シンボリ一族
弁当のパシリはともかく、なんだかんだでシンボリ家の二人とは縁がある。それは確かだ。
「さて、トレーナー君。昔の女と、今の女、どちらを選ぶんだい?」
ハイライトを消した二人がにじりよって来る。
「え、えーと……」
「どうせ私は胸もない、レースしか取り柄がない女さ……。歳もとったし、浮気者」
浮気者という言葉を聞いて、色んな意味で焼け野原脳になるルナ。
「あの、スーちゃん。ごめんなさい」
「どうせ私は、いや、俺はみすぼらしい身体ですよ……。そういえば昔から、凄いハッキリしたスタイルの人が好きだったな?」
素の一人称、俺。が出ているスピード。
「何もそこまで昔の話を……怒らないでくれ」
「怒ってない。何年もずっと好きな男が、自分よりもスタイルの良い女性に、鼻の下を伸ばしている事に、とてつもない不快感など感じてなどない! あぁ、何一つ感じてないとも!!」
恋愛対象と性癖は別物だから、仕方ない部分はある。
とはいえ、スーちゃんは真正面から見ると無いように見えて、横向いたらちゃんと出る所は出てるんだが……。
「めっちゃ怒ってるじゃん」
「ふん……付き合え」
「はい?」
「休日丸一日、朝から晩まで付き合え。それで許してやる」
「……わ、私も同行させてもらうからな!」
「未成年は……寝てろ」
ルナちゃんの首筋に、スーちゃんの手刀がストンと落ちる。
あまりにも速い暴力行動に、ルナちゃんは反応仕掛けたが、生きた経験の差でそれすら見切った、スーちゃんの方が上手だった。僕じゃなきゃ、見逃しちゃうね。
詰め寄る途中でルナちゃんが倒れたので、興奮の余り過呼吸を起こした。そういう体裁でマルゼンさんやシービーにルナちゃんを任せる。
「やはり暴力。暴力は全てを解決する! ってことね?」
金〇一の犯人側は、やることが大過ぎる上、最後はフィジカルで何とかしなくてはいけない。
「ノーコメントで。……行こうか」
「え?」
「下見に行くぞ」
腕を捕まれ、無理やりその場を離れる。
スーちゃん積極的というか、強引だなぁ……。
「トレーナー君が遅刻なんて、珍しいじゃないか」
トレーナー室にて、ルナちゃんがやや怒った表情で出迎えてくれた。
スーちゃんとの事を根に持っているのか、遅刻に対して、社会人としてだらしないと思っているのかは分からない。
「いやはや、面目無い……」
「昨日飲み過ぎてな、俺を介抱してくれてたんだ……。それじゃあ、また。放課後にな……旦那君」
……初恋は実らないって話、本当だったなぁ。
二人の結婚式に呼ばれるルナちゃん。
そしてそのブーケトスを受け取ってしまう。
そんなありもしない記憶を、幻視してしまうんだが。
休日に、シリウスの胸を借りて泣いたルナちゃんは、何とか焼け焦げた脳ミソを再起動させた。
切り替えた頭で得たのは、最愛の恩師と尊敬する親戚、その二人の愛娘ポジに収まる。という発想だった。
死中求活のつもりで、火中の栗を拾いにいくようなモノだが、愛しのトレーナー君のそばを離れたくない。敬愛する親類を嫌いになりきれない。
そんなルナちゃんの下した苦渋の決断だった。
「せっかく十年ぶりに再会したのだから、十年の間に出来なかったことをしてみてはどうだろう?」
ルナちゃんは担当トレーナー室で、トレーナーと当然のように一緒に居る、スピードへそう言った。
からかい上手に旦那君と呼ぶスピード、やんわりと受け止めつつ、からかい返すトレーナー。そんなハッキリとしない二人の関係を、問い質すのではなく進展させようと、ルナちゃんは考えたのだ。
「出来なかったこと?」
「例えば……、学生らしいデート、などかな」
デートと名言することで、多少は意識するかと思ったが、ルナちゃんの予想に反して、二人はどこかしら、思い当たる節のありそうな表情で見つめ合う。
トレーナーが無言で片眉を上げ、アイコンタクトで言ってもいい? と尋ねると、スーさんは小刻みに、何度も首を横に振った。
「……まさか」
「あー……実は休日にゲーセンへ行ってね。デートというより、放課後の寄り道みたいなものだったけど」
「下見してた飲み屋が開くまでの、時間潰しにはなったな」
元アスリートだったスピードの同期や知り合いと、制服のコスプレをしていた事については黙っておくトレーナー。
