2:5 幸福や苦悩はそれぞれ違うように見えても
私は手を振り上げ、平手で思いっきり叩いた。
パァーーーン!
まだだ。まだ足りない。
こんなもんじゃない!
パン、パン、パン!!
続けざまにこれでもかと叩き続けた。
パン、パン、パン、パン、パン!!
「クリスおまえ、スパッキングが趣味なのか……」
「ちがいますッ!!!!!」
ガープからの疑惑を私は全身全霊で否定した。
「洗濯物を干す時はこうやって叩いてシワを伸ばさないと、乾いた時にシワが残るんですよ」
「ふ~ん。ただロープにひっかけりゃあいいってもんじゃないんだな」
「些細なことだからといって雑に済ませるとそれが習慣になってしまいます。だからどんな事でも心を込めて丁寧にしないと」
「クリスはエライな」
そう言ってにこやかに微笑むガープに私は困惑した。
皮肉なんかではなく、純粋に誉めてくれているのだろう。
しかし、魔族にえらいと言われても…。
喜ぶべきなのか? それとも嘆くべき事なのか? 判断つきかねる。
「普通です」
「そうか?」
「ええ」
答えながらに私は次の洗濯物をパンパンとはたいた。
それを見ていたガープも同じように洗濯物を叩き始めたが、慣れていないためか一連の動作がぎこちない。あまりにも不似合いで、なにやら可笑しくなってしまう。
私はこのごろ、ガープが本当に魔族なのかと疑問に思ってしまうことがある。
ガープは私が抱いている禍々しい魔族のイメージとは全く違って、気さくで親切で優しい。
奴隷生活が最近ちょっと楽しいとさえ感じるようになったのはガープの存在があるからだと思う。
同じ魔族でも、邪悪の塊りのようなレムとは真逆だ。
私はレムの問答無用の残虐っぷりを思い出し寒気だちつつ、白いカーテンを干した。
結局、対になるもう一枚は洗えなかった。
そういえば、なぜレムはカーテンなんかを身にまとっていたのだろうか?
考え込みかけて私はやめた。
レムの考えている事なんて私にはわかるはずもない。
「よし、これで完了だな!」
整然と干された洗濯物を見ながら清々しい声でガープが言った。
ガープが手伝ってくれたおかげで早く終わった。
ウルトラ上手に干せました~~~~!
と喜びたいところだけれど、この後の事を考えると浮かれた気持ちにはなれない。
レムに『責任を取る』なんて大見得を切ってしまったのだ。
どんな形で責任を取らされるのか――想像しただけで恐ろしい。戻らずにここで死んだ方がマシかもしれない。あの洗濯ロープとか丈夫そうだし、首を吊るのに最適そうに見える。
そんな事を考えてしまっていた私の背中をガープがポンポンと叩いた。
「レムは俺がなだめとくから、気にするなよ」
ガープは本当に親切で優しいと思う。
でも、
だから……
私は顔をあげ、決意を胸に刻んだ。
「いいえ。そういうわけにはいきません。私とレムとの約束ですし」
ガープには余計な負担を掛けたくないのだ。
一瞬ガープは目を丸くして、それからニヤリと微笑んだ。
「クリスはエラいな」
ガープが手を伸ばし、サラサラと私の頭を撫でた。
まるで子供のような扱いに気恥ずかしくなりながら私も言った。
「ガープの方が偉いと思います」
「なんで?」
「私は人間なのに普通に接してくれるから」
人間は魔族を滅亡に追いやった。だから恨まれてもおかしくない。それなのにガープはいつも親切にしてくれる。
私が逆の立場だったらとてもそんな度量は持てないだろう。
「それはクリスが俺の想像してた人間とは全然違っていたからだ」
「ガープだって、私の想像していた魔族とは全く違ます。親切だし、優しいし…本当に魔族なのかって思うぐらいです」
ガープは微笑んだまま、視線を落とした。
「俺はれっきとした魔族だ。お前の嫌いな」
そうだけれど、そうじゃない。
「ガープの事は…嫌いじゃないですよ」
「そうか?」
「はい。本当です」
「じゃあ、俺と友達になってみる?」
「と、友達!?」
ガープが人間だったなら私は戸惑ったりしなかった。親切で優しいと言ってもガープは魔族だ。
魔族と友達になるなんて聖職者の私に許されるのだろうか?
「クリス」
「は、はい」
名を呼ばれた私は慌てて返事をした。
ガープは改まった様子で右手を小さく挙げる。
「クリスがクリスらしく過ごせるように協力する事を誓う」
「え? えっと、では私も同じく、ガープがガープらしくいられるように出来るだけ協力します」
「よし! これで俺達は友達だ」
「えっ!?」
いましがたのは友情の誓いだったらしい。
然り。ガープのペースについ流されてしまった。
それにしても、友達って宣誓してなるものでは無いような気もするのだけれど。
「ガープ、あの…。私は……」
「ん? なんだ?」
曇りのない晴れやかな笑顔でガープは耳を傾ける。
ああ! 今のは無かった事にしてくれとはとても言えない。
しかし、魔族と友達だなんて…! あぁ。背徳行為ではあるまいか。
私は心の中でひたすら懺悔しながら家へと戻った。




