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星に砂糖をひとすくい。

 つい、と手の甲を空に晒すと、勢い良く滑空したシュテルンが大きなかぎ爪ごとそりゃもう容赦なく止まりにやってきた。ぐ、あああああ重い痛い!


「シュテルン……っ、もうちょっとどうにかならんのですか!」

「プゲェ」


 う、うぜぇ。

 

 ちぃいっと舌打ちしてから、わたしは膨れっ面でシュテルンを撫でてやった。もっさりした喉の下の毛がふわふわだ。しばらくわしゃわしゃしてやると渋い顔をしつつ頭をこすりつけてくる。プガァ、とやっぱり可愛くない鳴き声。そしてぽたりぽたりと落ちる水滴に遠慮なく嫌そうになった。し、失礼な。


「お父様からの言伝はどこです?」

「プギョエー」


 ケヘッとシュテルンが何かを吐き捨てた。ふよふよとまぁるい形の光が浮かび、甘い匂いを醸し出す。……クッキーの匂いだ。お父様、相変わらずお菓子がお好きなんですね……。はは、と相変わらずらしいお父様のご趣味に苦笑いした時、ぱちんと光が弾けた。


『おはよう麗しのグレーテル。僕のツェツィーリアは今日も素敵に錯乱中かい? ヘンゼルはきっと君を溺愛しているんだろうね。まったく微笑ましい限りだよ』


 くああああああ、どうでも良いですそんなこと!

 本題はなんですか本題は!


『うんうんきっと今君は「さっさと本題話せこのくそ親父!」と思春期の子供らしく毒づいていることだろう。ああ父は哀しい。哀しいよグレーテル!』


 うぜえええええ。


『いつか、君が父さんに涙とともに抱擁してくれる日を心待ちにしているよ! さて、本題だ』


 思わず踵を返しそうになった絶妙な具合でお父様の『言伝』は本題に入った。む、むかつく。


『本当は研究院に入ったヘンゼルに頼もうかとも思ったんだけどね。確かアンナ=バルバラ高等神学校の方が店に近かった気がするから、君に頼むよ。いいかい、よーく聞いてくれ。まずはね、————』


 漸く告げられたおつかいの内容をしっかり頭に留め置いて、わたしはふんふんと一人頷いた。





 お父様は狩りが趣味の自称木こりだけど、基本的に芯術や神々の研究をなさっていらっしゃる。それのどこが木こりなんだって感じだけど、お義母様と再婚なさる前、わたしが本当に幼い頃は、確かにずっと森の中にいた。その頃から神出鬼没だったけど、よくよく考えれば王都には滅多に出ていかれなかった。そういえばお父様が町でお仕事するようになったのは一体いつ頃からだったろうか。


 ともかく、お父様はゲルトラウト王立研究院が近くにある王宮の最奥の研究所で日々わたしにはよく分からない研究に明け暮れている。時々遊びにいらっしゃるご同僚の方々もちょっと変わった方が多くて、未だに「一体毎日ナニなさってるんですか」と聞くことが出来ずにいる。なんか怖いし。

 そういうわけで、半引きこもり状態のお父様はよくよくわたしにおつかいを頼まれる。そういう場合、一旦夢の中で呼び出され、綿毛のある場所で伝達役のシュテルンがわたしに言伝をくれることになっている。シュテルンはよく分からない。物心つく頃からずっといたのだけど、もしかしたら王宮から貸していただいた聖獣様なのかもしれない。だとすると、お父様は幼いわたしの世話の為にあんまり王宮のお仕事に行かれてなかったのだろうか、とこの頃そんなことを考える。もしそうならば何だかとても申し訳ない。


「プゲェ?」

「あ、すみません。ありがとうございました、シュテルン」


 スカートの隠しから砂糖菓子の入った袋を取り出し、その一粒をシュテルンに差し出した。シュテルンはこの時ばかりはいっとう機嫌良さそうにくつくつとついばむ。プギョー、と嬉しげに鳴いてばさっと翼を広げる。そのまま一気に空まで飛び上がり、はばたいていった。


「…………現金ですねぇ」


 さすがお父様の伝言鳥。













 神聖史学の授業はフリーダとクラウスが一緒だった。アルノーはあんなに神々に好かれているのに神聖史学は苦手らしい。ていうか、自分の知る、神々に教えられたマニアックな知識と神聖史学で語られることが微妙に一致しなかったりするからこんがらがるとか。それは史学学者や教師に言ったら無言でキレられそうだ。


