■抱擁を拒絶する技術
■カイ・テンジョー
GAIRISパイロット。
内部資源利用システム、IRISの開発主任。
介護技術研究者。
息子リクの命を救うため、試作重装甲歩行機体のパイロットとなる。
■リク
病により、AI制御の究極の技術によって延命されている。一度も両親に抱かれていない。
■リョウ
カイの妻。リクの母。
幾何学構造装甲、GAIAの開発者主任。
介護技術研究者。
■重装甲歩行機体(Heavy Ammor WalKing vehicle:HAWKv ホーク・ブイ)
次世代型の装甲戦闘車両。
二足歩行型で一人乗り。跳躍も可能。
同時代の主戦力のひとつ。
旧型の戦闘車両を凌駕する機動性、戦闘能力を有する。
全長4[m]程度。居住性は最悪で、搭乗、降機も一苦労。
一度乗り込めば、長時間労働は免れない。
■GAIRIS (Geometric Adaptive armor & Internal Resource recyclIng System, ガイリス)
重装甲歩行機体の試作品。
介護技術GAIAと介護技術IRISを融合させた、カイとリョウの「二人目の子」。
全長3[m]程度。
従来の重装甲歩行機体よりも遥かに小さく、同機体を凌駕する高い運動能力を持つ。
脱着も容易。
■内部資源利用システム(Internal Resource recyclIng System:IRIS, アイリス)
特殊なインナーが汗、尿、血液を吸収し、電力に変換するシステム。
もとは、介護技術。
日常生活がままならない要介護者を想定して研究された。
微細な発汗でもそれなりの電力供給が可能。
スポーツドリンクを飲用後は特に効果が高い。
同システムにより、GAIRISは運用可能となった。
■幾何学構造装甲 (Geometric AdaptIve Armor: GAIA ガイア)
幾何学的に構成された複合装甲。砲弾に強く、圧倒的な防御力を持ち、圧倒的に軽量。
リョウが主導した研究の結晶。
もとは、介護技術。
GAIRISの要。従来機と一線を画す堅牢性、居住性、軽量性を実現する。
集中治療室の厳重な密閉空間。
そこは、この国が持つ究極の技術によって守られた、生命維持の聖域だった。
カイは、厚い強化ガラス越しに、息子リクの姿を見つめていた。
リクは、その小さな身体からは何本ものチューブが伸びている。
命を繋ぎ止めているのは、AIによって精密に制御された環境だけだった。
「リク、今日もいい子だね」
カイがガラスに手を当てても、リクは眠っているように動かない。
リクは、生まれてから一度も、両親に抱かれたことがない。
それは、人間の皮膚が持つ微生物や体温の変化ですら、リクの生命維持に致命的な影響を及ぼすという、AIの冷徹な論理による判断だった。
リクの看護は、全て介護用ロボットアームが担っていた。
そのアームは、まるで細い女性の指先のように繊細で美しい動作をする。
それは、リクの母、カイの妻が、世界的な介護支援技術の研究者として設計した技術の粋だった。
人間が介入することは、リクの命を危険に晒す異物と見なされていた。
この「抱擁を拒絶する技術」こそが、カイの人生の全てだった。
静寂を破ったのは、リクの担当主治医AIが接続された端末の起動音だった。
「カイ・テンジョー技術士官、及びリョウ様。大切なお話があります」
AIに指示された定型句を口にする医師の顔色は、蝋のように青ざめていた。
カイは、その冷たい音声を聞いた瞬間、胸の奥に冷たい鉛が沈むのを感じた。
「その先に続くのは、絶望しかなかった」
医師は、淡々と、しかし抑揚のない声で事実を告げた。
リクの病状が悪化し、既存の延命治療では既に限界を迎えていること。
そして、今後二週間以内に、「死に至る可能性が極めて高い」こと。
それは、死刑宣告を聞いたようなものだった。
カイと、その妻リョウは、その場で崩れ落ちる。
技術と金、持てる全てを注ぎ込んでも、究極の愛は、AIの論理と、病という絶対的な法則に敗北したのだ。
「ああ、リク。こんな冷たい世界で、一度も抱いてやれずに……」
妻の悲痛な声が、密閉された空間に響き渡った。
その絶望の底で泣き崩れる夫妻のもとに、一人の上級士官が現れた。
彼の顔は無表情で、その目には冷たい計算しか宿っていない。
「テンジョー技術士官。静粛に。あなた方には、まだ最後のチャンスが残されています」
士官は、無機質なタブレットをカイに差し出した。
そこには、フロンティア・バイオティカとの最終戦に向けた「特攻作戦」の概要と、莫大な成功報酬が記されていた。
「これを見ても、我々の国は、人命を単なる金銭で換算する愚かな国だと、改めて認識する」
だが、次のページに表示された内容は、カイの理性を焼き尽くした。
特攻作戦が成功した場合、「追加報酬」として、リクを助けるための「最終プロトコル」が適用される、というのだ。
それは、妻すら知り得なかった、この国に秘匿された究極の延命技術だった。
カイは、迷わなかった。
リクの命のためなら、自らの命など、塵芥に等しい。
彼は、涙を拭うこともせず、士官に即答した。
「引き受けます。報酬は、リクの命の保証のみ」
士官の冷たい目が、わずかに満足げに細められた。
それは、狂気の愛が、AIの計算通りに機能した瞬間だった。
カイは、リクの命を救うため、自らの命を売った。
彼が手に入れたのは、究極の愛と引き換えの、血と絶望の「特攻令状」だった。
彼は、「金の亡者」となって、生きたいと願う。




