第一話:卒業式
国立歩夢にとって、高校の卒業式は人生の終点のようなものだった。
その日、俺は特に「何もなかった」。進学先もなければ、就職先もない。三年間、誰の記憶にも残らない「透明人間」として学校生活を終え、ただ卒業証書だけを手にしてしまった。友達はいない。恋人なんてもちろんいない。部活も入らず、かといって学業に専念したわけでもない。
なんのために生まれてきたのか、なんのために高校三年間を過ごしたのか。その答えは、卒業式という晴れの舞台にも、卒業後の無計画な空白にも、どこにも見当たらなかった。
式が終わると、みんなは泣きじゃくり、抱き合い、打ち上げへと流れていった。俺はいつも通り、誰にも声をかけられることなく、ただ家に帰った。親からの仕送りを崩し、コンビニで一番安い弁当と、惰性でいつも買うエナジードリンクを買う。
帰宅し、部屋の隅の暗いテーブルで弁当をかきこむ。希望も、目標も、未来もない。趣味もないので、古いテレビをつけてニュースを流し、あとは小学校の頃に流行っていた携帯ゲーム機、GSを引っ張り出して電源を入れる。古いドット絵が虚しく点滅する。何の目的もなく、ただ時間が過ぎるのを待つ。
「まあ、今日も何もなかったな」
卒業式という特別な日も、俺の日常を変える力は持たなかった。そう自嘲して、電気を消し、無機質なベッドに体を沈めた。
――そして、翌朝。
アラームが鳴る前に目が覚めた。いつもの癖で手を伸ばし、枕元のテレビをつける。ニュース番組のオープニングテーマが流れ、アナウンサーの落ち着いた声が響く。
「……今日の天気予報です」
画面に切り替わった天気図を見ながら、アナウンサーが淡々と読み上げる。
「三月八日。関東地方は……」
は?
俺は寝ぼけた頭を一瞬で覚醒させ、画面を二度見した。
「さん、がつ、ようか……?」
カレンダーアプリを開く。今日の日にちは確かに「三月十日」のはずだった。卒業式は三月九日。昨日が三月九日だったはずだ。
混乱しながら、日付を間違えたのだろうと自分に言い聞かせ、チャンネルを変える。どの局も、天気予報も、ニュースも、画面の隅に表示される日付も、すべてが「三月八日」を示している。
昨日、卒業式を終えた俺の時間は、一日の時差もなく「昨日」へと逆戻りしていた。
国立歩夢の人生は、卒業式翌日の朝、何の予兆もなく、過去へと舵を切った。




