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平穏の象徴と光降らすひと。

 わたしはひっくり返りそうになった。 


 ————よりによって、巫女様! 輝ける、大神殿の最奥に秘しあらせられる、ユスティーナ猊下!


 ありえない。なんでそんな、下手すればディートリヒなんかよりよっぽど大物危険物な方が街角で瓦礫なんて被ってるんですか。かきん、と固まったままのわたしたちを、巫女様はにこにこと見つめる。

 ……み、見つめる。

 あれ……なんか、視線、が、痛いんですけど。


「あ、あの……?」

「うん?」


 にっこにこだ。機嫌良さそうに首を傾げて、光で出来ているのではあるまいかと見紛う銀の髪が、彼女の肩でくしゃりと絡まる。けれども余程上等な髪質なのかすぐに解けてしまう。なんと羨ましい。

 そこまでつらつらと考えてしまってから、わたしはハッと我に返った。そうでした、名乗ってませんでした。


「あ、えっと、グレーテルと申します。み……ユスティーナ様」


 たとえ人通りのないところだと言っても、むやみやたらと口にするのは躊躇われる。だから思い切って御名をお呼びさせていただいたところ、ユスティーナ様は露骨に嫌そうな顔をした。えっ、とわたしは青ざめる。どうしよう不敬だったでしょうか。


「ユティでいーってば、グレーテルちゃん」

「ちゃん?!」


 なにそのなんか可愛い感じ! イヤー! ぞぞぞぞっっと鳥肌が立ったので、わたしは慌てて言い直した。


「ああああの、グレーテル、で、結構です、ユティ様!」

「わたしもユティでいーんだけどなー。でも無理な気持ちは分かるからそれでいいよ。それで、隣の君のお名前は、聞いちゃいけないのかな?」


 ちょっと遠慮気味にユス……ユティ様は仰った。突然話しかけられたクラウスは目を剥き、ぼっと真っ赤になってからあわわわわわあわと何やら愉快な感じに狼狽えた。ごすっ、と肘鉄を入れてやるとちょっぴり大人しくなる。


「クラウス・バーデです、ゆす、ユティ猊下! どどどどうぞよろしくお願いしますッ!」


 どもり過ぎです。


 呆れて冷たい視線を送ってしまったけども、ユティ様は暢気に「よろしくー」などと笑うだけだ。なんだか明るい方だなぁ。お貴族様すら問答無用で平伏す方なのに肩も凝らないし、息苦しくもない。まあディートリヒも相当気安いけど、ユティ様はそれ以上だ。にこやかで人懐っこい感じで、周囲はふわふわと春の陽気が漂うみたいな。お花が咲いてるっていうのか……ん、いや、これは確か揶揄の類だった気がする。危ない危ない。

 ともかく、想像よりずっと近寄り安くて、それから優しそうなひとだった。


「それで姫様、なんだってこんなところにいらっしゃるんです?」


 ずっと我慢していたらしいアルノーがはらはらした風に言った。なんだろう、アルノーって女難なんだろうか。……あ、しまったすごいしっくりくる。何しろあのフリーダの幼馴染みなのだから、それも星回りなのかもしれない。わたしはこっそり同情した。クラウスは漸く美少女と巫女様のダブルショックから立ち直ったらしく、ふかーい息を吐いている。とりあえず落ち着くことにしたらしい。賢明だ。


「あーうん、ちょっとねぇ。神殿で襲われちゃったんだよね」

「はあ。……………………………………………はあ!?」


 はい!?

 アルノーの素っ頓狂な声と同じくわたしも心中で叫んだ。え、え、え、そんなサラッとおっそろしいことを。ていうか。


「姫様を襲う!? どこの狂人ですか! 国賊と変わりませんよ!」

「んーとね、アルノー。お願いなんだけどね、あんまり大声出さないでね」

「あ、す——み、ません」


 俯くアルノーの顔は青ざめていた。当然だ。だってわたし達が日々敬愛し、尊ぶこの方を、一体シュテンヘルツの誰が襲うと言うのか。神殿におわす二人の主のうちのひとり。聖下の半身。一目お会いしたいという狂信者ならまだ理解が及ぶけれど襲うなんて考えられない。そもそも。

 そもそも、こんなに小さくて、優しそうな女の子を襲おうとするなんて。正気の沙汰じゃない。わたしは寒気を感じて少しだけ震え上がった。

 でも、ユティ様は全く気にしていない様子で、ぽんぽんとアルノーの背中を叩いている。まるで癒すみたいに。


「本当にね、大したことじゃあないんだよ。ほら、もうすぐ生誕祭でしょ。お祭りだし、外からくるひとも多くて、警備も行き渡ってない……とか言っちゃ駄目だね。うん、まあ、本当の狙いは王陛下だよ。大神殿のたかが巫女一人殺したところでそれほど利益があるとは思えないし。とは言えちょっとごたついてね、焦ったイーナがわたしを吹っ飛ばしたんだよ。おかげでこの有様。容赦ないんだよねぇ」