「グレーテル! どうしようわたし今日当たるかも!」

「大丈夫ですよ、間違ってもアヒレス先生は怒らないと思いますし」

「そういう問題か……」


 ぼそ、と背後で呟かれた声に吃驚する。


「ディートリヒ? 同じ授業でしたっけ」

「……まあな」


 何だか朝から妙に縁がある。こんなに近くに座ることなんてきっとなかったから、今まで一緒の授業だということも知らなかった。ふう、ともの憂げにため息をついて、彼はぱらぱら教本をめくる。どこか面倒そうな気怠さが伝わってきて、わたしはいまいちこの王子様の内心を掴み取れなかった。……まあ、そんな必要ないんだけど。


 ディートリヒという人は、時々喋ることはあるけれど、去年違う組だったからあんまり関わりがない。フリーダはわりと仲が良いらしい、というのが不思議なくらいだ。一見ディートリヒはとても真面目そうだし、厄介ごとはこりごりだ、という風情がある。根っからの厄介ごとそのものであるフリーダとは気が合わない……というより相性が悪そうなのに。不思議なもんだ。

 

「あれー? ディートリヒ、こんな傍で受けるの珍しくない? どしたの?」

「気分だ。気にするな」

「そ? りょーかーい」


 ……意外に合ってる。


 本当に仲良いんですねぇ、とつい口をついて出そうになった言葉を慌てて呑み込み、わたしも同じく教本を開いた。版画で印刷された本はところどころくすんでいて、絵の方はほとんど黒い。載せる意味あるのかこれは。

 

 ————仲が良い?


 ふと、わたしは怖いことに気付いた。へらりと笑う友人を勢いよく振り返る。フリーダはきょとんと目を丸くした。なぁに、グレーテル。なぁんか死にそうな顔、とか何とか心外過ぎる発言ぶっこいて彼女は首を傾げた。わたしはだけど次にぱっとディートリヒを見た。こちらにも不可解そうな顔をされる。————ああ、ええ、ああああ!?


「ディートリヒッ——」

「はいはいはいはーい、お前さんたちみんな死人の如く口を閉じてはお静かに。授業始めるぞー」


 さりげなく酷いことを言いながらのアヒレス先生の言葉に、わたしは仕方なく口を閉じた。



 …………タイミング悪い。







 フリーダは文句なく、ディートリヒと仲が良い。ちょっと喋ったくらいのわたしがあんなことされるくらいなんだから、フリーダはとっくに目をつけられているんじゃないか。

 そう思うわたしは多分、変じゃない。


「————というわけで————バールケの詩曰く————」


 ていうかていうかていうか。

 何でディートリヒとまったく接点のないわたしを彼女は攻撃したんだろう。はっきり言って、ディートリヒと喋ったり、荷物運びを手伝ったり、なんて些細なこと、誰だってやってる。一体どういう基準でわたしに目をつけたのか。……見た目とかだったら、屈辱的過ぎる。そもそもこんなに近づいたのは今日が初めてだ。

(そういえば、ディートリヒって、わたしのこと知ってるんでしょうか)

 名前を呼ばれた覚えはないから、多分知らないのだろう。それならそれで全然構わないんだけど、そうするとやっぱり不思議だ。うーん?


「グレーテルー、どうしようやっぱり無理ー」

「え、——ああ、もうちょっとですか?」

「うん、多分ね、ここ。も、ぜんっぜん思い出せない」

「……フリーダはやれば出来る子です」

「グレーテルも分かんないんだね?! 分かんないんだねっ?!」


 くっ、失敬な。わたしの記憶力は鳥並みなんです仕方ないじゃないですか!


「そこー、何こそこそしてるー。神獣様のおやつになるかー?」

「なななななりません!」


 ぶるぶるとかぶりを振るフリーダの肩を、後ろからすいと伸びた指が軽く叩いた。えっ、と驚くわたし達に向かって、ディートリヒが先生の話している頁とは違う場所を開いて、その中の一カ所をとんとん、と指で指し示す。不思議そうにしていたフリーダはすぐさまぱあっと顔を輝かせた。こっそりと口を寄せ、「ありがとー!」と心底助かった声で言う。ディートリヒは無言で頷き、さっさと教本を手に戻した。

 わたしはぱちくりと瞬いて彼を凝視する。


「……なんだ?」


 居心地悪そうな声に、


「……い、いえ。ちょっと、いえ心底、びっくらこいただけです」


 わたしはうっかり本音を零した。

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