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第6話 どうしようもない僕はあの日死んだ。君と歩くために①

 

 あれは麦畑が黄金色に染まる季節だった。


 僕は忘れない。


 狭い街路道の地べたから薫るアンテリナムをまだ覚えている。

 麦畑で輝く、陽に焼けた少女の眩しく、明るい笑顔が鮮明に記憶に残っている。


 少女の名前はクリス。

 僕の最愛の女性だったよ。


 そう、これは彼女と出逢った時の物語なんだ。



 彼女との馴れ初めの話をする前に、当時の僕の状況について簡単に説明するよ。

 僕は当時16歳、トワレの貴族の子弟が通う学校に在学していた。

 名家の末っ子の生まれの話は覚えているかな?

 優秀な兄達のおかげで将来を嘱望されたよ。

 その期待に応える為にとにかく勉学に必死だったよ。

 あんまり周囲とは馴染めなかったな。

 勉強以外興味が無かったのもあるけど、同輩の貴族の息子や娘の傲慢さに辟易していた。


 彼らは、生まれただけで自分が偉いと勘違いしていた。


 まぁ環境のせいもあると思う。

 貴族の門弟と平民とじゃ生きる世界が違ってたし、食事に出されるパンを当たり前のように食べていたからね。

 そのパンを作るためにどれだけ多くの人が血と汗を流してるなんて想像もしなかった。

 とても愚かだったと痛感してるよ。

 

 話が逸れたね、そう、周りのクラスメートの空気に馴染めなかった。

 アイツらは親の爵位や階級の違いだけで人を区別していた。

 食堂にいる平民の給仕達にはずいぶん横柄な態度をとっていたのを覚えているよ。

 まぁ単純に平民の住む世界を知らなかったんだ。

 周囲の大人達には近づくなって言われてたしね。

 僕の住む世界はとにかく狭く、閉塞感で息が詰まった感じだったよ。

 

 そんなある日、大臣の長男の癖に悪さばっかりする奴が馬車を盗んで、平民の村を覗きに行こうと言い出した。

 悪い笑顔で、

「退屈な授業の鬱憤を平民をいたぶることで晴らしてやる。何たって俺達は貴族だからな!」

 最低な野朗で、最低な悪ふざけだったよ。

 普段はそんな奴らとは距離を置くんだけど、その時あることが閃いて、僕も仲間に入れて貰った。

 何より馬車を操れるのは僕くらいだったからね。

 アイツらは馬に騎乗は出来るのに、馬車は運転できないんだ。

 不思議だよね。


 クラスメートが手引きした馬車に乗り、すぐに馬を走らせた。

 学校が見えなくなるまで馬車を走らせた。

 街道に沿って、僕は帰り道をよく覚えておいた。

 やがて麦畑が広がる光景が目に焼き付いた。

 さらに馬の歩を進めると大きな集落、農家と農家が密集したところへと辿りついた。

 ああ、これが俗に言う村って言うものだと感動したよ。

 そしたら荷車にいた貴族の門弟共が僕に指示する。

「よし、ライエル。ここで降ろせ。今からこの村を蹂躙してやる。俺達は貴族だから連中は泣き寝入りだ。グヘヘヘ……」

 貴族にしてはずいぶん品位の欠けた台詞だった。

 僕の目には馬車から降りた連中が山賊かゴブリンに見えたよ。

 中にはズボンのベルトを馬車に置いていったバカもいた。

 すぐに僕は馬車の馬の手綱を引いた。

 連中を村に置き去りにして、真っ直ぐに帰った。

 後ろから貴族の馬鹿息子達の悲痛な叫びが聞こえたな。

 実に爽快だった。

 後で報復されなかったかって?

 ルールを犯したのはアイツらだ。

 連中はすぐに親元に帰って行ったよ。

 多分村の農夫達によっぽど怖い目に遭わされたんだろう。

 

 そうそう何でこの話題になったかというと、そこで初めてクリスと出逢ったんだ。

 あの帰り道だったんだ。

 僕の人生をひっくり返す少女にめぐりあった。

 

 馬車での帰り道、街道伝いに走らせていたら、向日葵の花束で塞がっていたんだ。

 急いで馬車を止めたよ。

 よく見るとそれを必死に集める陽に焼けた少女がいた。

 馬車に潰されまいと慌てて向日葵を集める娘、クリスとの最初の出逢いだった。

 多分その時に恋に落ちていたんだと思う。

 正確には、落ちる前にもう情動の逃げ場が無かった。

 ただ彼女の姿に見惚れていた。

 呆然としていただけの僕にクリスはなんて言ったと思う?

「ボケっとしてないで、手伝って! 女の子が困ってるのに、男の癖にデリカシーに欠けるわね!」

 だってさ、多分彼女は僕のことを馬車の行商か御者とでも思ったんだろうね。

 勿論一緒に向日葵を夢中にかき集めたさ。

 そしたら彼女は当たり前のように、それを荷車に積む。

 そしてこう告げたよ。

「向こうの先に、貴族の学校があるから、そこまで運んでいって。私、そこで下働きしてるんだ。クリスって言うの。あなた名前は?」

「ライエル、ただのライエルさ。フロイライン」

 彼女はピンピンしてたけど、僕は慣れない重労働で汗だくで、息切れもし、足腰がヘトヘトだったよ。

 けど馬車に相乗りできたクリスはご機嫌だったな。

 当たり前のように僕の隣に座ったよ。

 眩しく、明るい表情だったのを覚えている。

 その笑顔で疲れも一気に吹き飛んだ。

 夕日に染まる小麦畑。

 馬車を走らせる夏風が爽快だった。

 初めてだったんだ。

 胸の鼓動が高まるのは。

 どうしていいかわからず、一生懸命に手綱を握った。

 本当は横顔を覗きたい気持ちでいっぱいだったけど、それをしようとすると、クリスから膝に足蹴りされたよ。

 ちゃんと前見て運転しろってね。

 クリスは焦茶色の三つ編みをふたつ垂らして、健康そうにそばかすを散らした女の子だったよ。何より、僕は彼女の瞳が好きだった。覗き込むと、風の吹く草原が見えるようだった。


 僕はあの緑色の瞳を一生忘れることはない。


 それが彼女との馴れ初めさ。

 そして禁じられた恋だったんだよ。

 君は知らないだろうけど、結婚相手は家が決めることなんだ。

 当時の僕にもフィアンセはいたし、多分クリスにもクリスの家で決めた相手がいたのかな?

 ちょっと彼女の家の事情は知らないんだ。

 けど、あの時、クリスに心を奪われた僕はそんなことがとてもくだらなく感じた。


 あの向日葵の道で出逢ったそばかすの少女が、僕の人生を丸ごと変えてしまうことを、あの時の僕は知らなかったんだ。


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