「ばっ————当たり前でしょう! イーナ様だってきっと驚いて、必死でいらっしゃったのでしょう」

「うん。分かってるよ、ありがとうアルノー。だからね」


 だからね、と高貴な方は仰った。ふんわりと黄金の双眸が柔らかに細められる。わたしはいっとき、呼吸を忘れた。


「だからね、わたしは早く戻らないといけないんだ」


 ユティ様が、まるでちいさな聖母様のようだったから。












 ピィ————、とユティ様は流暢に口笛を吹いた。

 口笛に流暢って言うのは少しおかしい気もするけど、本当に手慣れた様子で、それもよく響いてお上手だった。わたしは昔、結構練習するまで上手く吹けず、シュテルンを呼べなかったから、ユティ様のそれには思わず感嘆してしまった。難しいんですよねぇ。

 と、不意に白い羽根が幾枚か空を舞った。きらきらと陽の光を浴びて輝き、ユティ様の真っ白さを余計浮き彫りにする。


「————うん、いいこだね。ありがとう」


 うたうようなお声でユティ様は舞い降りてきた白い鳥達に頬を寄せた。ピイピイ、と甘えるように彼らは純白の身体を寄せる。ユティ様は優しい手つきで鳥達の喉を撫で額を預け、無垢に微笑んだ。その笑みすらも真っ白に見える。白いひと、と最初に思ったのは、どうもかの方の醸し出す雰囲気のせいだったのかもしれない。

 何事か、ユティ様が呟いた。するとかの方が広げられた両手の先、爪のあたりが淡い燐光を帯びる。神術だ。それも無詠唱の高等神術。そういえば巫女様にとって神術も芯術も、神々の眷属に働きかけることも、神々のお声を聞くことすら呼吸と同じ自然なことだと聞いたことがある。あれほど神々に愛されている、アルノーすら及ばない絶対至上の加護。この世で最も美しい魂の持ち主。この点においては聖下よりも度合いが強いらしい。……本当に、すごい方なのだ。


「ごめんね、お願い」


 風にとけるような声で、シュテンヘルツの巫女様は囁いた。

 瞬間、ばさりと鳥達翼を広げ、大きくはばたいた。瞬く間に上昇していき、巻き起こされた風にわたし達はきゅっと目を瞑る。う、髪が! ばっさばさに!


「あちゃ、ごめんねー。大丈夫?」


 ぱたぱたと可愛らしい足音に目を開けると、心配そうな顔でユティ様がわたしの髪を押さえてくれた。するすると手櫛をいれられる。————う、わお。


「あわわわわあわすみません!」

「え、何が?」

 

 本気で不思議そうだ。

 別に身分がどうのをよく分かってない訳ではなくて、こういう行為が不敬に当たるとは考えていないのだろう。けども、わたしとしてはかなり心臓に悪い。ただ気遣いは嬉しかったので曖昧に笑うにとどめた。ユティ様は、善いひとだ。


「あの、本当に戻られるのですか? そんなことがあったなら……」

「もー、何トチ狂ってるの、アルノー。大神殿にいない巫女なんて、巫女じゃないよ」


 不安げなアルノーにあざやかに笑って、ユティ様はきっぱり断言した。この方は戻るのだ。誰が何と言っても。クラウスも心配そうに彼女を見たけれど、結局はただ、深い敬慕の眼差しで見つめるだけだった。わたしは少し考えてからぽんと手を打つ。


「あの、ユティ様。戻られる先は王宮ですか?」

「うん。神殿はたぶん標的じゃないから、大丈夫だと思う。各寺社には今知らせを向けたから、多少強化も出来るだろうしね」

「じゃあ、わたし達と一緒に行きませんか」


 ぱちくりと彼女は瞬いた。こてん、と首が横向く。……あまりの可愛さにクラウスが悶絶しているのが横目に入ってちょっとげんなりした。ポーカーフェイスを身につけろってんですよ、見苦しい。


「わたし達も王宮に向かっているんです。アルノーもそれなら心配じゃないでしょう?」

「いや、そんなことはないけどね……。でも、そっちの方がいいかな。どうなさいますか、姫様」


 ユティ様は数秒躊躇ってから、ぱっと笑顔になってこくこく頷いた。


「うん、ありがとう。じゃあぜひとも一緒に行かせて欲しいな!」


 はい、と微笑みながらわたしは内心グッと勝利の拳を握っていた。

 ——やった! むさい男二人だけだった同行者に、美少女追加!


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