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逆行人生  作者: 竹子


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10/10

最終話 : 赦し

三月、九日。卒業式当日。

国立歩夢は、今日が「人生の終点」ではないことを知っていた。

彼は、記憶を取り戻した「新しい自分」として、再びこの日を迎えた。

いつもの癖で手を伸ばし、枕元のテレビをつける。画面の隅の日付は、間違いなく「三月九日」。

アラームが鳴る前に目が覚める。いつもの行動。だが、今日は違う。彼の心は、「空白」ではなく、「記憶」で満たされている。


高校生活最後の登校。

彼は、上履きに履き替え終わると、教室へ向かう途中でゴミ捨て場の前を通りかかった。

分別用のゴミ箱の一つが、パンパンに膨れ上がっており、誰かがその上に、分別されていない弁当の容器を乗せていた。以前の彼なら、それを「誰にも言われず片付ける」という無意識の惰性で行動していた。

しかし、記憶を取り戻した今の歩夢は違った。彼は、立ち止まった。

彼は、そのゴミ箱に手を伸ばす代わりに、近くにいたクラスメイトの男子に声をかけた。

「おい、佐藤。そのゴミ、分別が違うぞ。こっちの箱に入れろ」

彼の低い、しかし確かな声に、佐藤は驚いて振り返った。

佐藤は、三年間、歩夢に声をかけられたことなどなかっただろう。一瞬の戸惑いの後、佐藤は少し気まずそうに、言われた通りにゴミを分別し直した。

「誰の記憶にも残らない、孤独な善行」ではなく、「他者と関わり、変化を生み出す行動」。

歩夢は、初めて「透明人間」を卒業する一歩を踏み出した。

卒業式が始まる。

体育館に入ると、歩夢はすぐに鷺沼京子の姿を探した。

歩夢は、彼女にだけ聞こえる声で続けた。

「この逆行は、俺が、お前を赦すための時間だったんだ。お前の罪も、俺の空白も、全部わかった。俺は、お前を赦す。だから、お前も自分を赦して、前を向け」

歩夢の赦しは、京子の罪の意識を打ち砕き、未来へ進む自由を与えた。

卒業式は滞りなく終わった。

みんなは泣きじゃくり、抱き合い、打ち上げへと流れていった。

歩夢は、卒業証書だけを手にして、家に帰った。

親からの仕送りを崩し、コンビニで一番安い弁当と、惰性でいつも買うエナジードリンクを買う。

帰宅し、部屋の隅の暗いテーブルで弁当をかきこむ。

彼は、古いテレビをつけてニュースを流し、あとは小学校の頃に流行っていた携帯ゲーム機、GSジーエスを引っ張り出して電源を入れる。

古いドット絵が虚しく点滅する。しかし、彼はそのGSの電源を切り、棚の中に入れた。

「もう、過去の惰性にすがるのは終わりだ」

彼は、初めて就職情報誌を手に取った。

「なんのために生まれてきたのか、なんのために高校三年間を過ごしたのか」

その答えは、「これから、見つける。」

彼は、エナジードリンクを一口飲む。

「まあ、今日も何もなかったな。……でも、明日がある。」

彼はそう自嘲して、電気を消し、無機質なベッドに体を沈めた。

国立歩夢の人生は、卒業式翌日の朝、何の予兆もなく、未来へと舵を切った。

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