年甲斐もなくハジケたり、異性に見られていたからか、凄く恥ずかしがるスーさんを尻目に、他は大胆なポーズでプリクラを撮っていた。
スーさんも飲み屋に行くついでだったと言い、はぐらかしてほっと胸を撫で下ろした様子。
「で、ではお家デートとかは? スーお姉ちゃんのことだから、トレーナー君が中学生だろうと外で遊んでいたんだろう? わ、私は経験無いのだが、どちらかの家にいって、家族が不在なのをいいことに、良い雰囲気になったりするとかしないとか……」
「あ、あー……」
何か覚えがあるのか、また二人が顔を見合わせる。
今度はトレーナー方が気まずそうな顔をしていた。
発言していてルナちゃんは、二人の服装に気がついてしまう。
泣き腫らした目がバレないように、いつもより遠くから、デスク越しに話しかけているのが災いして、今の今まで気付けなかった。
二人が、休日前と似た服を着ている。いや、良く見るとお揃いのコーディネート。もっと言うとペアルックだ。
「実は、僕とスーちゃんの先生馴染みの店に行ってね……。そこでつい、昔話に花が咲いて、飲み過ぎて、それで……」
「ウチのマンションで、俺、というかお互いを介抱してた」
恥ずかしさか、情けなさか、二の句が告げなくなってしまったトレーナーの言葉を、スーさんが続けた。
先ほどのトレーナーのように、事実の一部を隠しているのかもしれないが、ルナちゃんには知るよしもない。
「ふえぇぇ……」
「ル、ルナちゃん……?」
焼け焦げた脳が、今度は冷凍されたかのようだった。
言葉にならない悲鳴を最後に、身体が防衛反応を起こし、その場からの逃走を開始する。
「ルナもうおうちにかえる!!」
「ルナちゃん!?」
その日も、ルナちゃんはシリウスの胸で泣いた。
こいつら絶対、酔った勢いでウマぴょいしたんだ!
二人とも枷やらタガが外れると、恐ろしいほど早い。いや、スーお姉ちゃんは婚活じゃなくて妊活したんだ!
シリウスは実は昔に、スピードと仲の良かった、ルナちゃんのトレーナーを知っていたので、ルナちゃんの初恋が実らない事を、薄々分かっていたりする。
シリウスはルナちゃんに胸を貸しつつ、昔を思い出す。
「ガキの頃、スーさんとしたポーカー。全然勝てなくて、ヤケを起こした私は、ガキっぽく揺さぶりのつもりで、あの兄ちゃんのことをどう思ってるんだ? と聞いた……。で、集中出来なかったのか、あの人にポーカーで勝てたのは、その一度だけだったよ」
「知っていたのなら……!」
「アンタが気づいてないとは思わなかったんだよ! 鍛練鍛練、また鍛練って、狂ったように鍛えていたし……。てっきり振り払う為かと思っていたから」
実は昔、スーお姉ちゃんの惚気話を毎回つまんないと言って、話を遮っていたり、無視して鍛練しに行ったりしていた、子供の頃のルナちゃん。
会えなかったのではなく、アンジャッシュに近い状況だったのだ。今更全てが繋がるとは、ルナの頭脳を持ってしても……。
こんな形でまた一つ大人になったルナちゃん。救いはないのだろうか……。
養子として戸籍ロンダリングして、ルナちゃんがスーちゃんの娘ポジに収まるのは、シンボリ一族のコネなら難しくはない。
ただ、娘に迫られて孕ませたら、血縁上は問題無いが、戸籍上は近親相姦になるだろう。
まぁ、シンボリ家の当主としては、そんな醜聞も容易く揉み消せる程度ではある。
シンボリ一族に新しい血が入るし、婿候補として面倒を見てきたトレーナーなので、気心も知れている。
シンボリ家としてはどちらを選んでもいいし、両方でも構わないが、当人達は勿論知らない。
「む、娘さんである、スピードを下さい!」
「いいよ。あ、ルナも貰う?」
「ファッ!?」
「ルナちゃん、いや、娘さんを下さい!」
「いいよ。……時に、スピードが婚期に焦ってるんだが。トレーナー君、スピードを貰う気はないかね?」
「えっ!?」
「スピードに色々習った。もとい、習わされたシンボリのアレコレを使って、ルナを娶るのはいいんだが……。スピードの気持ちを汲んでは貰えないかな?」
「ス、スーちゃんが娘は、ちょっと……」
「いやぁ、ナニ言ってるのか分からないね」




