が次第に遠ざかった。

 静かになってしまった部屋の中で自分の心臓の音だけがやたらと早く大きく鳴り響く。

 この感覚はもしかして――

 

 黙ったままこちらをしばらく睨みつけていたレムがようやく口を開いた。

「おまえ、オレの事どう思う?」

 

 瞬時に私は顔が熱くなった。

 

 どう思うって

 どう思うって……

 それは…………

 

 私は自分自身の気持ちを確かめるように高鳴る胸に手を当てた。

 

「やっぱり答えんでいい。気持ち悪い」

 綺麗な顔を歪めて、レムは吐き捨てるように続けた。

「鳥に掛けてた魅了の術(ファスチアティオ)にキサマまで掛かるな」

 

 魅了の術ッーーーーーーーー!?

 

 そうか。そうだったのか。

 崇拝したくなるようなこの妙な気持ちは術のせいだったのか!!!

 合点しながら、いかがわしい術にやすやすと心惑わせられてしまった自分の未熟さを反省した。

 

 レムは点検するように私の足の先から頭のてっぺんまで見て、それから尋ねた。

「オレの服は?」

「今、干しています」

「だったら何しに来たん?」

 

 問いかけのようだが、レムは答えを求めているわけではない。私が用事があって来たわけではないと彼はすでに理解している。レムは暗に、『用事も無いのに来るな』と言っているのだ。

 私だってすぐにここを去りたい。と、普段ならそう思うはずなのだけれどもその時の私は変だった。

 多分、魅了の術の効果が抜け切れていなかったのだろう。

 もう少しこの場に留まりたかった。

 そのための口実もすぐに見つかった。ガープが壊したこの部屋の扉だ。まだそのまま床に倒れている。

「ドアの修理をしてもいいですか?」

 レムの顔を伺うと、レムは不機嫌そうにしながらもうなづいた。

 

 

 レムの鋭い監視の元、ドアの修理作業にとりかかったが思っていたよりもずっと大変な作業だった。

 蝶番を固定する事自体はそれほど難しい事ではない。だが、ドアを支えながらとなると違ってくる。

 しかもこのドア、大きくてかなりの重みがある。ドアを支えるだけで精一杯になってしまって蝶番の固定まで手が及ばないのだ。

 しばらく一人で悪戦苦闘していた私の目に、突如、いびつな影が映り込んだ。

 部屋には私とレムしか居ないはず。けれどもこの影の形はレムのものとは思えない。

 そう思う間にも、異形な影はすうっと滑るように近づいて来る。

 影の正体を確かめようと私は振り返った。

 

 椅子。

 然り、椅子。

 逆さまの椅子だ。

 ただ、椅子が一人で近寄って来たわけではない。

 レムが椅子を高く掲げているのだ。

 これはもはや椅子ではなく凶器と言った方がこの場合は正しいかもしれない。

 投げつけるのか、殴るのに使うのか、あるいはその両方か。

 もたつく私の作業に短気なレムはついに業を煮やしたのだろう。

 

 レムが私を睨み付けながら手にした椅子を振り下ろした。

 

 ガツン! と痛々しい音を立てたのは床だった。

 

 レムは椅子を床に置いて

「キサマはそのままドア支えとけ」

 と一瞥をむけ、金槌片手に椅子の上へ登った。

 

 ア ン ビ リ ー バ ボ ー!

 

 レムが手伝うなんて、常識や科学では解明できない超常現象…いや怪奇現象だ。

 

 にわかには信じられず、私はレムの姿をまじまじとみつめた。

 態度はいつもLサイズのレムだが、身長は小柄。椅子に登っただけでは蝶番に手が届かず、さらに背伸びをしている。が、そんな不安定な状態でまともに釘がうてるはずがない。金槌を振るうたびにフラフラとバランスが崩れ、とても危なっかしい。

 レムがなんとか一つめの釘を打ち終えたその時だった。

 私の支えていたドアが何倍もの重さになった。一瞬で限界を通り越す。耐え切れず、私はドアもろ共に倒れ込んだ。

 床は硬くて冷たい、はずなのになぜかあたたかくて…柔らかい!?

 それもそのはず、私はレムを下敷に倒れてしまっていた。

 

 そして、知ってしまった……。



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